第六十話
「魔術とは、万能の力です。理論上は、魔力さえ足りればどんな事象も引き起こすことができます。今はまだ不可能ですが、いずれは天から星を落とすことさえできるでしょう」
授業の冒頭にこんなことを言われ、その言葉を飲み込むのに苦労した。今まで座学で習った魔術の概要は、決して万能の力なんかではなかったからだ。
「ですが、実際は星を落とすどころか、道端の石ころを飛ばすことすらそう簡単ではありません。仮に石ころを飛ばすとき、やり方は三通りほどはありますが……そこまで時間があるわけでもないので、一番一般的なものを解説しましょうか」
ティルセラ先生は、紙に丸を書いた。
「まず、魔力を物理的なエネルギーに変換して、この石飛ばしたい方向にエネルギーを加えます」
紙に書いた丸に、矢印をつける。
「以上です。口で言うのは簡単ですね。実際に戦闘などで使うには難しいのですが。言葉って本当に素晴らしいです」
ふう、と顔に達成感を滲ませる。
もしかしてぼけているつもりなのだろうか?だとしたら何が何でも突っ込まないけど。
「…………………………」
額を拭うポーズを崩さずに固まってるから、その通りだったようだ。
「えー。その理由としては、エネルギーを出現させる位置などを正確に思い描くのに集中力が必要だからなのですが…概要をいくら語ったところで理解することはできないので、いったん外へ行きましょうか」
何事もなかったかのように、授業は再開した。
ティルセラ先生は、握りやすい大きさの石を手に取った。
「よく見ててください」
魔術式も呟いていないのに、石は手の平から宙へと飛び出した。石は、数メートル進んで、ポトリと地面に落ちる。
「今の魔術が、さっき話した通りの魔術です。とても簡素で、行程も極端に少ないですが、即座に発動できる人は少ないです。まあ、やってみるのが手っ取り早いので、今日はこの魔術を成功させるとこまで頑張りましょう」
「はい」
私は小石を手に取る。
「それではまず、魔力を動かすところから。魔力を石に重なるようにに持ってきてください」
私は五秒くらいかけて言われたとおりにした。魔力は、血液のように体内をめぐっていて、普段は気付かないが、少し集中すれば何となくそこにあるとわかる。一度認識すれば動かすこと自体は難しくないのだが、望んだ位置に運ぶことは難しい。理由はわからないが、感覚的に説明すると、カックカクのゲームを操作するような感じだ。いうことを聞いてくれたり、くれなかったり。たまにうまくいったという手ごたえはあっても、その時の感覚もまちまちで、コツがつかめない。
「はい。いい感じですね。初心者とは思えません」
自分ではそんな感じは全くしないが、誉め言葉は素直に受け取っておく。
「魔力の操作だけは習いましたので」
「そうでしたか。それでは、次は詠唱に移りましょう。今回は、行程が最低限の魔術なので、魔力変換、生成、継続時間、方向設定で各一節ずつです。復唱してください」
ティルセラ先生が大きく息を吸い込んだ。
詩のように、聞き取りづらい言語が独特のメロディーに載って響いた。
石が放物線を描いて飛んで行った。
「どうぞ」
手渡された木製の杖と、左手に持ったティルセラ先生が飛ばしたものより一回り小さい石に集中する。
ティルセラ先生の魔術式を、苦労して再現した。
だが、石は手の平の上で、ひっくり返っただけで沈黙する。
「魔力変換の記述にミスがありましたね。詠唱は慣れるまで難しいので、まず四時間ほど、ひたすら詠唱の練習をしましょうか」
ティルセラ先生は、思っていたよりスパルタらしい。




