第五十六話
「おはよう。待った?」
「いいえ。今来たところです。それよりも、その服装は…」
今来たところも何もここはシィの止まってる宿屋の前、というのは置いといて。
私は、シィとデートした時に買った青のワンピースを着ていた。
「うん」
「好きですっ!」
「はいはい」
今日だけ、私は、シィの気が済むまで抱き着かれたままでいた。
「それじゃあ、行こうか」
疑問符を浮かべるシィの手を引っ張って、私は目的地へと向かった。
シィがあんぐりと口を開けて突っ立ている。まさか、ここが目的地だとは思わなかったはずだ。
予想以上のリアクションで、正直若干面白かったが、いつまでもここにいては誰かに見られるかもしれないので、私はシィの手を引っ張って建物の中に入る。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ストエル、ハーブティーとお菓子を私の部屋に運んどいて」
ストエルがお辞儀をしたのを確認してから、まだ呆然としているシィに向きなおった。
「ようこそ、我が家へ」
「本当に貴族だったんですね」
「知ってたんじゃなかったの?」
「イヴさんはいつものイヴさんだったので、実感は沸いてなくて…」
確かに、貴族らしいことは見せたことがなかった。というか貴族らしいことってなんだ?お茶会とか?そもそも経験がない。私と同年代の貴族でも、よく開かれているらしいのだが、ハーレン家の方針で領地から出るのは最低限ということになっている。
「………………………」
「……………」
いつの間にか、会話が途切れていた。
「シィ、緊張してる?」
「い、いえ?別に、どこを見渡しても高級品ばかりで、私だけ場違い感がすごくて緊張してたりしませんけど…」
「ここ、私の部屋だよ」
「はい?」
シィは、何を言ってるのかわからなくて、首をかしげた。だがすぐにわかる。そんな魔法の呪文を、もう一度言った。
「ここ、私の部屋だよ」
ピコーンと、シィの耳が震えた。ついでに目がきらりと光った。ササッ、スササササッ。
「何してるの?」
「ベッドの下を見ています」
緊張がほぐれたようでなにより。
「何もないから。止めt…」
「ありましたぁっ!!」
そんなはずは…。
「って、ただの本でした」
シュナイツが、こっそりいらぬプレゼントをしてくれたのかと思った。ごめんなさい、お父様。
「貸して、しまっとく」
シィから、皮で閉じられた分厚い本を受け取って、本棚に向かった。
「それ、何の本なんですか?」
「数学だけど、興味あるの?」
「イヴさんが好きなものなら何でも興味あります」
なんか、自分の好きなものに興味を持ってもらうのって、悪い気はしない。仕方ないなぁ…教えてあげないこともないけど。閉じた本を開く。シィが、後ろから肩の上に顔を出した。
「まず、掛け算はわかる?」
「はい、何とか…」
「んっ」
「イヴさん?」
あれ、おかしいな。鼓動が速くなる。
シィが、なんか、嫌な感じがする笑顔を浮かべた。
「もしかして、耳、弱いんですか?」
「ちがっ…」
シィから離れようとしたけど、だめだ。こんなのおかしい、絶対。
耳をなめられてる音が、耳を刺激する。
体中の全ての感覚が、耳に集中してしまう。体が熱くなるのが止められない。私らしくない表情が、治せない。
「はぁ、はぁ…」
やっと終わった。怒らなきゃ、と義務的に思いながら、表情を消す。
シィの茶色の瞳が、正面からのぞき込む。
「イヴさん…」
何、シィまで興奮しちゃってるの?
すっかり筋肉が弛緩してしまった私は、なすすべもなく、押されていく。最後に、トン、と突き飛ばされて、視界が大きく揺れた。見慣れた天蓋が、すぐにシィの顔に上書きされた。
「イヴさん…」
そろそろ怒るよ、シィ。そう口に出そうとしても、耳元でささやかれ、快感が上書きしていく。
「イヴさん…」
つき飛ばそうとしても、力が入らない。シィの手がゆっくりと動いた。抵抗したくてもできなくて、このままされるがままになってしまうのだろうか。どこまで行くんだろう?シィのことだから、やっぱ行けるとこまで行くんだろうな。冷静にはなれないけど、考えれば考えるほどやばい。肉体の年齢はまだ十二歳だよ?私。まあ、シィも十四歳だけど。というかシィは、こういうことどこで学んだんだろう?
荒い息が耳に触れて、私の脳をとかしていく。怖い。私の知ってるシィそのまんまなんだけど、なんか怖い。
「大好きです。イヴさん」
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コンコン。
私はシィをはねのけた。
「ぐふっ」
シィが地面を転がったが、知ったことか。乱れた服装を整えて、ドアを開けた。
「ハーブティーと、お菓子を、お持ちしました」
「本当にありがとう、ストエル」
「?いえ、滅相も、ありません」




