第四十三話
体についた紅い血を落として、おなかの中に無理やり食べ物を押し込んだら、また戦場へと戻った。無言で後ろにいるストエルの気配のおかげで、何とか我を失わずにいられた。
目につく端から、敵の首を飛ばしていく。擦り傷程度は構いやしないし、防具が守ってくれる攻撃は意にも介さない。
太陽と敵と自分の血が溶け込んでいくまで、ただただ、立っている気力がなくなるまで剣を振り続けた。
ストエルに支えられて、屋敷へと歩く。ふと思った何やっているんだろうという疑問は、やるせない怒りがその答えだった。
傷の手当てをしてもらってから、お風呂に入った。何も考えられずにボーっとしていると、ストエルが入ってきた。私の隣に腰を落とすが、何を言うでもない。
不思議なことに、言葉を交わさなくても、私への気遣いが伝わってくる。なんとなく、居心地ががよくなる。
「ありがと…」
誰かが傍らにいてくれるだけで、こんなにも心強い。
「少し、目を瞑ってて」
ストエルは、言われたとおりに目を閉じた。
小さな波紋を立てて、ずっと我慢していた涙が頬を伝ってお湯に落ちた。それを隠すように、私はうつむく。誰も見てやしないのに。
嗚咽をこらえて泣いた。ストエルにはばれないわけがなかった。それでもずっと、目を閉じたままでいてくれた。
冒険者ギルドは、魔物たちの襲撃を受けて機能を停止するどころか、より活発になっていた。冒険者たちの司令塔兼、休憩所として。
いつものように酒場で、俺たちは向かい合わせに座った。
「なぁ……」
「何?」
ただ声をかけただけなのに返ってきた声がきつい口調だったのは、これから話す内容をある程度予想しているからだろう。
俺はそれでも、あえてその話題を口に出すことにした。
「俺たちを助けてくれたのってさ、イヴだよな?」
「…」
シィは、うつむいたままだ。
「顔にはマスクをつけてたし、服装もいつもとは違った。けど、髪の毛の色とか戦い方とか、イヴそっくりだった。一緒にいたのはストエルだろ。あのダガーは見間違いようがねえ」
「…」
シィの口元は、まだ固く結ばれている。
「あと、真ん中でやばい魔物と戦っていた領主様のことを、イヴはお父様って呼んでた。その領主様も、結構前だけど、見たことあったよな?宿屋に、イヴを迎えに来た時に。………なぁ、イヴって……」
「だからどうしたの」
言葉をさえぎったシィの声には、確かな怒気が含まれていた。それが自分に向けたものであると、ようやく気付く。
頭から冷水を浴びされたように、自分のしようとしていたことを知った。
これではまるで、あちこちで聞こえる無責任な噂と一緒ではないか。
「悪い。そうだな。どうかしてたのは俺だったみたいだ。それより―」
「面白そうな話をしているわね。私も混ぜてくれないかしら」
振り向いた先には、口元に笑みを張り付けた金髪のエルフがいた。




