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第三話

 馬車に揺られながら、シュナイツ・ハーレンは眉間にしわを寄せて今日何度目かわからないため息をついた。

「ハーレン家は便利屋ではないのだぞ」

 思わず愚痴がこぼれた。

 今回皇帝から賜った任務の内容は、ダンジョンで新しく発見されたエリアの偵察だ。本来、これは冒険者の仕事である。わざわざ貴族が、それも帝国内有数の名家であるハーレン家が行う仕事ではない

 だが、今回新エリアが発見されたダンジョンは、王家が秘匿している英雄級ダンジョンだった。

 理解できなくはない。というか、客観的に妥当な人選であるとも思っている。

 まず、英雄級ダンジョンを攻略することが出来る者という条件が付く時点で選択肢はかなり絞られる。おそらく帝国内には自分も含め10人もいないだろう。すでに攻略されたエリアまでならまだ簡単だろうが、未到達エリアとなると危険度が跳ね上がるのだ。

 だが、それだけならまだ、高ランクの冒険者を雇うという余地もあった。しかし、今向かっているのは、王家が秘匿、占有しているダンジョンだ。わざわざ口止め料の分を上乗せした金を払って高ランクの冒険者を雇うよりも、事情を知っており、国内一位と言われるほどの剣の腕を持つ私に頼んだほうがよっぽど合理的だ。

 むしろ、冒険者に依頼したりしたら何か隠しているのではないかと皇帝陛下を疑うほどだが、それと感情とはまた別の問題である。

 シュナイツは、おそらく山積みなっているだろう書類や公務を思い浮かべて、もう一度、憂鬱にため息をついた。

―どうせなら歯ごたえのある魔物と戦いたいものだ。


 街道沿いで一泊したのち、シュナイツたちの乗る馬車は目的地付近の森に到着した。

「では行ってくる」

 シュナイツは、手早く準備を終えたのちに、そう言った。

「行ってらっしゃいませ」

 執事服に身を包んだ老人が深く腰を折った。護衛の騎士たちも次いで敬礼する。

 シュナイツはそれを確認して、ダンジョンがある森の中へと足を踏み入れた。


「ここが新しく見つかったという道か…」

 シュナイツは、地図と前方にぽっかりと開いた穴を見比べてそうつぶやいた。

 わざわざ声に出す必要は皆無だったが、ダンジョンに潜ってからおよそ四時間。

 洞窟の壁のところどころが発光しているのでそこまで暗くもないが、閉鎖的な空間にいることでどうにも気が滅入っていた。独り言の一つでも呟かないとやっていられない。

「キシャアアアッ」

 いきなり襲い掛かってきた猫型の魔物を、シュナイツは右手に持った剣で無造作に両断した。

 いともたやすく切り捨てられた魔物は、黒光りする宝石を残して霧散した。この魔石が、このダンジョンが秘匿されている理由だ。

 魔石は、魔力を内包した宝石。戦闘中に瞬時に魔力を回復したり、大量の魔力を消費する大魔法を使用する際に重宝される。

 魔法使いにとってその有用性は計り知れない。

 必然的に需要は大きい。だがその反面、魔石を持つ魔物は少ない。上質な魔石を持つ魔物はさらに少なく、さらに中堅の冒険者程度では到底太刀打ちできぬほど強い。

 要するに、上質の魔石は途轍もない高級品なのだ。それこそ、大国の収入源の一部となれるほどに。

 シュナイツは、その魔石をポーチに入れて、より一層周りを警戒しつつダンジョンを進んだ。


 とにかく分かれ道が多い。簡単にマッピングしながら進んではいるが、時々迷いそうになる。

 ダンジョンに入ってからおよそ半日。未到達エリアに入ってからは二時間ほどたたころ、前方に扉を見つけた。中途半端に開かれているが、ここからは遠くて中までは見通せない。

 シュナイツは眉をひそめた。

 一応、ダンジョンと名前を付けて呼んでいるものの、その実ただ馬鹿でかい魔物達の巣である。そこに人工物があるなんて不自然以外の何物でもなかった。

 シュナイツは、扉に近寄って中を覗き見る。

 中にいたのは、人型の魔物と、薄汚い幼女が一人。

 幼女は壁にもたれかかり、その小さい体のいたるところから血を流していた。どう見ても瀕死だ。

 シュナイツは、なぜこんなところに子供が?と疑問に思うものの、助けようとは思わなかった。

 シュナイツは、自分が聖人君子ではなく、また英雄でもなんでもないことを十分に自覚している。

 多少寝覚めが悪くなったとしても、助ける義理など、目の前の幼女にはない。命を助けるだけなら簡単だ。それくらいならしてやってもいいと思わなくもない。だが、そのあとは?私は忙しい。面倒など見れないから捨てるしかない。

 一瞬でも、幼女に希望を持たせることの方が、よっぽど酷だろう。

 そう判断して、シュナイツは扉の陰に身を潜めて成り行きを見守ることにした。

 別に他人の死を見て喜ぶ趣味などない。ただ、自分でも知らない人型の魔物に興味がわいたのだ。見るからに強そう。是非とも戦ってみたい。

 そんな思惑を乗せた視線の先で、幼女がふらりと立ち上がった。瞳には、どこか不敵な色をたたえて、人型の魔物を睨んでいる。

 魔物が拳を構えて地面を蹴る。

 幼女はわずかに口を動かした。何を言っているのか、ここからでは聞き取れない。

 幼女の足元に見たこともない魔方陣が浮かび上がる。それと同時に、地面に小さな水たまりをつくっていた血が生きているように動いて凝固し、幼女の手元に不思議な形状の剣を形作った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 幼女の口から獣のような叫びがほとばしる。

 魔物の拳と、幼女の剣がぶつかった。

 ふらり、と。幼女が、頭から倒れる。

 すっかり気が変わってしまった私は、扉の陰から飛び出してそれを受け止めながら、胴体から真っ二つになり地面に転がった魔物の姿を見下ろした。今回の任務はわざわざ来たかいがあったかもしれないと、口元に笑みを浮かべながら。

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