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第三十八話

 玄関では、シュナイツの後ろにダガーを装備したストエルが控えていた。顔を骸骨模様のマスクで覆っているが、その特徴的なダガーを見て、一目で気付いた。

「遅くなりました」

「いや大丈夫だ。行こう」

 あけ放たれていた玄関の扉から、シュナイツは剣や軽鎧の重さを全く感じさせない足取りで走り出す。次に私、その次にストエルの順で追いかけた。

 数分後、到着したのは南西の城壁。どこに行けばいいのかもわからず逃げ惑う人々が道をふさいでいたが、シュナイツの一喝ですぐに道を開けた。

 道の隅に、放置された死体がある。外壁の上から、誰かの血が垂れてきた。

「うっぅ………」

 とまれ。とまれ。とまれ。込み上がる吐き気にそう念じる。マスクをつけてるのに吐くなんて、悪夢以外の何物でもない。笑えない冗談だ。

 シュナイツは、振り返りもせずに走っていく。ストエルの心配そうな視線を受け取って、己を奮い立たせた。

 城壁の階段を駆け上がりながら、近くにいた兵士をシュナイツが呼び止めた。

「よし、私を引き上げる準備をしておけ。イヴは外壁の上を頼む」

「はい」

「…あの…引き上げる。とは……」

 私も嫌な予感がするが、きっと止められない。

「こういうこと、だっ」

 シュナイツが、階段を上り終えると同時に、魔物と応戦する兵たちの間を駆け抜けてジャンプした。下は外壁の外、つまり空中である。

「シュ、シュナイツ様ぁ?」

 兵士が、素っ頓狂な声を上げる。やめてくれ、頭に響く。外周に駆け寄って下をのぞくと、シュナイツが剣を振り回してバッタバッタと魔物をなぎ倒していた。周りにいる魔物は、百や二百はいるだろう。四方八方から襲いくる敵と、同等、それ以上の速さで、死体の山をつくっていく。あれなら大丈夫そうだな、と一安心して、私は与えられた指示に従うことにした。

 外壁の上を見渡す。ぬかるんでいて動きづらそうだという感想が沸いた。

「ストエルは左、私は右を片づける!他の人が混乱するから残像は使わないように!」

 私は、敵味方入り乱れる戦場の中に、駆け出した。


「くっそぉ」

 左手の盾で、何とか魔物の攻撃をはじく。ジーンという衝撃が伝わって、あちこちの傷が痛くなった。目の前の魔物はバランスを崩したが、攻撃を加える手段がない。取り落してしまった剣を拾おうにも、それを許してくれるとは思わない。

 もう一度、魔物の攻撃をはじく。

 その時、白銀の光が魔物の首を斬り飛ばした。思わず、この世のものとは思えない美しい光景に目を奪われてしまう。

 白銀の剣を持つ、黒髪の美少女。正確には、顔はマスクで隠されていたが、月のような金色の瞳や柔らかそうな口元から隠しきれない美しさが伝わってくる。今、魔物を斬り倒したはずなのに、返り血はなく、その事実を示すものは、地面に伏せる魔物と、曇りのない剣に伝う一滴の血液だけだ。

「まだ頑張れ」

 落ち着いた響きの声を残して、その少女は軽やかなステップで魔物たちの間を縫っていく。その姿を見た兵士たちは、呆然としてその光景に見とれていた。


 多分、三十匹以上の魔物を斬った。息が上がってしまって、一旦立ち止まる。気付けば、私は外壁の西部にいた。

 いつもの戦闘とは大いに違う。兵士たちの邪魔にならないように走りながら、兵士達には当たらない角度とタイミングで剣を振る。それは、想像の何倍も難しい。普段から、シュナイツとの模擬戦で針の穴に糸を通すような攻撃をしているから、何とか今のところ失敗はしていない。けれど、失敗した時の恐怖が、プレッシャーとなって剣を鈍らせる。

 ここでいったん引き返そうか?確かに南西部の外壁の上はあらかた片付いた。だがまだ、目の前で、必死の殺し合いが行われている。それを無視するのか?いいや、私の中にこびりついた日本人としての良心がそれを許さない。

 日本にいたころの記憶なんて、普段なら枷にしかならない。けれどたまに、こういう時に役に立つのだ。そんな皮肉に、私はかすかな苛立ちを覚えて、また息を整えて、走り始める。

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