第三十話
私とベルが、同時に飛び出す。胸元の銅板が光って、バフがかかった。
呆然とする見張りが、我に返る前に、わき腹を切りつける。
「ぐあぁっ」
この程度では死なないが、しばらく動けない。
「てっ、敵襲ぅ――!」
ベルの方から声が響いた。
「ベル!」
「うらあああぁっ!」
ベルは、見張りが持った短刀を立てで跳ね返して、斬りつけたところだった。
私はそれだけ確認して洞窟の中へ入る。少し進んだ後、開けた場所に出た。立ち上がろうとした盗賊の足の健を切って転ばせる。気持ち悪い感触が伝わってきた。ただ、足を止めないようにと、歯を食いしばった。視線を上げると、すでに盗賊たちは武器を持っていた。
私は、空間の中央部に躍り出る。
武器を構えた男に、コンパクトな突きを放つ。
「おああああああっ」
皮膚を切り裂き、肉を抉る。悲鳴が聞こえた。
私の息が乱れる。
「おらあぁあぁあ!」
背後から振り下ろされた大剣を、反転して受け止める。ステップしつつ受け流して、肩に一撃をくらわせた。
血管が破れ、血が流れた。
皮膚をなぞる冷たい空気が、少し遠ざかった。
側面から飛来したナイフを叩き落としながら叫ぶ。
「シィ!今!」
そう言った途端、後ろから赤い魔石が飛んでくる。
「爆ぜろっ!」
赤い魔石が爆発した。
悲鳴が反響して消えていく。
心臓ががなり立てる。
炎が消えて、あたりを見回す。私が三人、今の爆発で二人、そしてベルが二人。残りは三人だ。隅っこに、見つけた。
一人が盾を構えて打ちかかってくる。私はひょいと躱して、すれ違いざまに投げナイフをくらわせた。
「やれ、奴隷!」
声のしたほうには、顔を引きつらせる盗賊と、少女が一人―。
刃が、鼻先の空間を駆け抜けた。自動で受け身をとりながら、状況の把握を図る。
なんだ?何が起きた?少女とは十メートル以上離れていたはずなのに目の前にいて、いつの間にかその手に握られていたナイフが、躊躇なく首元に飛んできていた。理解できない。けれど、ここで、立ち止まってじっくり考えるなんてことはできなかった。
いつの間にか間合いがゼロに代わっていて、少女の目線が私の首に吸い寄せられる。
「っ…!」
私は身をよじるが、頬に鋭い痛みが走った。興奮が、水をかけられたように覚めていく。
「イヴさん…!」
「来ないでっ!」
シィが狙われたら、守り切れる自信がない。
私は、再び大きく間合いを取り、静かにたたずむ少女に焦点を合わせる。少女の希薄な気配。ぼろぼろの姿とは対照に、両手に持った大ぶりのダガーは、丹念に磨かれていた。私たちは、にらみ合いを続ける。少女の獲物を観察するような目に、得体のしれない恐怖を覚えた。
ふらり。少女の像が揺れる。
私は直感で、剣を払った。
キンと澄んだ音を立てて、刃がぶつかる。だがその事実に少女は一瞬たりとも動きを止めずに、左手のダガーを薙ぐ。
私は、バックステップで避ける。間髪を入れずに右から。剣で受ける。左から。後ろに下がりながら剣で受ける。右から。左から。暇も与えず振り下ろされる刃に、何十回も紙一重で防御しながら、私はじりじりと後退していく。
髪がたなびく。頬に受けた傷が、刺すような痛みを放った。いつの間にか、洞窟の外に出ていたのだ。
「やあああああっ!!」
少女の攻撃をいなして、破れかぶれに剣を振った。ダガーで受け止められ、そのまま反撃されるという予想に反して、少女は大きく距離をとる。
この少女の持つ強さは、シュナイツのそれとはまったく別のものだ…。私は遅まきながらにそう思った。
このままじゃジリ貧。それはわかる。でも余裕がない。頭がろくに働こうとしない。体中は冷たいのに、呼吸音がうるさくて、思考の邪魔をする。
剣の届かない位置で突っ立ている少女がふらりと揺れる。
近づかれたらやばい―。
私は太ももから投げナイフを抜いて投げた。少女は、間合いが半分ほどに縮まった位置に現れ、投げナイフをよける。
どういう仕組みだ?あれは。
さらに投げナイフを投げる。少女はもう一度間合いを大きくとった。
とにかく観察だ…観察すれば何か……。
少女の口元が、僅かに動く。あの動きは…見たことがある。魔術式だ。少女は魔術を使って間合いを詰めていた。気流操作か?いや。いくら風で体を後押ししても、あれは早すぎる。
少女の姿が揺れた。ちょうどその時、暗闇に日が差し込む。少女の周りだけ、不自然に暗くなった。
「光の操作かっ!」
自分の周りの光を魔術で固定しているのだ。
私が声を上げるのと同時に、眼前に少女が現れる。ダガーの先端が、左肩を突き刺す。
歯を食いしばった隙間から、思わず悲鳴が漏れた。この赤いのは…ああ、血か。
気合で、少女に斬撃を放った。少女はまた、大きく間合いを取る。
膝ががくがくと震える。けどまだってる。すげーな、私。やばい、変な汗が出てきた。
相手の手の内がわかった?だからどうした?圧倒的な不利な状況は変わらなくて、左手はもう使い物にならなくなった。それに手の内がわかったからと言って、すぐに対策を講じれるわけでもなく、相手のスピードについていくことはできない。相手の動きを、予知に近い精度で読み切りでもしない限り、勝ち目はない。
そんなことをつらつらと考えて、私ははたと気づいた。
「なんだ…」
相手の攻撃を読む?そんなの今まで何千回とやってきた。毎日、毎朝、シュナイツとの模擬戦で。読んで、それも読んで、それさえ読み返して、何度も剣を交えた。そして今日、初めて最強と読み分けた。
それなら…。
「得意分野じゃないか……」
少女が、影を残して走り始める。
私は、不敵に笑った。実際、全然強がりだった。でも、ないよりましだ。自信を持たなければ、勝てるものも勝てない。そう、模擬戦中に教えてもらったことも、あった気がする。
気配を読んで、上体をそらして切り裂き攻撃をよける。何百通りの軌道がある中で、避けられたのは完全にまぐれだった。奇跡と言ってもいい。けどそれを、自信に変える。次の突きも地面に転がって避ける。次は振り下ろし。これも避けて、相手に隙ができた。
私は、体中のばねを使って飛び跳ねる。ここしかない。ここで決め切らなければ、また大きく間合いを取られ、また、一方的に不利な読み合いへと戻ってしまう。
動かなくなったはずの左手も、一緒に剣をつかんで、空中で身をひねる。
ちょうど空中で、一回転が終わった。遠心力が乗った剣を、重力に任せて振り下ろす。少女が、ピクリとも動かなかった表情を歪める。
私はただ叫ぶ。
「ぅおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
習得したばかりの、ハーレン流剣技「テンペスト」。まさしく暴風のようなスピードが乗った剣を、最後は全力でブーストさせ、叩きつけた。
 




