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第二十四話

「この前は心配かけてごめんね。あ、忘れてたけど、医療費は払うよ」

 私が革袋を財布を出そうとするのを、ベルが手で制した。

「いらん。(これ以上もらえねぇよ)」

 後半部分が聞き取れなかったので首をかしげたが、ベルが受け取る気はないというようにそっぽを向いた。かなり後になって聞いたのだが、シュナイツにお礼として金貨を渡されていたらしい。

 なお、シィは私に抱き着いて、イヴ成分(?)を補充中とのことである。

「じゃあ、今日はどこに行こうか?」

 どこに行くか聞いたのは、コボルトが生息する谷―通称コボルト谷―が調査のため一時的に封鎖されているからだ。

「ゴブリンも減ってるしな…このアウルベアの討伐ってのは?」

「それDランク帯で最高難度の依頼だよ?」

 満足げな様子で、心なしか肌がつるつるになっているシィが、そう指摘した。

「じゃあ、往復で半日くらいかかるけどダンジョンにでも行くか?」

「あ」

 私が思わず漏らした声に、二人の関心がこちらに向いた。

「言ってみたいかも…ダンジョン」

 そう言ったのは、前世でも訊いたことのある名前への好奇心だった。


 ダンジョンというのは複数の魔物が共生する巣のことだ。大きな洞窟だったり、深い森だったり、廃村なんかに形成されるのだという。稀に、新種の魔物もう生まれることがある場所らしい。今から行くダンジョンは、人工的につくられたダンジョンだ。いや、人工的に、と言うと微妙に語弊がある。数十年前に、狩り切れなくなった魔物を一か所に集めるために廃街を模したものが作られ、そこがダンジョンになったのだという。

「そんな経緯で作られたので、難易度は一番下の兵士級。近くには安全な宿場村もあるんです」

 道中説明してくれたシィは、そう締めくくった。

「へぇ」

 ダンジョンの概要は座学で履修済みだったが、座学はもっぱら経済学や数学、歴史と言った科目が多かったので、作られたダンジョンがあるなんて知らなかった。

 シィのおねだりするような視線に、私は苦笑する。

「説明ありがと、シィ」

 シィの表情がだらりと緩む。ベルはもう、遠いところを見て達観した表情をつくっている。その表情に諦めがなかったことは、素直にすごいと思った。


 宿屋が密集した街を通り過ぎ、出発してから三時間たった頃に、朽ちかけた外壁が見えてきた。

 あそこです、とシィが言う。門の周りには、数匹の魔物たちがいた。見たところ、ゴブリン、コボルト、レッサーウルフとこれまで戦ったことのある魔物が勢ぞろい。さらに、レッサーウルフより二回りほど大きい、灰色の狼だ。

「あれは、グレイ・ウルフです。そのまんま、灰色の毛の狼で、レッサーウルフの上位種です。弱いですけど風を操作する魔術を使います。体内に魔石がありますけど、純度が低すぎて銅貨一枚にしかなりませんね」

 私の視線に気づいたシィが、解説を加える。今度はさっきのような視線はなかった。敵が視界にいる状態で、さすがに気が引き締まっているのだろう。

「倒すならコボルトからだね」

「はい」

「そうだな」

 二人がうなずく。動きは遅くとも、攻撃を食らえば一撃で致命傷を負いかねないコボルトは、先に倒しておきたい。

「囲まれないようにスピードを重視したいから役割はこの前の逆。私が先制を仕掛けて、ベルはシィを守れるように待機してて。シィ、お願い」

「はい」

 シィがうなずいて、魔術式を唱え始める。冒険者証と一緒に首にかけた銅板が、淡く発行した。

 シィの魔術は、シィの魔力が刻み込まれたこの銅板を目印に作用する。体が少し活性し、頭の周りもよくなった。

「よし、じゃあ作戦開始」

 駆けだしながら、あれ、私ってリーダーじゃないよな?と思ったが、雑な思考はすぐに消し去った。

 コボルトの姿がぐんぐんと近づく。不意に、先週の光景がフラッシュバックした。振り下ろされるかぎ爪。頭を支配する諦観。そして恐怖。

 止まりそうになる足をありったけの意志力で動かし、覚悟を決めるために唇をかみ切った。舌に広がる血の味。私はそれを戦意に変えて、ようやくこちらを向いたコボルトに、剣を振りかぶった。


 最初の戦闘は、特に不可もなく切り抜けた。グレイ・ウルフは突風を生み出す魔術を使ったが、動きを阻害するほどではなく、逆に体力を消耗したグレイ・ウルフは、楽に倒すことができた。

 ベルは周囲を見張り、私とシィで素材の剥ぎ取りを終えた。今回は依頼を受けているわけではなく、素材も宿場町で売れるらしいので、倒伐証明用の部位は回収しなかった。

「行こうか」

 二人に声をかけてから、私は門を通ってダンジョンの中へと足を踏み入れる。

 ダンジョン内は、思ったよりも町らしくないものだった。建物はすべて真四角で窓も少なく、これが街だと言われると違和感しかない。道も舗装されるておらず、草が生え放題となっている。そして何より、聞こえるのはかすかな戦闘音と、魔物たちの話声だけだ。

 だが、そんなダンジョンは、戦闘をするには都合がよかった。まず、森なんかに比べて視界がいい。曲がり角でばったりエンカウントというのは怖いが、シィの耳が索敵の役割を果たしているので問題なし。洞窟や谷のように声も響かないから。仲間を呼ばれることもない。

 最初は、周りの風景に違和感を感じていたが、すぐに慣れた。

 ダンジョンに生息する魔物は、門の前にいた魔物に加え、オークとホブゴブリンがいた。オークは、豚のような顔をした魔物だ。どちらの魔物も、今日は初日ということで避けて戦う。また、ホブゴブリンやゴブリンの中に、装備を持っている個体がいた。それらはここで死んだ冒険者たちの装備だと気づいたが、それは誰も口にしなかった。

 時折、遠目から他の冒険者たちが見えたが、暗黙の了解で離れていく。一度だけ、角を曲がった時に気配を消していた冒険者たちとばったりとエンカウントしたが、お互い申し訳程度頭を下げるだけですれ違った。

 途中、魔物が住んでいない建物で携行食を食べ、戦闘を再開した。合計で二十匹近くの魔物を倒し、夕方になる前に私たちはダンジョンを出た。

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