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第二十三話

「イヴさん!大丈夫ですか?!」

 シィが、地上に出た途端ふらりと倒れそうになった私を受け止めた。

「ぅん…だいじょぶ……」

 安心させるための強がりだった。

「大丈夫なわけないでしょう!?こんなに血が出て!」

「ベル…は?」

「イヴさんが注意を引き付けていたおかげで浅い傷しかありません、そんなことより!薬草と傷薬は…あれ?少ししかない。とりあえずこれで応急処置をして…」

―まだ三日目なのに、過酷すぎ…。

 意識がもうろうとして、シィに体を預けたまま、瞼を閉じた。


 応急処置を済ませた後、気を失ったイヴさんを抱えて街へと戻った。途中何度もベルが変わろうとしたが、私はそれをすべて断った。

 ベルもあちこち傷だらけで歩くだけで精いっぱいだったし、きっとこんな状況でも、イヴさんを手放したくないという思いが働いたのだ。少し、自己嫌悪に陥りそうになる。

 町に入るときには、門番さんに冒険者証を見せることもなく通してもらえた。ギルドへ向かい、例の受付嬢に医者の手配をしてもらった。

 一通り処置を終えた医者は、安静にしていれば大丈夫だといった。安堵で、人目もはばからずに号泣した。ベルも、少し目が赤かった。

 一通り泣き終えた後、けがの理由を聞かれた。コボルトが大量発生していたことを話すと、情報量として銀貨一枚がもらえた。

「さて、どうするよ」

 どうするか、とはイヴさんのことだ。酒場の長椅子に、このまま寝かしておくわけにはいかない。

「どうって…私たちの宿に連れて帰るしかないでしょう?」

「ああ、こいつの家、知らないしな…」

 私はイヴさんを抱えようとする。

「俺がこいつを運ぶよ」

「いい。ベルは変なとこ触りそう」

「触らねぇよ…」

 むしろお前の方が触りそうだろという視線を感じたので、ぎろりとにらんでおいた。流石にこんな状態のイヴさんに変なことを考えたりしない………よ?多分。おそらく。きっと。……いや、でもパンツの色ぐらいは…。

 あきれ果てた視線を感じて、私は、何も考えてないから!と叫んだ。


「ん…」

「イヴさん!起きたんですか?!」

「ちょっと、シィ…苦しい。あと重い」

 体を起こすなり抱きしめてきたシィを、とんとんと叩いて離れさせる。

「あ、すいません…って重かったですか?!」

「おう、起きたんだな」

「うん。私が気を失っている間、シィが変なことしてなかった?」

 シィの悲鳴をスルーして、ちょうどドアを開けて入ってきたベルに問いかける。

「イヴさん?!」

「ごめん。冗談だから」

「それ冗談になってないぜ」

「ベル」

 シィの視線を浴びて、ベルが縮こまった。え?私何かされたの?自分の体を抱きしめると、シィが首をぶんぶんと降った。

「ちゃんと我慢しましたから!」

「へぇ…ってことは考えてはいたんだ…」

「そんな軽蔑した視線で見ないでください…ってあれそれほど辛くないっていうか、むしろ嬉しい?」

 新たなる扉を開いたシィに、私とベルはそろって顔をひきつらせた。

「それで、ここはどこ?」

 少し場が落ち着いてから、私は質問をした。

「ここは私たちが泊まっている宿です。もっと細かく言えば、私がとっている部屋です。もう遅いので、このまま泊まっていってください」

 私は両手を握って開いたり、軽く体を動かしてみた。傷が少し痛むくらいだが、最終的に、大事をとってお言葉に甘えたほうがいいだろうという判断を下した。

「うん。じゃあ悪いけどそうさせてもらう……あれ?じゃあシィはどこで寝るの?」

 この部屋の中には、ベッドが一つしかない。嫌な予感を感じながらも、私は問いかけた。

「幸い…いえ、残念ながら新しい部屋は取れなかったので、イヴさんと一緒に寝ることになりますね」

 ほとんど予想通りの答えを聞いて、私は打開策を探した。自分は怪我人なので、床で寝るというのは却下。助けてもらった相手を床で寝かすというのも恩知らずなので、却下。シィにベルと同じ部屋に移ってもらうというのも、倫理的に却下。あ、詰んでる。

「あんまり痛くしないでね…」

「私怪我人を襲うほど非常識じゃありませんからね…?」

 その声は、少し自信なさげだった。


 翌朝、目を覚まして隣を見たら、シィの姿はなかった。特に驚きを感じることもなく、軽く身支度を整えて、話声が聞こえる階下へ向かう。

 そこでシィとベルが話していた人物に、思わず驚きの声を上げてしまった。

「お父様?!」

 辛うじて、「なぜここに」という言葉は飲み込む。自分を迎えに来たに決まっている。

「イヴ。迎えに来たよ。昨日は帰ってこないから心配した」

 どうしてここがわかったのかという疑問はあったが、そんなのどうとでもなる。シュナイツはこのハーレン領を治める領主なのだから。

「へぇ、本当にイヴのお父さんだったのか…」

 ベルが思わずと言ったふうに呟く。シィはというと。

「も、も、も…」

 も?

「申し訳ありませんでしたっ!!本当にイヴさんのお父様だとは思わずっ!数々の失礼をっ!はっ。すいません名乗るのが遅れました。私は僭越にもイヴさんのパーティーメンバーを務めさせていただいております、シィーティカと申します!不束者ですが、娘さんを私にくださぁいっ!!!」

「断ぁるっ!」

 突っ込みを入れる暇すら与えない即答だった。

 二階から、「朝っぱらからうるせぇぞ!」というクレームが入った。


 口から魂を放出するシィと、苦笑いで手を振るベルに見送られて、私は宿屋を後にした。別れ際に二人にお礼を言ったが、シィには聞こえていたかどうか。

 玄関をくぐって、シュナイツがぴたりと足を止めた。

 私は怒られると思った。一人で帰るのは難しかったとはいえ、きっととても心配させてしまった。

「よかった…」

 シュナイツの口から、予想もしていなかった言葉が零れ落ちた。頬から、涙が滴っていた。

「お父様…?」

「生きていてくれてよかった……イヴ………」

「お父様……」

 シュナイツが振り返って、私に目を合わせた。

「イヴ。私は…お前は、この代々続く慣習を中断することはできない。たとえ死にそうになっても、自分の力で切り抜けなければならない。誰かに助けてもらえると甘い考えを持っているものは、いずれ最悪の形で破滅する。数代前の当主は一度破滅して、分家だった私の先祖が当主となった。その時からこのしきたりはある。だから、冒険者を続けてくれ……イヴ。………でなければ、私は……」

 その続きを、聞きたくはなかった。

「わかりました。続けます。冒険者を」

 だから、私はシュナイツの話をさえぎった。シュナイツの顔に安堵が浮かぶ。私は、苦笑いをつくって見せた。シュナイツも、苦笑いを返した。

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