第二十一話
「で、今日の分け前は一人銅貨十四枚か……最近で一番しょべぇ稼ぎだな」
本当のことを言ったベルは、理不尽にもシィに叩かれていた。
「まあパーティーとしての動きも最後の方は何とか様になっていたし、トータルではプラスだよ」
稼ぎがしょぼいことは変わらないので、私は気休めを口にする。
「こんだけじゃ酒場で飲んだらすぐ溶けんな……屋台でなんかくってくか」
「私美味しい串焼き屋さん知ってます。イヴさんに是非食べてほしいです」
「じゃあそこに行こうか」
私はすっかり失念していた。彼女たちが忌み嫌われる「獣人」であることを。
ギルドの建物を離れた途端、私たちに、より正確には獣人の二人に、白い視線が突き刺さる。
「シィ、ベル…」
「だいじょぶだ、慣れてる」
ベルルツの言葉に、シィも頷いた。
「そうです。ここはまだましなほうで、住宅街とかでは石を投げられたりもするんですよ?」
冗談めかしたシィの言葉を、私は冗談として受け取ることはできなかった。
石を投げた本人にも、きっと悪気はなかっただろう。みんな、今の生活を守るのだけで必死だ。
だからと言って、初代の「獣人」に罪があったとしてもシィとベルに罪はない。
どちらも明確な悪ではない。だから私は何もできない。たとえ貴族だったとしても、「人」を二人助けることさえ私はできないのだと思い知る。大層なプライドなんて持っていない私でも、せっかくできた仲間を助けることができないというのは染みた。
「今からでもギルドに戻って食べる?お金は私が出すから」
せめてもの思いでそう言ったが、もう少しで屋台につくので、と断られた。
「やっぱりイヴさんは優しいですね。そういうところを愛しています」
「けど私はそれに応えられない」
「それでもいいんです。愛とは与えるものだと誰かが言いました。それとイヴさんにご飯をおごってもらうなんて天地がひっくり返ってもあり得ませんから。それなら借金してでも私が払います」
「愛が重いなぁ…」
私は苦笑気味に呟いた。
ベルは、シィの件に関して自分の中で折り合いをつけたようで、沈黙を決め込んでいた。残念ながら無表情とはいいがたかったが。
翌朝、稽古の後にシュナイツが口にした言葉を私は反芻した。
「奥義、ですか…?」
「ああ。まあ奥義というほど大層なものじゃないがな…どちらかというと小技みたいなものだ。防御からすぐさま反撃をしたり、かわすのが難しい角度の攻撃だったり、剣戟の威力を少し増す振り方だったり。ハーレン流の剣術は、どんな状況でも対応できる立ち回りというのが主軸だが、覚えといて損はないと思ってな」
「はい。是非とも教えて欲しいです」
私は頷いた。
「明日から午後の座学を半分に削って剣技の習得に充てるから、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
私は納得しつつ、返事をした。
その次の日から剣技の習得が始まり、さらにその数日後、私は剣を振りながら戦慄していた。
一通り見せられた技は、一見してどれも地味だった。けれど、小技だなんてとんでもない。そのどれもが、これは間違いなく奥義だと経験の浅い私でも分かってしまう。
「こら!剣筋が乱れている!」
「はいっ!」
私は気を引き締めなおして、訓練を続けた。
目の前に見えるゴブリンの群れはちょうど十匹だ。
「よし、俺が最初に仕掛ける。お前はシィを守ってろ」
ベルの命令に私が頷く。
「シィ、支援魔法を頼む」
「はい」
シィが魔術式を唱えだす。ベルに、支援魔法がかかった。
「よし、行くぞ!」
大声を出してベルが駆け出す。
大声に気づいたゴブリンが、一斉にこちらを向いた。
慌てふためくゴブリンたちを次々とベルがなぎ倒していく。私の方に襲い掛かってきたのは一匹だけだった。
ゴブリンのパンチを軽々避けて、できた隙に剣を振り下ろす。
ベルの方はかなり苦戦していた。剣と盾で襲い来るゴブリンたちをはねのけているが、致命傷を与えるには到ってなっていない。
ベルの剣が届かない場所から、弓を持ったゴブリンが矢を射かけた。お粗末な出来の弓矢は、大した勢いは載っ乗っていないが、当たればかすり傷くらいは付くだろう。
ベルは、それを無造作に腕で払いのけた。だが血は出ていない。鈍らならかすり傷すらつかない、というのは本当らしい。
「いつも、あんな感じ?」
「はい」
シィに訊いてみると、肯定が返ってきた。
五分以上かかって、ようやくゴブリンたちは撤退を始めた。そこに、私とベルが追い打ちをかけたが、結局倒すことができたのは合計で七体だけだった。
次の獲物は、運よく三十分ほどで見つかった。今度は十四匹。さっきより多いが、ベルはやれると思ったらしい。
「今日は三人だ。イヴがシィをしっかり守ってくれればやれる。作戦はさっきと同じ。シィ」
ベルの体に支援魔法がかかる。
「行くぞ!」
さっきよりも時間をかけながら、私たちは、何とかゴブリンを撤退まで追い込んだ。
「あっ、逆方向から二匹、こちらに向かってきます!」
シィがそう叫んだ瞬間、茂みの奥から、二匹の魔物が現れた。ゴブリンより一回り大きくて、ボロボロだが、装備を付けている。
「ホブかっ?!」
ホブゴブリン。ベルが、その魔物の正体を口にした。
敗走していたゴブリンたちが戻ってくる。このままでは挟み撃ちになってしまうのに、いつまでたっても指示は飛ばなかった。
今更撤退なんて無理だ。
「ベルはゴブリンたちを、私はホブゴブリンを倒す。シィは魔術をスタンバイさせといて!」
「おう!」
「はい!」
私は、二匹のホブゴブリンに向き合った。
「ゲフッ」
一匹が、私を嘲笑うような声を上げた。私は、そいつに向かって駆け出す。軽くフェイントを入れたら、まんまと引っかかった。首を飛ばす。
もう一方のゴブリンが、ぼろぼろに欠けた剣を、私に向けて振った。私は、後ろにジャンプして避ける。次の追撃は、剣で防御。受け流して、反撃を入れた。ゴブリンの体に、切っ先が五センチほど埋まる。
いやな感触が伝わってくる。だが、すぐに思考から切り離した。
ゴブリンの破れかぶれの攻撃を避けて、その腹に、剣を沈ませた。
酒場で、ベルは頭を下げた。
「悪い。ちょっと焦ってた」
その理由を、私はただ頷いた。なんとなく理由はわかったから。だが、一番の理由であるシィは、首をかしげていた。
やはり、シィは鈍感らしい。




