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第十九話

 美味しかった……。

 私はため息を漏らした。家でいつも食べる高級料理もおいしいが、こういう庶民的な食べ物の方が好みだ。私元は庶民だし。そして、誰かのお金で食べるご飯も悪くない。これで、二週連続で誰かにおごってもらった。本当に悪くない。

「ふー」

「ふぅ」

 向かいに座る二人も満足そうにため息をついた。

 私は、そろそろ帰るために、腰を上げる。

「あの、イヴ様!」

「はい。なんでしょう?」

「ぶ、無礼を承知で二つ程お願いをしたいのですがっ!」

「どうぞ。それとそんなにかしこまらなくていいですよ?」

 実は、自分が貴族だとばれたのかと、少しひやりとしてしまうのだ。

「まずっ、一つ目のお願いなのですが…」

 スルーですか。

「私たちとパーティーを組んでは下さらないでしょうかっ!」

「おいシィ」

 黙って話を聞いていたベルルツが、耐えきれなくなって遮った。

「ごめんなさい」

 それすらも遮って、私は簡潔な答えを返す。

「な、なんで……?」

 シーティの顔が困惑と絶望に染まった。

 胸がぎゅっと締め付けられたが、ここでOKとはならない。

「私は、金曜日しか冒険者として活動していないので。そんなメンバーがいたら二人も迷惑でしょう?」

「いいえ。いいえ」

 シーティがぶんぶんと首を振った。

「週に一度だけならなおさら、イヴ様とパーティを組みたいです!少しでも長く、イヴ様のおそばにいたいんです」

 出会って初日なのに愛が重いなぁ。

 私は苦笑する。

 涙を浮かべてそこまで言われたら、断る理由はなくなってしまう。

「わかりました…。週に一度だけ、パーティを組みましょう」

 シーティが、神でも見つけたかのような笑顔になった。

 すでに判断を間違えたかなと後悔する自分がいる。

「おい。俺は別にいいなんて言ってねぇぞ」

 抗議の声は、完全に無視された。

「それで。二つ目の願いは何ですか?」

「はっ、はい」

 それまで恍惚としていたシーティが、はっと我を取り戻して、居住まいをただした。

 その様子に、どんな大事な話なのだろうかと身構える。

 深呼吸。

「一目惚れしました!どうか一晩抱いてください!!」

「あ、ごめんなさい無理です」

 シーティがお辞儀の勢いのまま机に突っ伏した。ごんっ、って落としたけど大丈夫?原因私だけど。

「おまっ…何言って……ちょっと待っ」

 唐突な失恋に困惑する少年の声は、あえなく無視された。

「せめて…何が無理だったのかだけでも……」

「付き合ってくださいとか結婚してくださいとかじゃなくて、一晩抱いてくださいって言ったところです。いや、付き合ってくださいと言われてもOKは出しませんでしたけど」

「ばふぅ」

 それはそういう声なのかなーって気になってみたり。いや、聞かないけどね?さすがに今はそんな質問できない。

「(私的には一晩抱いてくださいの方がイヴさんも気兼ねしなくて済むしいいかなーと思ったんだけど)」

 小声にしても聞こえてるからね?あと、私そこまでドライじゃない。それにまだ…その……経験なんてないし………。いや、年齢的にあるほうがおかしいんだけど。精神年齢的にはあってもおかしくないどころか、こっちの世界ではあるほうが普通だというのは置いておいて。

「おい…シィ……お前そいつの事………いや、でも女同士だろ…?あれ?じゃあいいのか……?ん………?」

 他人がパニックになっていると、冷静になるよね。ありがとう。君の犠牲は無駄にはならなかった。

 突っ伏して魂を吐き出すシーティカと、困惑でだんだんバグり始めてきたベルルツ。そして、妙に冷静な私。

 今、私たちは酒場の中ですごく目立っていた。

 そこに、仕事が終わったエイラさんが来て最初は戸惑っていたが、すぐにお酒が入り、私の周りはさらに混沌とすることになった。


「追加で一つ、お願いしてもいいですか?」

 別れ際、とうとう思考がショートしたベルルツの傍らで、シーティカが言った。(エイラは酒場で豪快にいびきを立てている)私は、警戒しつつも頷く。

 次の瞬間、優しい匂いが体を包み込んだ。

「イヴさん。その堅苦しい話し方はやめてください。似合ってないです。私たちは仲間になったんですから。私のことはシィ、ベルのことはベルと呼んでください」

 シーティカに、いや、シィにやさしく抱きしめられていた。私は、「はい」と答えそうになりながら「うん」とうなずく。シィは敬語のままだけど、名前が「イヴ様」からイヴさんになっていた。

「……そろそろ離れま…ようか」

 シィが残念そうな声を出した。

「じゃあ、また来週。受付が始まるころにはいると思うから。見つけたら声かけて」

「はい。また来週」

「ばいばい」

「はい!」

 シィの飛び切りの笑顔を見てから、私は家へ帰った。


 娘との稽古を終え、朝食の席。私は昨日の夜からずっと気になっていたことを口に出した。

「昨日、何かいいことでもあったか?」

「…いえ、とくには」

 少し悩んだのち、イヴはそう答えた。

「けど…仲間ができました」

 そう言って、パクリと料理を口に運ぶイヴ。

 照れて見えるのは気のせいかなー。微妙すぎてわからないなー。だがそこもいいっ。

 私は心のシャッターを連射し、あとで誰かに気が済むまで語ってやろうと心に決めた。

 その後、シュナイツの執務室に報告に来た部下が、げっそりとした様子で部屋を出る姿が目撃されたとか。

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