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第十話

 まずはお茶でも、と入ったお店は一目でわかるほどの高級店だった。

「私はロナです。この度は助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして。私はイヴです」

「では、イヴさん。早速お礼をしたいのですが、何をすればいいですか?」

「考えていたのではなかったのですか?」

「はい。お礼をしなければとは思ったのですが、何をすればいいのかはわかりませんでした」

 ロナが申し訳なさそうにはにかむ。

 私は、ちょうど運ばれてきた紅茶を飲みながら考える。あ、この紅茶美味しい。

「では、帝都を案内してくれませんか?」

「すいません、実は私も帝都に来たばかりで。他のことなら、何でも大丈夫なんですが。何か欲しいものとかはありませんか?」

「そうですか…」

 欲しいものか…。私は自問する。

 特に思いつかない。それだけ、今の生活は恵まれている。あってもお義父様に言えば最高級のものを買ってきてもらえるだろう。まあ、飛び切り甘やかされそうで頼んだことはないけれど。

―このまま考え続けていても思いつきそうにない。

「今は思いつきません。また今度会った時に願いを聞いてくれませんか?」

 ロナは少し、驚いたような顔をした。

「無欲なのですね…」

 そうではない。無欲なのではなく明確な望みがないのだ。あっても、それは叶えられない。

 私は微笑して、ティーカップの紅茶を飲みほした。

「それでは、私はこれで。また会いましょう」

「あの、これから帝都を観光するんですか?」

「はい。そのつもりですが」

「厚かましいとは思いますけど、良ければ同行させてもらってもいいですか?案内はできませんが私も観光の最中だったので」

―まあ、別にいいか…。

「いいですよ」

 ロナの花が咲いたような笑顔に、私も思わず微笑んだ。


「あの…紅茶代くらい自分で払いましたよ?」

「いえ。恩人にろくにお礼もできないまま紅茶代まで払わせるわけにはいきませんから」

「そうですか…」

 ロナは仕切り直し、というように手をたたいた。

「さて、では行きましょうか」


 ただでさえ人の多い帝都は、夕方時になってさらにその数を増した。

「結構いろんな場所を見れましたし、そろそろ解散にしましょうか」

 私からそう切り出した。ロナは少し残念そうな顔をする。それも仕方ない、それだけ楽しかったのだ。もちろん、私も。こんなに楽しいと思ったのはいつぶりだろうか。

「そうですね。すごく残念だけどそろそろ帰らないと。次会う時にはお礼をさせてください」

「はい、考えておきます」

 ロナが差し出した右手を握ろうとしたその時、大声が響いた。

「いたぞ!お嬢様だ!!」

 一瞬自分が呼ばれたのかと思ったが、すぐに違うことが気付いた。

 フルプレートの鎧を着た兵士がガシャガシャと音を立てて駆けてくる。

 ロナの顔が真っ青になっていた。

 私は逡巡した。どうするのが正しいかなんて明白だ。兵士はロナのことをお嬢様と呼んでいる。だから兵士たちにロナを引き渡せばいい。

 けれど、思わず助けたいと思ってしまうほどにロナの顔は悲痛に歪んでいた。

 私は、ロナの手首をつかんだ。

「ロナ、走って!」

 呆然とするロナにも聞こえるように、私は叫んだ。

 後ろにガシャガシャ音を聞きながら、人ごみの中を縫うようにかける。ロナの手首をつかんだ右手から、ぬくもりが伝わってきた。弾んだ息が、ほんのり白くなる。

 路地に入って、右に曲がって、左に曲がって、右に曲がって、右に曲がって、左に曲がって……いつしか、鎧がこすれる音が聞こえなくなるまで走っていた。

 ようやく路地から出た場所は、噴水のある広場だった。息を整えながら、二人でベンチに座る。

 私たちは、しばらく無言になった。子供たちが遊ぶ声だとか、おばさんたちの世間話だとか、誰かが泣く声だとか、そういうのをぼんやりと聞く。

 先に口を開いたのは、私だった。

「飲み物、買ってくるね」

 そう言って、露店を指さす。

 手を離した途端、ロナが少し残念そうな顔になったことに、私は気付くことはできなかった。

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