第0話
拙い文章ですが、感想なども頂けたら幸いです。
日本ではないどこか、地球ではないどこか、この世界ではないどこかの片隅で、一つの生命が生まれた。本来、生命などと呼ばれるものが生まれることはない闇の中。ある「ダンジョン」の最奥で、その生き物は目を覚ました。
「ほら、蓮。今日はいい天気だねー。あ、紅葉が赤くなり始めてるよ。もう少ししたら綺麗な紅葉が見られそう」
「そうだ、十月になったらピクニックに行こうか。お父さん、子供のころ行ったことがある場所で、いいところを知っているんだ」
「…」
「そうか、行きたいか。じゃあ、しっかり休んで体力をつけなきゃな」
「私も気合入れてお弁当を作らなきゃ」
「あ、ピーマンは入れないでくれるか?」
「だーめ。ちゃんと食べなさい。子供たちが真似しちゃうでしょ?」
「うっ。せめて肉をたくさん詰めたやつにしてくれ」
「はいはい。まったくお父さんは情けないわねぇ。ねー、蓮」
三人の会話が盛り上がる。いや、二人の、か。蓮と呼ばれる少女は、何もしゃべっていなのだから。
まったく。反吐が出る。何も答えるわけがないのはよくわかってるじゃないか。
「あ、そういえば深月、中間テスト学年六位だったんですってね。すごじゃない。頑張っているのね」
「うん。今回のテストは得意なとこだったし。それに、頑張らないと、蓮が高校生になっても勉強を教えられないから」
私は、感情とは裏腹に穏やかな声で答える。
「そうね…。高校生になったら、ね……」
その声に、ほんのわずかだが諦めが混じっていることに、私は気づいてしまった。
胸がむかむかする。この感情は何というのだろう。怒り?悲しみ?いら立ち?それとも罪悪感?そのどれもが、少し違う気がする。
私は嫌いだ。この感情が。嫌いだ。蓮が。
「ちょっとのど乾いた。自販機で飲み物買ってくるね」
私は視界の端に自販機を見つけて指さした。
二人がうなずくのを見てから、私は小走りで向かった。
コーヒーの苦い香りが鼻腔をくすぐると、少し気持ちが落ち着いた。
昔から私は、嘘をつくのがうまい。いや、自分を偽るのがうまい、だろうか。蓮に優しくしたことなんて一度もないけれど、両親の前では、いつでも妹思いの姉なのだと、自分をだましている。
今日はそれが、少し完璧ではないみたいだ。この偽りの自分が、いきなり両親の前でほころんでしまいそうで、少し怖くなる。
気合を、入れなきゃ。
頬をパチンと叩いて視線を上げると、異変が映った。
両親が、知らない誰かと話し合っている?いや、あれは―。
私は、うまく思考がまとまらないままに、駆け出した。手に握っていた珈琲缶が滑り落ちたが、すでに意識の外だ。
遠い…っ。もっと、もっと速く走れ……っ。がむしゃらに空気を吸い込みながら、限界の速さで足を動かす。
あと少し…。そう思った瞬間、銀色の輝きが閃いた。私は、それが何かもわからないまま、ただ届けと強く念じて、飛び出した。
とくっ、とくっ。あれ?これは何の音だろう。ああ―心臓の音だ。こんなにも、弱弱しかったっけ?
「深月!深月!目を覚まして!?」
もう…朝か…。いつも自分から起きているけど、寝坊したのかな…?だとしたら、急がないと。
ゆっくりと体を起こそうとすると、途中で腕に力が入らなくなった。べシャリと地面に叩きつけられる。
瞼を開けると、飛び込んできたのは紅葉だ。赤く。赤く染まっている。
ゆっくりと首を動かすと、蓮と目が合った。妹の顔を正面から見るのなんて、いったい何年ぶりだろう?
かわいい。その呼吸用のマスクと点滴を外して、病衣じゃなくて純白のワンピースでも着ればもっとかわいいんだろうな…。
蓮が、目を見開いた。
そんなに、驚かないで。少し、悲しくなる…から……………。
私はその時、死んだのだ。