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舞姫恋物語  作者: 咲倉 未来
水の乙女と水棲馬
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蓮と舞

 朝日が差し込み、朝露(あさつゆ)()れた(はす)の花がゆっくりと開いていく。葉の上の露玉(つゆだま)は、光を反射して宝石のように輝いている。


 サラはこの風景をとても気に入っていた。離宮に移動してから午前中は毎日蓮池を見るのが日課になっていた。

 サラは胸元に手をやると、マクラメ編みで包まれたラリマーを()でた。


「デニズもこの景色、気に入ってくれたかしら?」

 胸元に手を当てて語りかける。無論返事は無い。


「今日はデニズに、お母様の舞を見せてあげる。この蓮に合わせて選んだ白の衣装(ドレス)が素敵でしょう?」


 そう言うと、布を敷いた(かご)に首から外したラリマーの卵を入れて地面に置く。


 白で統一した衣装は、レインボー加工の施されたカットストーンで大小様々な花を描いたデザインだ。手足に着けた連珠(れんじゅ)()っかは動けばシャラシャラと音が鳴る。額には額飾り(ビンディー)を付け、耳と首に付けた大振りのダイヤのピアスとネックレスは白い衣装に良く似合っていた。


 朝日を浴びてサラの全身から反射した光が放たれる。


 手に持っている扇と布の舞踊具(ファンベール)は、蓮の花に合うように選んだ、白、ピンク、イエローの薄いグラデーションが美しい。

 練習用の音を奏でる音録細工(おんろくざいく)をセットし、立ち位置で曲の始まりを待つ。


(思いっきり踊ってやる!)


 ここの所、サラは気が滅入っていた。あれからセリムがことあるごとに尋ねてくるのだ。護衛のユースフは元々セリムの従者だったらしく、彼に対しては全く庇ってくれなかった。


「大概やる気の無い方なんですが、サラ様のことは気に入ってしまってますね」


(気に入ってしまってますね、じゃなーい!)


 例えセリムがムスタファの弟だとしても、無闇(むやみ)に尋ねてくるのは問題なはずだ。何度も注意したのに、のらりくらりと交わしてサラに絡んできて鬱陶(うっとう)しいのだ。


(あの、一歩引いて本気を出さない感じが嫌いなのよ。それからヘラヘラ笑いながら、心にも無いことを言うとことか!)


 一連の出来事を思い出し、ファンベールを持っている手に力が入る。


 けれど、音録細工(おんろくざいく)から微かに音色が鳴り始めれば、そんな雑念はぱっと消えた。


 緩やかな始まりに合わせて、閉じたままのファンベールをゆっくりと回し大きな円を描いていく。サラの意識は一気に舞姫へと上がっていった。


 曲調の転換と共に閉じたファンベールを勢い良く開く。両手で勢いよく仰げば、蓮池から空に向かってグラデーションの布が波打ちながら伸びていった。


(この柔らかく波打つ美しさが堪らないのよね)


 曲調が切り替わると同時にターンしながら、両手を広げれば、ファンベールがサラを閉じ込める円柱をつくる。(あお)いで切り返して回し、存分に長いベールを堪能していく。

 最後にファンベールを重ねて回転しながら下から上へと上げていき、曲の終わりと共に飛び上がる。


(気持ちいい!)


 着地と同時にしゃがみ込み、そのまま踊りの余韻に浸り息を整える。しばらくして立ち上がると目の前の観客(ラリマーの卵)にお辞儀をしてサラは笑顔になった。


「どう?中々素敵だったでしょ。デニズ」


 返事は無いが、喜んで貰えた気がしてサラは満たされていた。

 ゆっくりと歩き出し、その手にラリマーの卵を取ったその時、あらぬ方向から拍手が鳴った。


(最悪だ)

 振り向かなくても、そこに誰が居たのか簡単に想像できた。


「蓮の精霊の様ですね。とても綺麗でした」


 今、一番会いたくない男ナンバーワンのセリムの声を聞き、サラは思わず苦虫を潰したような顔で振り向いてしまった。


 □□□


「勝手に、入って、来ないで下さい。覗き見なんて、行儀が悪い事、しないで下さい」


 わざと言葉を区切って、サラは相手にしっかり伝える努力をした。


「遊びに来たら、こちらで音が聞こえたから。それより今のは歓迎会で踊った舞ですか?」


「それよりじゃなーい!人の話を聞きなさい!」


「だって、気になって覗いたら、あまりにも綺麗だったから、思わず見蕩れてしまった」


「ああん、もう!」


(今日は、いつも以上に会話にならない)

 サラは話すことを諦めて持って来ていたローブを身に纏う。荷物を纏めてセリムの横を通り抜けようとしたが、腕を捕まれた。


「何ですか?」


「ねぇ。さっきのは歓迎会で踊ったものなの?教えてよ」


「違うわ。答えたから早く離して」

 力一杯に腕を振れば、あっさり外れて拍子抜けした。


「こんなに素敵な舞を幾つも踊れるの?凄いな」


「・・・あ、ありがとう」


「兄上の正面で踊ったんだよね。いいなぁ」


 途端に一歩飛び退いて、サラは逃げる準備をした。


「そんなに邪険にしないでよ。傷つくなぁ」


「嘘ばっかり。私、着替えたいので失礼します」

 サラは返事を聞かずに、急いで部屋へと戻っていった。

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