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舞姫恋物語  作者: 咲倉 未来
水の乙女と水棲馬
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ハレム

 (ふた)を開ければ簡単なことだった。ムスタファには公になっていないだけで既に意中の恋人がおり、そちらへ毎日足繁(あししげ)く通っていたのだった。


「だったら、ハレムなんて作らなきゃいいのに」


 例え毎日通ってきても非公式扱いでハレムなんて作られたら、サラだったら殴り飛ばしている。


「ああ。だから毎日通って機嫌(きげん)を取ってるのかしら?」


 サラは思考をクルクルと回しながら、次から次へと憶測(おくそく)を立てていく。サラは頭の回転が早く口が達者で、領地に居るときから周りを()り込める(たび)に母に怒られていた。


『思っても口に出す前に、一呼吸(ひとこきゅう)置きなさい』

と、常々言われていた。そんな母も見た目穏やかに切れ味鋭く返す人だったから、自分は母に似たのだと思っている。


 領地に居る母は実に上手く立ち回っていた。メイヴェン領地の領主である父には正室と側室である母の、二人の妻を(めと)っていた。正室が家柄重視の政略結婚なのに対して、サラの母は各地を回る隊商(キャラバン)の舞姫で父と恋愛結婚をしたのだ。後はよくある話でサラは本妻と姉に意地悪をされるのだが、母はずっとニコニコしていた。


『これだから低俗(ていぞく)な生まれは役に立たない!』


 と言われれば


『私には旦那様の(よすが)しか(すが)るものがありません。(憂い顔)そして貴女方には権力しか無いのですから、是非旦那様のお役に立てて下さい』


 と言い、


『踊り子などと如何わしいもので、旦那様を(たぶら)かして!』


 と言われれば


『ええ。そのお陰で旦那様とお会いできました。まるで運命かのように。(うっとり)私と旦那様の出会いが遅くて良かったですね』

 と言って返していた。


 本妻が権力を振りかざすなら、母は愛されていることを振りかざしていた。そして父と母は娘の自分が目のやり場に困るほどに仲睦(なかむつ)まじかった。そしてビックリすることに、毎回やり込められても本妻と姉はめげずに突っ掛かり続けていたのだ。


 そんな環境は、サラの人格形成に大きな影響を与えた。


 気が強くて口が達者で可愛げの無いと言われるサラは、我儘令嬢(わがままれいじょう)と誤解されやすい。しかし本人は何かを通すために無理強(むりじ)いはしない。よっぽど欲しければ他の妥当な案を考えるし、たいして大事じゃなければスッパリ諦めてさっさと次に移る。


(あの人達をを見ていれば、無理強いがどれ程無意味で時間の無駄か、分かるというものだわ)


 そして、そんなサラは早々にムスタファを諦めることに決めた。


 幸い、未だにしっかり顔すら合わせていない相手など恋すら始まっていないのだから未練は無い。ムスタファの恋人に同情しつつ、二人の幸せを願う気持ちでいっぱいだ。


「なら、今日の集まりの時()()()を捕まえて、ここから出る算段をつけましょう」


 今日は何やら話があるとかで、ハレムの女達は歓迎会を行ったホールに呼び出されていた。定刻に遅れないように、サラは部屋を出て集合場所へと向かった。


 □□□


 目的地手前の角を曲がれば既に人でごった返していた。サラは集団の一番後ろに着こうとしたが、直ぐに捕まってしまう。


「ご機嫌よう、サラ様。歓迎会のベリーダンスがとても美しかったと、まだハレムでも話題ですのよ。何やら宮廷(きゅうてい)でも話に上ったとか」


「まぁ凄いわね。でも、あの様に美しく目立ってもムスタファ様のお目に止まらないなんて。やはり王族ともなると目が肥えていらっしゃるのかしら」


「本当に。サラ様、お可哀想(かわいそう)に」


 最近、ことあるごとに捕まってはこの調子で見下されて気分が悪い。出身地で多少の身分の差があるが、ハレムの女全員がムスタファに見向きもされていないのだから、皆立ち位置は同じ(はず)だ。この令嬢達のように相手に同情することで、自分の位置を優位に持って行く行為がサラは嫌いだった。


「国の大宰相(サドラザム)の一人娘で、美姫(びき)(うわさ)のアイラ様がお相手では、流石の私も足元にも及ばないとゆうもの。仕方ありませんわ。私のように噂になっても見向きもされないなら、話にも上ってない方々は、この先大変ね」


 サラはアイラを引き合いに、きっちり立場を逆転させた。烏合(うごう)(しゅう)の令嬢に比べれば、今も噂になっているサラの方が(わず)かばかりでも格が上というものだ。


 サラが弱るのを期待していた令嬢達は、想像しなかった返しに口が止まった。


 その時、前方より声がした。

「定刻だ。これより説明を始める。皆、中央が見えるように広がりなさい」


 宦官(かんがん)の指示に従って中央が見える位置まで移動すると、そこには沢山の(かご)が置かれ、大小様々な卵型の海の模様の石(ラリマー)が積まれていた。


「これより説明を始める。知っての通り我がアートゥは水棲馬(ケルピー)の守護をもたらされた水の都である。これはお伽話(とぎばなし)ではない。我が国は建国時より王宮に国を守護するための水棲馬(ケルピー)様が住んでいた」


 ざわりと周囲が騒がしくなる。目の前の宦官が話すのは、大人から子供まで知っている有名なお伽話だ。


「これは極秘であり、世にはお伽話として出回っているが事実なのだ。そして水棲馬(ケルピー)様は輪廻転生(りんねてんせい)を繰り返し我が国に留まって下さっていた。しかし、前回崩御(ほうぎょ)以降、未だ我が国に水棲馬(ケルピー)様はお戻りにならない。そしてアートゥ国内のいたるところで水は枯れ汚れ始めている」


(確かにメイヴェン領でも、いくつか小さなオアシスが消滅したと報告が入っていたわ)

 数年をかけて小さなオアシスが無くなる程度だったから、余り注目はされてなかったが、サラの記憶には残っていた。


水棲馬(ケルピー)様はこの籠の卵より(かえ)られる。そなた達は水の乙女として、卵の孵化(ふか)に尽力を注いで欲しい。そしてムスタファ殿下の(ちょう)(きそ)いこのハレムでお役目を果たしてもらう」


「卵を孵したら、ムスタファ様の側室(イクバル)になれるのでしょうか?」


 どこかから質問があがる。


「それは。まぁ。ハレムにて(くらい)が与えられる。ムスタファ殿下の目に留まる機会が増えるのは間違いない」


(上手く言ったつもりかもしれないけど、第一妃(バシュ・カドゥン)はアイラ様が有力。ハレムは位だけ与えるから、あとは自分で何とかしろということね)


 その微妙な言い回しに、一部の頭の回る者は気付いてざわついている。


「なら、私、その大きな物を頂きます」

 けれど、気付かないものがチャンスだとばかりに進み出てしまえば、出し抜かれては(たま)らないと他の者達も我先にと全員がラリマーの卵に向かって走り出した。


「慌てるな!数はちゃんとある。大きさは関係ない。()()


 その余計な一言で、さらに勢いが増した。サラは後ろから押されて、あれよあれよとゆう間に(かご)に辿り着いていた。手を伸ばし手頃な大きさの物を掴んで、さっさと人混みから退散する。


 安全な場所まで移動して手を開けば、綺麗な色と紋様のラリマーがあった。


「あら、中々美しくて良い子が来てくれたわね」


 皆に石が行き渡り喧騒(けんそう)が落ち着くと、くたびれ揉みくちゃにされた宦官(かんがん)が解散を伝えた。


 サラは去って行く団体の流れに逆らって、一人の男に近づいて行った。

 けれどサラが呼び止めようとした時、男は数人の令嬢に囲まれてしまう。そして詰め寄られた男はどんどん顔色が悪くなっている。令嬢達はハレムに来ないムスタファを何とかしろと言い募っているのだ。


「わかった。私から殿下にお伝えする」


 その一言でやっと解放され、安堵したところでサラと目が合った。


「貴女も何かあるのですか?サラ様」


「ええ()()()。私もムスタファ様にお願いしたいことがあります」


「なら先ほどもの方々にも言いましたが、私から上告しますので、それでよろしいですね?」


 何度も言わせるな、聞いてなかったのかと顔に出ているのを無視してサラは自分の要求を伝えた。


「いいえ。私はハレムを出るように手配をして頂きたいのです。そうですね、どなたか軍の所属で手柄を立てた方の褒美(ほおび)として、下賜(かし)して頂きたいのです」


「はあっ?!」


 ムドラと呼ばれた宦官の声が、ホールに響き渡る。


「だって、ムスタファ様には既に意中の方おられるのですから。問題ないでしょう?頼んだわよ、ムドラ」


 開いた口はまだ塞がっていなかったが、サラは言いたい事を言い終えるとさっさと退出したのだった。

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