雑学百夜 女性の甲高い声を「黄色い」という表現する理由
その昔、お経を読む際、どの箇所の声を高く読むか分かりやすいように黄色の印をつけていたことが『黄色い声』の由来とする説がある。
春方の気配を纏った風が嬉しそうに教室を吹き抜けてゆく。
クラスメイトは昼食も済ませ、皆思い思いに過ごしていた。
僕はと言うと後ろの席の君と何のこともないようなどうでもいいことを話し笑いあっていた。
中学二年生、新学期最初の席替えで前後の席同士になった僕らはプリントの受け渡し、英語の授業のグループワーク、ほんの些細な瞬間を積み重ね、只のクラスメイトから友達になれた。
好みの音楽、好きな作家、好きな映画、似た者同士の僕ら。
友達になるのはある意味必然だったのかもしれない僕ら、そんな僕らの見分け方は簡単だ。その『必然』を『必然』のままで読み続けるのが君で、『必然』を『運命』と読み替えたいのが僕だ。
僕はいつの間にか君の事が好きになっていた。
消しゴムを拾ってもらった、背中をツンと突かれ「ねぇ、あの黒板の字なんて書いてあるか分かる?」って話しかけられた、そんな本当に何でもないような一瞬の為に、僕は朝起きて眠い目を擦りながら好きでもない学校に好きな人を想いながら通っている。
僕は毎晩ネットで雑学ネタを集めている。
それもこれも昼休み、君に話しかける第一声の為だ。
「ねぇ知ってる? おふくろって言葉の由来ってね……」
「おまじないで『ちちんぷいぷい』ってあるでしょ? あれってさ……」
君はいつもどんな下らない話にも目をまん丸にして驚いてくれる。だから僕は嬉しくて毎日毎日、知らなくてもいい様な世界の真実を掘り出して君に見せびらかしてしまう。
「黄色い声って言うけど、あれって昔中国から仏教が伝わってきた時にさ、お経のメロディーが分かりやすいように音程を高く読むところ、低く読むところで文字の色分けをしてたんだけど、その中で一番高い音程で読むところの色が黄色だったことから来てるらしいよ」
道徳の授業よりどうでもいいような事なのに君は「本当に毎日毎日勉強になります。ありがとう」と冗談めかしながら小首を傾げた。
昨日風の噂で聞いた。
二組の総司が君に告ったらしいって。
総司はバスケ部のキャプテン。イケメンで、スポーツは万能。数学が少しだけ苦手だがそんなギャップも含め学年の大半の女子から想いを寄せられている男だ。
去年の体育祭の時、学年対抗リレーでアンカーとして驚異の四人抜きを達成した彼は保護者含めた全校中から黄色い声を全身に浴びていた。思い出してみれば当時は別のクラスだった君も無意識に黄色い声を上げていた一人だったような気がする。
君と総司。悔しい。でも、さぞかしお似合いだと思う。
ところがその噂はいつまで経っても噂でしかなかった。
「返事はしたのか?」「いやしただろう?」「オーケーに決まってるよな?」「だけど総司は何も教えてくれないんだよな~」
学年中がその話で持ちきりだった。
当の君はというと、そんな周りの事なんて、僕のヤキモキする気持ちなんてまるで素知らぬ顔して今またどうでもいいような雑学を聞いて笑う。
僕は君に黄色い声を掛けられるような男になりたかった。
いつもみたいに白い歯見せて笑ってくれるのも勿論嬉しかった。だけど理想を言えば君の頬を桜色に染められるような男になりたかった。
カラフルな君を一度でいいから見たかった。
――無理だよな。分かってる。分かってるけどさ。
独り勝手にうなだれる僕に「ねぇ? 見て」と君はそう言い窓の外を指差した。
促されるまま窓の外を見ると、そこには青空の下、春一番に舞い散る桜の花が辺り一面を覆っていた。
「あぁ、凄いなぁ」
思わず感嘆の溜息を漏らす僕。君はそんな僕を見て「いつものお返しだよっ!」と悪戯っぽく笑った。
「お返し?」
僕が聞くと君は「ほらいつもの雑学のお返し!」と笑い続けて言った。
「ねぇ、知ってた? 世界はこんなに綺麗なんだよ」
そう言ってはにかむ君の頬に開け放した窓から流れてきた桜の花びらがピタッと一枚張り付いた。
雑学を種に百篇の話を一日一話ずつ投稿します。
3つだけルールがあります。
①質より量。絶対に毎日執筆、毎日投稿(二時間以内に書き上げるのがベスト)
②5分から10分以内で読める程度の短編
③差別を助長するような話は書かない
雑学百話シリーズURL
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なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。