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009 オルドーとの商談

 オルドー=イートキングの館にやってきた。

 驚いたことに、館の大きさは我が家と同程度だ。しかし、綺麗さや人の数は段違い。門は錆びていないし、庭も手入れがされている。門の前には二人の門番がいるし、その先には使用人の姿も。一方、我が家には俺とニーナしかいない。


「本当にお会いしてくれますかね? オルドー様」


 門の前で不安そうに呟くニーナ。


「大丈夫だと思うが、どうだろうな」


 本来、オルドーのような貴族と会うにはアポが必要だ。

 だが、俺はアポなしで訪問した。その時点で門前払いを食らいそうになったが、そこは領主パワーで回避。新任の領主であることを伝えると、オルドーに判断を仰ぐから待っていろ、ということを丁寧な口調で言われた。


 言われた通りに待っていると、館から数名の使用人が出てきた。

 俺達の前まで歩いてくると、使用人の一人が言う。


「オルドー様より、ユウジ=タチバナ様の入場許可が下りました。付き人は一名まで同行可能です。馬車はあちらの厩舎で待機させてください。それではユウジ様、こちらへどうぞ」


「ニーナ、行くぞ」


「え、私もですか!?」


「付き人は一名まで同行できるんだ。ついてこい」


「わわ、分かりました!」


 俺はニーナを連れて館の中へ向かう。

 生肉の入った冷凍箱と干し肉の入った箱は使用人が持ってくれた。


 ◇


 館の広さもさることながら、中も我が家に似ていた。

 ただし、各部屋の内装は異なっている。此処の方が全体的に高そうだ。


「もうじきオルドー様が来られますので、しばらくお待ちくださいませ」


 俺達は客間に通された。

 二人がけのソファに、ニーナと並んで座る。目の前にはテーブルがあり、その向こうにも同じようなソファ。肉の入った箱は、俺のすぐ横に置かれた。


「お待たせして申し訳ないのう、新任領主殿」


 ほどなくして、一人の巨漢が客間に入ってきた。

 身長は俺と大差ないが、とにかく横に大きい男だ。顔面が脂ぎっており、頭頂部がさながら河童のように禿げている。男は一歩進むごとに「ふひぃ」と荒く呼吸し、足が踏み出される度に地面が揺れた。


「オイラがこの町の長であり、イートキング家の次男、オルドーである」


 オルドーが目の前に座る。ソファが潰れないか心配になった。


「俺はトロッコ村の村長であり、村を含む領地の領主に就任したユウジ=タチバナです。会って下さってありがとうございます。異世界人故、礼儀の至らぬ言動があるかもしれませんが、ご容赦下さい」


 適当な敬語で話す。

 慣れない言葉遣いなので、合っているかどうかは分からない。


「ああ、貴方が勇者召喚に巻き込まれたという……」


「そうです、その異世界人が俺です」


「なるほど。それで、今回はオイラになんの御用ですかな?」


 オルドーがサクッと本題に入る。

 俺が異世界人だと分かっても、大して興味を示していないようだ。これは予想外だったが、こちらとしてはそのほうが嬉しい。長話をするつもりはなかった。


「此処へ来る前に市場を見てきましたが……」


「市場の食材はどれも一級品ばかり。さぞ感動したでしょうな」


「たしかに米と野菜は及第点を与えられる物でしたが、肉と魚に至っては論外も論外。驚く程に高く、それでいて驚く程の低品質でした」


「なんだとぉ!?」


「ユウジ君!?」


 オルドーとニーナが驚愕する。

 オルドーは顔面を真っ赤にして、今にも怒声をあげそう。

 ニーナは顔面を真っ青にして、今にも気を失いそう。


「よくもまぁ、あれだけ質の低い物を自信たっぷりで売れたものです」


「りょ、領主殿、それは些か言葉が過ぎるのではないか……」


 オルドーの顔面や首筋に血管が浮かんでいる。これ以上の煽りは危険だ。


「いやはや、本当に酷かったです。そこで、今回はオルドー様に、美味しいお肉を売り込む為に参りました」


「ほう、イートキング家のオイラに対して食材の売り込みとな?」


「適当に焼いて食べるだけで、市場の劣悪な肉との差が分かるでしょう」


 俺は冷凍箱をテーブルに置き、中を開けて、オルドーに見せた。


「これは……」


「村を荒らしていた鹿と猪です。私の住んでいた異世界流の下処理を施しておりますので、野生でありながらも、市場の肉より遥かに美味しいです」


「馬鹿にしておるのか! 我が市場の肉は牧場で育てた家畜ぞ! 野生の、それも鹿や猪如きに劣るはずあるまい!」


 オルドーがプンプンに怒る。


「本気ですか? 見てくださいよ、この綺麗な肉。市場の劣悪品とはまるで違います。どの部位も宝石のように煌めいていますよ」


「たしかに美しい見た目をしてはおるが、見た目なんぞいかほどにでもなる! 問題は味だ! 野生の猪や鹿が牧場で育てられた牛や豚に勝つことなど、天地がひっくり返ってもあるまい!」


「よほど自信があるようですね」


「無論だ!」


「では実際に食べてください。こちらの生肉、全て無料でお譲りいたします。お抱えのシェフを呼び、牛肉や豚肉と同じ要領で調理させてください。そうすれば違いがよく分かります。味が大事というのであれば、食べてから判断するべきではないでしょうか?」


 こう言われると、オルドーに言い返す言葉はない。

 不快そうに「ぐぬぬ」と唸るも、最終的には「分かった」と承諾。


「いくら異世界から来られた領主殿と言えど、今回の言動は目に余る無礼です。お譲り頂いた肉がオイラを満足させられない物であれば、今後、二度とそちらの領地からの品は受け付けません。肉だけでなく、米や野菜もです」


「それで結構です」


 話がまとまった。

 オルドーが使用人に生肉を運ばせ、専属のシェフに調理させる。

 調理の間は解散となり、俺達は客間で、オルドーは自室で休んだ。


 ◇


「お待たせいたしました」


 しばらくして、使用人が呼びに来た。

 使用人に案内されて、食堂へ向かう。


「うはぁぁぁぁぁ!」


 食堂では既にオルドーが待っていて、目をキラキラさせていた。素敵な香りを放つ肉料理の数々に食欲を刺激されている。口の端からは涎が垂れていた。

 俺達は待たせたことを詫び、オルドーの向かい側に座った。


「これ、本当に猪や鹿の肉なのか!? なんという、なんという香りなんじゃ! とても野生の獣からとった肉とは思えん!」


 オルドーは食べる前から虜になっている。

 俺はニッコリと微笑んだ。


「是非とも食べてみてください」


「言われずとも!」


 オルドーはフォークで乱暴に鹿の肉を突き刺し、口に運んでいく。

 そして、感動のあまりに涙を流し始めた。


「美味すぎる……! こんな美味い肉、食べたことがない……!」


「満足していただいたようで何よりです。これで俺の言動がただの自惚れでないことを証明できたはず」


「たしかに! 領主殿、あなたは本当にすごい!」


「ありがとうございます。では商談に移りたいのですが」


「商談?」


 オルドーが首を傾げる。


「今回お譲りした肉ですが、今後は米や野菜と同じように買い取って頂きたいのです。ただし、これほどの肉は市場に出回っていない故、なかなか価格を設定するのが難しく……」


「なるほど、そういえば最初に『売り込み』と言っておったな」


「お望みするのであれば、イートキング家の市場へ独占的に供給することも可能です。それに見合うだけの金額を提示していただければ、ですが」


 あえて額は言わない。

 最初の金額提示をオルドーにさせるのが狙いだ。この世界の食に関する相場なら、オルドーの方が遥かに詳しい。餅は餅屋だ。こちらから先走って異様に安い金額を提示してしまっては笑えない。だからまずは彼に価格を提示しもらい、俺はそれに「もう一声」と上乗せを要求する考え。


「では今回譲って頂いた量、つまり一般的な冷凍箱一箱につき……」


 オルドーが目を瞑って価格を計算している。

 冷凍箱の中に入っている肉の量は約二十キロ。俺の予想だと、この肉の相場は約五十万前後。まともな肉がないことを考慮しても、その程度が関の山だろう。

 ところが、オルドーの出した答えは違っていた。


「一〇〇〇万ゴールドでどうですかな?」


「えっ」と固まる俺。


「失礼、少しふざけてしまいました」


「ですよね」


 なんだ冗談か。流石に一〇〇〇万もしないわな。


「改めまして、一六〇〇万でいかがですかな?」


「えっ」


「誠意を示すのに十分な額だと思いますが? もちろん、独占させていただけるのであれば、更に上乗せしますよ」


 オルドーの表情は真剣そのものだ。

 一〇〇〇万ですら衝撃的だったのに、なんと上に刻んできやがった。

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