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008 グルメビレッジの市場

 馬車がどのくらい走ったかは分からない。

 車外に向かって嘔吐した回数も分からない。

 絶望的な乗り物酔いの果てに、俺達は目的地に到着した。


 グルメビレッジ。

 

 国王陛下も信頼を寄せるグルメ通の貴族イートキング家が領内にある()だ。治めているのは、イートキング家の次男オルドー=イートキング。町民の数は約五千人。それだけ見れば小さな町に感じるが、賑わいは相当なものだ。町民の数と同程度の観光客がいるから。


 ビレッジは「村」を意味する。

 その言葉が町に対して使われているのは、イートキング家の長男が治める町を「グルメタウン」と呼び、当主であり領主のエイブラハムが治める都市を「グルメシティー」と呼ぶからだ。


「トロッコ村とは建物の質が違うな。藁の家なんざねぇ」


 荷台から町を眺める俺。乗り物酔いはどうにか収まりつつあった。まだ幾分かは頭がぐらんぐらんしているけど、じきに回復するだろう。

 町の建物は、大半が石材と木材で作られている。主材料が藁のトロッコ村はさながら原始時代の趣があったが、此処はもう少し先の時代――古代末期や中世初期のヨーロッパを彷彿とさせる。


「エイブラハム様の領地は人気ですからね」とニーナ。


「これだけ娯楽の少ない世界だと、食い物に特化しているのは大きいわな」


 エイブラハム領はグルメに絶対の自信を持っており、「全店絶品」を標榜している。その為、この領で飲食店を開くには、他のあらゆる領よりも厳しい審査を通過しなければならない。それ故に一定のクオリティが約束されており、美味い物を食いたければエイブラハム領、というのがこの世界の常識になっている。


「領主様、これからどうされますか?」


 御者が尋ねてくる。

 町に入って少ししたところで、五台の馬車が動きを止めた。


「いつも通りでいいよ。米と野菜を卸しに行ってくれ。俺達も同行する」


「かしこまりました!」


 馬車が再び動き出し、町でも屈指の広さを誇る市場へ向かう。

 市場に着くと、市場の仕入れ担当者と会い、米と野菜の商談に入る。


「今回はえらく豊作だなぁ」


 仕入担当の男が感心している。


「新しい領主様のおかげで獣害の問題を解消できたのさ!」


「そいつはてぇしたもんだ。これなら五十は出せるな」


「おお、そいつは大金だ! ありがとな!」


 サクッと商談が成立する。

 四台の馬車に積まれた米と野菜が五十万ゴールドで旅立った。


「大金になりましたね! ユウジ君!」


 ニーナが嬉しそうに言う。

 俺は「そうなのか?」と首を傾げた。


「この世界の相場がよく分からないからなんともだな」


 販売した米と野菜が荷台から運ばれるまで時間がかかる。

 その間、俺は市場の中を歩き回って相場を調べた。


「ユウジ君の世界と比べてどうですか? 高いですか? 安いですか?」


「米と野菜に関しては大差ねぇな」


 市場には色々な食材が売られている。

 その内、米と野菜に関しては、日本のスーパーと同程度の価格だ。日本だと三千円で買えそうな米が、この世界だと三千ゴールドで売られている。品質によって商品の価格が左右するのも同じ。市場の商品と比較して分かったが、俺達の卸した物はかなりの高品質に分類されているようだ。


「肉と魚は日本より高いな、とんでもなく」


 肉の価格は日本の五割増しといった印象を受ける。

 品質を考慮すると倍以上の差を感じた。見るからに不味そうな、日本だと半額シールが何枚も重ねられているであろう肉が、この世界ではそれなりに良い価格で売られている。驚くことに、そんな肉ですら「安い」と評して買う客が多い。


 魚に至っては高いなんでものではない。

 食べたら食中毒になりそうな、半ば腐りかけの魚ですら、肉よりも遥かに高い価格で取り引きされている。魚の種類はものの見事に海魚オンリー、それも堤防釣りでお馴染みの沿岸魚に限られている。


 中でも驚いたのがメジナだ。折角の上物なのに、まともに締められなかったせいで、目に見えて傷んでいる残念な代物。それが一尾で十万ゴールドという常軌を逸した高値を付けられていた。それだけでも驚愕なのだが、さらにびっくりしたのは、そんなメジナを「安すぎる!」と言って迷わず買う人間がいることだ。


「あんな腐りかけの肉と魚であの扱い……!」


 俺は自分の乗ってきた馬車に目を向ける。

 そこに入っている鹿と猪の肉は、この市場で売られている物とは比較にならない。今なら村人が感動していた理由も十二分に分かる。これらの肉ならとんでもない額で売れるに違いないと改めて確信した。


「そちらの冷凍箱にはなにが入っているんだい?」


 そんな俺達の肉に、担当者が興味を示す。


「害獣だった猪と鹿の肉さ。我等の領主様が最高の下処理法を教えてくださってな。この市場で売られているあらゆる肉より美味いぜ!」


 ウチの村人が自信に満ちた顔で言う。

 すると、担当者は大きな声で笑った。


「猪や鹿を捕らえたのはすごいと思うが、いくらなんでも害獣が牛や豚の肉に勝てるわけねーだろぉ! なんたってこの市場で売られている肉は全て、グルメビレッジの牧場で育てた家畜なんだぜ!」


 相手も絶対の自信を持っているようだ。

 俺には分からないが、「ビレッジの牧場で育てた家畜」というワードには、結構なパワーが込められているのだろう。日本の感覚で言うところの「A5ランクの牛」みたいな。


「まぁそうは言わずに食ってみれば味が分かるってものよ!」


 村人が試食を勧めるが、それを俺が制止した。


「その必要はない」


「「えっ」」


 驚く村人と担当者。


「この肉は市場に卸さない」


「領主様!?」


「ユウジ君!?」


「ここはイートキング家直営の市場。この町、いや、この領で食材を売りたいのなら、ウチ以外に卸す相手はいませんぜ。それがこの領の決まりですぜ」


「果たしてそれはどうかな」と俺はニヤリ。


 ニーナが「どういうことですか?」と目をぱちくり。


「この町の長であり、イートキング家の次男オルドー氏なら、直営の市場にも介入できるんじゃないか」


「「「!」」」


 皆に衝撃が走る。


「ユウジ君、まさか……」


「そう、ウチの肉は、町長のオルドー氏に直接売り込む」


 担当者が「無茶だ!」と吠える。


「オルドー様はイートキング家の中でも舌が肥えておられる。鹿や猪の肉なんて食わそうものならお怒りになること必至! 下手すると市場で物を売れなくなるかもしれませんよ!」


 男が「あんたからも言ってやりなよ」と村人に言う。

 村人は「いや」と首を横に振った。


「ウチの領主様なら分からねぇ。この御方が村に来てから約一週間。その一週間で村が大きく進化した。領主様なら、神の舌を持つ一族ですら満足させられるはず。いや、絶対に満足させる!」


「ど、どうなっても知らないぞ! 自分は忠告しましたよ!」


「承知の上だ」


 市場の肉は食欲の湧かないゴミばかり。

 ここに売られているような肉が相手なら、ウチの肉は絶対に負けない。

 俺は揺るぎなき自信を胸に秘めながら、町長の住む館へ向かった。

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