007 毛皮のコート
「「「うんまぁぁぁぁぁぁい!」」」
村人達が飛び跳ねる。画鋲が尻に突き刺さったかのような、勢いのある跳ね方をしている。とても野生の鹿や猪を食べたとは思えない反応だ。
(そこまで感動するほどなのかなぁ)
俺も試しに食べてみた。
まずは鹿肉からだ。なかでも屈指の人気を誇る背ロースをいただく。
入念に咀嚼して味わった後、同じように猪の肉も頬張った。
「たしかに美味い。だが……」
案の定、飛び跳ねるほどの美味さではなかった。
丁寧な下処理によって臭みを随分と薄れさせているものの、日本のスーパーで安売りされているゴムのような牛肉にすら劣っている。牛との差もさることながら、家畜と野生の差を痛感せざるを得ない味だ。
とはいえ、安売りされているようなゴム肉に比べると食べやすい。
「えええ、なんですか、その薄い反応!?」
俺を見て驚くニーナ。彼女もまた、鹿と猪の肉に興奮していた。
「これほど美味しいお肉、私、食べたことがありませんよ!」
ニーナが絶叫に近い声で言うと、他の村人が次々に賛同した。
「この世界の人間はよほど下処理がヘタクソなんだな」
どうやれば牛肉をそこまで不味くできるのか。逆に興味が湧いてきた。
それに……。
(これはひょっとするとチャンスかもしれないな)
ニーナの話によると、この世界でも畜産が行われている。牧場で牛や鶏、それに豚を飼育しているとのこと。その辺のことを、知識だけではなく、実際に見て把握することができれば、強烈な収益源になるかもしれない。
「なんにしろ感動してもらえて良かったよ」
俺は話のまとめに入る。
「今後は、畑と同じで罠の設置や肉の処理も皆で行っていく。作業の分担については、皆で適当に決めてくれ。その点に関しては、異世界人の俺よりも、現地人である皆のほうが要領を得ているだろう」
「「「分かりました! 領主様!」」」
村人の目が輝いている。
「これなら本当にいけるかもしれない!」
「異世界より来られた領主様の力があれば!」
「領地を発展させられるかもしれない!」
「胸が膨らむ話ですな! がっはっは!」
村人の士気はいつになく高い。
俺は誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
「まだまだこれからだぜ」
◇
その後も順調に進み、一週間が経過した。
鞣し終わった鹿の毛皮を取り出し、加工する。
「これでもあたしゃ若い頃は王都で細工師だったんじゃぞ」
「あたしゃなんて流行の服を作ったものじゃい」
「それを言うならあたしゃだって!」
毛皮の加工は婆さん連中の仕事だ。今の担当は三人。
婆さん達は口々に自身の武勇伝を語りながらコートを作っていく。
適当な空き家を作業場にして、えらく楽しそうに作業をしている。
(どこの世界でもババアはお喋り好きだな)
婆さん達の話し声はうるさいったらありゃしないが、俺は何も言わない。
彼女らは喋ることで作業のクオリティを維持しているのだ。無言にさせようものなら、すぐに「腰が痛い」「首の調子がおかしい」「目がかすむ」などと御託を並べて労働を放棄するだろう。
「それにしても便利だな、魔法って」
作業場の外で婆さん達を眺めながら、隣に立っているニーナに言う。
「そういえば、ユウジ君のいた世界には存在しないんでしたね、魔法」
「そうだよ。だから俺は魔法が使えない」
「安心してください、私も使えませんから!」
「いや、使えてくれた方が助かるんだが」
「だって仕方ないじゃないですか。魔法を使うには修行が必要なんです。私は魔法学院に通っていないし、独学で習得できるほど賢くないし、そういうお金もないし、ポンコツだから……」
目をウルウルさせるニーナ。
「分かった。分かったから、そうネガティブになるなよ」
俺は苦笑いを浮かべ、ニーナの頭を撫でる。
それから、改めて「魔法は便利だなぁ」と呟いた。
この世界には、当たり前のように魔法が存在している。
魔法の幅は実に広い。火や雷を生み出したり、別の場所に瞬間移動したり、物を浮かせたり、外傷を回復したり、とにかく色々な効果がある。それでいてすごく便利だ。魔法石と同じく、魔法もこの世界では必要不可欠と言えるだろう。
目の前で作業中の婆さん連中は、手を殆ど動かさず、口ばかり動かしているが、肝心の作業は魔法によってしっかりこなしている。まるで透明のミシンがそこにあるかの如く、針が自動で走り回っているのだ。
「領主様、完成しましたぞい!」
「あたしゃのほうが立派ぞい!」
「あたしゃだって負けておらんぞい!」
婆さん連中が鹿の毛皮で作ったコートを見せてくる。
「「「あたしゃのが一番ですぞい!」」」
自信に溢れた表情で自分こそが一番と主張してくる。
「では採点してみよう」
俺は念入りに確認していき、一つずつ点数を付けていく。
その結果――。
「見事に同じ点数だな。三人とも合格だ」
「「「それじゃ満足できないぞい! 領主様、あたしゃが一番ですぞい!」」」
「そうは言われても、どう見たって同じじゃねぇかよ……」
婆さん共の作ったコートは、機械で作ったかの如く似ている。
俺はオンリーワンで妥協するなんて精神が嫌いだから、婆さん達の意を汲んで順位を付けたかった。しかし、あらゆる角度から採点して同じ点数だったのだから、これはもうどうにもならない。
「次は猪の革で手袋を頼む。柔らかくて通気性がいいから手袋に向いている」
「「「はいよ! 今度こそあたしゃが一番を獲るぞい!」」」
分身しているかのように息ぴったりな三人。
「おうおう、頑張ってくれ」と苦笑いの俺。
「「「一番になったら領主様のお嫁さんにしてもらうぞい!」」」
「するかよ!」
「「「ぎゃはははははは!」」」
婆さん共が仲良く笑っている。
その姿を見て、俺は「やれやれ」と呆れた。
婆さん達が作業に戻った後、俺は周囲を見渡して呟く。
「いい感じに分担できているな」
この村の連携は凄まじい。新たに増えた作業の分担も、一切のトラブルなく決定した。誰も不満を述べず、怠け者が出ないことに感心する。
そしてその役割分担だが、今は村の内外で分けているようだ。村から出て行う作業――つまり罠の設置や獲物を捌いて回収するといったことは男の担当。逆に村の内側で行う作業は女が担当している。畑に関する作業については、これまでと変わらず男女共同。
獣害対策の一件により、村人は俺のことを崇拝している。
一方の俺は、村人の優秀な仕事ぶりを高く評価している。
まさに理想的な関係だ。
「領主様、準備が出来ました!」
「遅くなって申し訳ございません!」
「今までとは商品の量が桁違いで、手間取ってしまいました!」
五台の馬車がやってきた。
馬車の荷台には、町で売る為の物が積み込まれている。四台が米と野菜で、残り一台が鹿と猪に関するものだ。専用の冷凍箱でカチコチにしてある生肉、冒険者の携帯食に最適な干し肉。出来たてホヤホヤの毛皮のコートはまだ売らない。
「客車がなくて申し訳ございません!」
「かまわないさ。俺達は荷台に座るよ。冷凍箱は衝撃に弱いらしいから、俺とニーナで大事に守らせてもらうさ。それでいいよな? ニーナ」
「もちろんです、ユウジ君!」
俺とニーナは荷台に乗り込んだ。
「本当によろしいのですか? 領主様自ら来られなくても……」
俺達の乗っている馬車の御者が言う。
「他所の町について知りたいことは山ほどある。今回の同行は、領地改革の為に必要不可欠なことだ。だから気にしないでくれ。さぁ、出発だ!」
「はい!」
五台の馬車が列を組んで動き出した。