005 トラップの成果
我が家となった館で、ニーナと共に夕飯を食べる。
料理はニーナが作った。畑で育てた米と野菜からなる健康的なものだ。自分で作ることもできるのだけど、この世界の料理を堪能したくて、彼女に作ってもらうことにした。
味は文句なしに美味かった。だが、少し物足りない。米と野菜しかないのが原因だ。とても丁寧に調理されているものの、メインディッシュに相応しい肉や魚が欠けている点は補えない。
俺達は食堂で食べている。十人以上の大人数に対応した大きな食堂だ。しかし、今は俺とニーナの二人しかいない。
広々とした食堂を二人きりで使うのは、贅沢というより寂しい気持ちになる。いずれはもっとたくさんの人間で食堂を埋めたい。
「この世界の人間は米と野菜しか食べないのか?」
質問して、土鍋で炊いたほくほくの米を食べる。
この世界の食器は日本と変わりないので勝手が良い。
「お肉やお魚も食べますが、それらは高いので……」
「たしかに肉は高いな。日本でも牛肉は良い値段だった」
「お肉はまだマシですよ。お魚の方が遙かに高いです」
「そうなの?」
「お魚は貴族の食べ物ですからね。私のような庶民には縁がないです」
この世界では肉より魚のほうが高いらしい。これは面白い情報だ。
「ほう? 魚ってそんなに高価なのか」
「一流の釣り師さんでさえ日に二十匹も釣れませんから……」
「なるほど」
漁業が未発達ということか。覚えておくと役に立ちそうだ。
「お金持ちになったら、美味しいお魚をたくさん食べたいです! その為にも領主様、絶対に領地改革を成功させてくださいね! 私、期待していますから!」
ニーナが悪戯ぽくニヤリと笑う。
「これは責任重大だなぁ」
俺も笑みを浮かべた。
その後も会話を楽しみながら食事して――。
「「ごちそうさまでした!」」
――ペロリと平らげて夕食が終了した。
◇
翌日。
カーテンの隙間より差し込む陽光に顔面を照射されたことで目が覚めた。
二階の寝室にあるキングサイズのベッドに、俺は全裸で寝ている。服を脱がないと落ち着いて眠れない癖は、この世界に来ても変わらなかった。この癖は修学旅行などで不眠症に陥るから、どうにかして治したいところだ。
「ふにゃにゃあ」
隣から可愛らしい寝息が聞こえてきた。
ニーナが寝ている。俺と同じく全裸だ。俺の左腕にしがみついている。
「そういえば昨夜はニーナと……」
今に至る経緯を思い出した。
食事の後、この広い館に一人で過ごすのは寂しいということで、ニーナを泊まらせることにしたのだ。建前というか、名目というか、そういうのは「住み込みの世話役」ということにしている。もちろん、ニーナの両親も承諾済みだ。むしろ、領主様に気に入られて良かったな、と大喜びだ。
で、最初は別々の部屋で過ごしていたのだが、それでは一人と大差なくて寂しく感じた。だから彼女を部屋に呼んだ。一緒に寝てほしいと頼んだところ、めちゃくちゃ恥ずかしがりながらも承諾してくれた。
その後、なんだか色々とあって、今に至る。
「起きろ、ニーナ、朝だぞ」
「もうちょっとだけお願いしますぅ」
ニーナは起きる気配を見せない。俺の腕にしがみついたままだ。どんな夢を見ているのか知らないが、幸せそうな笑みを浮かべながら、俺の肩に頬ずりをしている。その姿は実に可愛らしいけれど、俺にはするべきことがあった。
「罠の成果を確認しに行く。さっさと起きろ!」
頬を引っ張るなどの強引な手段で起こす。
ニーナは「なんなんですかぁ」と不快そうに目を覚ました。
「あっ、ユウジ君、おはようございます」
「おう。顔を洗ったら朝ご飯を作ってくれ。もうたっぷり寝ただろ?」
「たしかに寝ましたが……なんだか脚がガクガクしています」
「なんでだろうなぁ」とニヤニヤする俺。
ニーナが「知っているくせに」と頬を膨らませる。
一晩でえらく距離が縮まったものだ。
「とにかく朝ご飯を頼むぞ。作ったら起こしてくれ。俺はそれまで寝る」
「あー! ずるい! ずるいですよ!」
「ふはは、これが領主特権だ」
「むぅ、分かりましたよぅ」
ニーナは渋々とベッドから這い出て、床に散乱している服を着る。
その様を下品な笑みを浮かべながら眺める俺。
こちらの視線に気づくと、ニーナは恥ずかしそうに顔を赤くして怒った。
「ちょっと! 見ないでくださいよ!」
「ごめんごめん」
謝りつつ、俺は眺めるのをやめなかった。
◇
朝食の後、手空きの村人を三十人程率いて、罠の様子を確認しに行く。
罠を見る前から、村人達は成功を確信していた。これには理由がある。
畑が綺麗だからだ。
よほど天候が荒れていない限り、夜になると猪や鹿が畑を食い荒らす。しかし今回は、天候が穏やかであるにもかかわらず、畑が荒らされていなかった。もっと言えば、畑に近づいた形跡すらなかったのだ。
村人達の確信は正しかった。
「やはり領主様の罠が効いているぞ!」
吊り上げ式の罠に鹿と猪が掛かっているのだ。
罠結びの輪に掛かった獲物の後ろ肢が、木の枝から伸びる紐に吊り上げられている。それによって動きが完全に封じられていた。
「すごい! すごいですよ、ユウジ君!」
同行しているニーナも声を弾ませる。
しかしその直後、彼女の顔が真っ赤に染まった。
「あっ、ユウジ君って、皆の前で言っちゃいました」
皆の前では、昨日と変わらず「領主様」と呼ぶつもりだったようだ。
そういえば朝食の時にそんなことを話していたな、と思い出す。
「分ける必要ないし、どこでも『ユウジ君』でいいよ」
「そ、それは、マナーに反しているので……」
「マナーってのは相手が気分よく過ごす為に存在しているんだ。俺は『領主様』って呼ばれるより、『ユウジ君』と呼ばれる方が親近感を抱いて嬉しいよ。だから俺のことを思うなら『ユウジ君』って呼んでほしい」
「いいんですか!?」
「もちろん。俺が許そう。領主命令で承諾だ」
「はい! ありがとうございます! ユウジ君!」
俺は「おう」と満足気に頷くと、他の罠も確認した。
「ここの罠にも鹿が!」
「こっちの罠には猪!」
罠を確認する度に村人達が歓声を上げる。
最終的に、殆ど全ての罠に猪と鹿が掛かっていた。
「よっしゃ、こいつら絶滅させてやるぜ!」
「おうとも! 長年の恨み、今こそ思い知れ!」
村人達は鹿と猪を無意味に殺すつもりのようだ。
そんなことはさせない。
「待て。ただ殺すだけなんて勿体ないことは許さん」
「しかし領主様、こいつらは村の畑を!」
村人の一人が大きな声で言う。他の村人が「そうだそうだ」と頷く。
俺は「分かっている」と理解を示してから話す。
「今後はこいつらも村の収益源になるんだ」
「本当ですか!?」
「本当さ。でたらめに殺しても質の悪い肉塊にしかならない。俺が正しい捌き方を教えてやる。そうすれば美味しい肉を食えるし、余った分は加工して他所の町に売ることができるだろう」
村人達に衝撃が走った。どよめき、ざわつき、ぶったまげている。
「そんなわけだから絶滅はさせるのも禁止だ。半数は逃がしてやろう。逃がした奴等はビビッてしばらく近づかないし、畑に害は及ばない。今後も必ず半数は逃がすこと。乱獲は自分の首を絞めるだけだからな」
俺はニーナに右手を出し、「アレを」と言う。
ニーナは事前に用意していたナイフを俺の右手に置いた。ククリナイフに近い「く」の字型の刀身が特徴的なナイフだ。鉈と呼んでも支障のない代物。
「昨日は罠を教えた。今日は獲物の解体法を教えよう」
俺は悪役のようにナイフを舐めながら言う。想像していたより遥かに不味くて、思わず顔が歪めてしまった。