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004 獣害対策

 トロッコ村の周囲は草原で形成されている。

 西側の草原はどこまでも続いていて、進み続けると海がある。南には峠があり、それを越えると他所の町に着く。峠を挟んでこちら側が俺の領土だ。

 鹿や猪が棲息しているのは、村の北から東にかけて広がっている森の中。畑を食い荒らす時以外、森から出てくることはない。


 獣害対策をする為、俺は手勢を率いて森に向かう。

 手勢というのは手の空いている村人のこと。数は約二十人。年齢はバラバラ。


「この森に人が入ることはあまりないのか?」


 隣を歩くニーナに尋ねる。


「はい、滅多にありません」


「そうだと思ったよ」


「どうして分かるのですか?」


「人が歩くような道がないからさ」


 森の中には数本の獣道が続いている。

 それらの道を簡単に見た限り、人間の足跡は見られなかった。


「この森には何もありませんからね」


「ほう、何もない、か」


 俺は適当な獣道を歩きながら、付近の木々に目を凝らす。

 森に入ってすぐだが、既に面白い果物の木をいくつも見かけている。それらが見えていながら「何もない」と表現するあたり、どうやら果物のことを詳しく知らないようだ。


「そういえば、この世界の人間は果物って食べるのか?」


「果物ですか? 食べますよ。イチゴとリンゴのことですよね?」


「そうそう」


 果物自体は食べるようだ。

 するとやはり、単純に付近の木々に生えている果物が食用だと知らないのだろう。ニーナが挙げたイチゴやリンゴに比べると、そこらに生えている果物はおぞましい見た目をしているので仕方あるまい。


「この辺でいいか」


 森を入ってしばらくしたところで足を止める。

 俺は振り返り、約二十人の村人に向かって言う。


「ここに害獣対策の罠を仕掛ける」


「「「罠!?」」」


 村人がどよめく。その表情は一様に不安そうだ。


「領主様、失礼ですが、森に罠を仕掛けるのは……」


 七〇前後と思しき年齢の男が挙手する。


「もしかして森の中に罠を仕掛けてはいけない法律があるのか?」


「いえ、そのような法律はございません。ただ効果がないかと……」


「効果がない?」


「はい。森は広大で、好きなように動けます。ここに罠を仕掛けても、別の場所を通られるだけでないでしょうか?」


 他の村人が「そうだそうだ」と頷く。


「その可能性は大いにある」


 俺はそう肯定した上で、「だが」と続ける。


「別の場所にも罠を仕掛けておけば問題ない」


「と言いますと、森の至る所に罠を仕掛けるおつもりですか?」


「それが出来れば理想的だが、現実にそんな余裕はないだろう。だから、森全体ではなく、森の外へ繋がる全ての獣道に罠を仕掛けるつもりだ。そうすれば、罠の数は数十個で済む。同じ道に複数の罠を仕掛けたとしても、数は二百かそこらだろう。皆で取りかかれば一日足らずで大丈夫な量だ。材料的にも問題ない」


「おお! 獣道を封鎖するわけですか! たしかにそれなら、人手も足りますし、効率的ですね。まさかそこまでお考えになっていたとは……!」


 皆が感嘆の声を漏らしている。

 これなら話を進めても問題ないだろう。


「さっき見た限り、鹿は完全に俺達のことを舐めていた。ニーナに聞いた話だと、猪も同様だと思われる。その理由として、こちらが拙い防衛しかしていないのが原因だろう。人間はもっと怖い存在だと分からせてやれば、仮に罠を突破して畑までやって来たとしても、今までのようにガツガツとは食い荒らされないはずだ」


「すごいです領主様! なんという読みの深さ!」


 ニーナが眼を煌めかせながら拍手する。

 俺は「まだ始まっていないから」と苦笑い。


「とにかく罠の設置だ。罠の作り方はこれから教える。慣れたら十分ないしは二十分で設置できるようになるだろう。これからガンガン罠を設置して、害獣を全力で仕留めていくぞ!」


「「「おおー!」」」


 害獣対策の始まりだ。


 ◇


 鹿や猪には吊り上げ式の罠が効果的だ。作動すると、地面に隠した罠結び――端に輪を作る結び方で、引っ張ると輪が引き締まる――の紐が対象の足首を引っ張り、吊り上げる。

 この罠にかかった害獣は、紐が切れない限り動けない。一方で、俺達人間がうっかり罠にかかったとしても、自分で結び目を解くなどすれば、大した怪我をしないで済むので安心だ。


 吊り上げ式の罠は、自然由来の物――つまり、森に自生している物だけで作ることが可能だ。というより、罠を作るのに必要な材料が数本の小枝と紐しかない。小枝は無限に落ちているし、紐は適当な植物の茎を採取し、薄くめくった表皮を撚り合わせることで作れる。


 問題なのは、紐を結ぶ為の木々だ。

 木々であればなんでもいい、というわけではない。対象を勢いよく吊り上げるには、十分にしなる木々が望ましい。その点だけは不安だったが、幸いなことに森の中には適した木々が多くあったので、問題にはならなかった。


「罠結びの輪に落ち葉などを乗せてカモフラージュする。あとは、輪の少し前に罠のトリガーとなるフックを設置し、その下にエサを置く。これで完成だ」


 説明しながら罠を作ってみせた。

 皆が「おお」と感動している。


「折角だから試してみようか」


 害獣が罠に引っかかったと仮定して実演する。動物の顔に見立てた右手で、フックとなる小枝を小突く。フックが外れると罠が作動し、紐を結んでいる木の枝が大きくしなる。先ほどまですぐ傍にあった罠結びの輪が、大量の落ち葉を吹き飛ばして舞い上がった。


「こんな感じだ」


「すごい! すごいです! 領主様!」


 ニーナが鼻息を荒くしながら言う。


「いけるぞ!」


「これならいける!」


「これが異世界の技術……! 領主様は偉大だ!」


 他の連中も大興奮だ。


「日が暮れるまで時間がない。作り方は覚えたと思うから、手分けして設置していってくれ。明日は村人全員で猪鍋を食うぞ!」


「「「おおー!」」」


 残りの作業を村人達に任せ、俺はニーナと共に館へ戻った。

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