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023 プレオープン 後編

 貴族の馬車は、まるで示し合わせたように足並みを揃えてやってきた。

 これまた面白いことに、階級の高い順に馬車が並んでいる。

 俺はカジノの二階で行われていた試遊会を終了させ、村の入口に向かった。


「本日はこのような辺境の村へお越しくださり誠にありがとうございます。トロッコ村を含むタチバナ領の領主を務めますユウジ=タチバナと申します」


 まずはテンプレートな挨拶を行った。

 本来なら一人一人に挨拶をしていきたいところだが、今回は馬車の前に仁王立ちして、大きな声で全体に挨拶しておく。一人ずつ丁寧に挨拶すると、どちらの公爵へ先に挨拶するかで問題が生じてしまうからだ。貴族とは、そういう小さなことも気にするメンツの生き物である。


「本日は俺の開発しました賭博施設〈カジノ〉を心ゆくまでご堪能下さい」


 簡単な挨拶を終えると、馬車に道を譲る。


「お招きいただきありがとう」


「お言葉の通り心ゆくまで堪能させてもらうよ」


「この村はかのイートキング領に食材を卸していると聞く。そちらのほうも楽しみにさせてもらうとするよ」


 馬車が俺の前を通る時、決まって客車部分を俺の正面で一時停止させた。

 すると客車の窓がおもむろに開き、中の貴族が適当な挨拶をしてくる。


 二人の公爵だけは例外だ。

 馬車は停まることなく馬屋に向かった。

 こちらから挨拶しろ、ということなのだろうか。


 全ての貴族が村に入ったのを確認すると、俺はカジノに向かった。

 カジノの中は静まり返っていて、大勢のギャラリーが貴族を待っている。ただし、先程まで嬉しそうに遊んでいた冒険者の大半は見当たらない。酒場に消えていた。ある者は負けた腹いせにやけ酒を、またある者は勝利の美酒を堪能している。中には一足先に宿屋の確保に向かった者もいた。


「来た!」


「男爵様!」


「子爵様もいらっしゃる!」


 ほどなくして貴族の面々が登場する。

 村に入る時とは違い、カジノに入るのは階級の低い順だ。爵位のない貴族から続々と入ってきて、最後に二人の公爵が同時に入場した。


「ニーナ、どっちがマリンドルフで、どっちがウォーレンなんだ?」


 遠目で二大公爵を見ながら、耳打ちでニーナに尋ねる。


「向かって左がマリンドルフ様で、右がウォーレン様ですよ」


 マリンドルフとウォーレンは、どちらも齢七十だ。

 背丈も同じくらいで、恰幅の程も変わらない。ただし、毛は違っていた。

 マリンドルフは黒い髪を後ろで束ね、黒のちょび髭を生やしている。

 一方のウォーレンはスキンヘッドで、白い髭を豪快に生やしている。

 どちらも「老獪」という言葉がよく似合う面構えだ。


「改めまして、公爵様をはじめとする貴族の皆様――」


 俺は事前に考えておいたご丁寧な挨拶を披露する。

 まるで自分の言葉とは思えないセリフをペラペラと言い終えると、さっそく試遊会を開始した。


「なるほど、まずはチップを購入するわけか」


「金と違って嵩張らない。チップなら大金も賭けやすい。よく考えておる」


「ルールも簡単だし、これは楽しめそうだ」


 貴族達は本音かセールストークかよくわからない褒め方をしながら、自由気ままにカジノを楽しんでいる。特にウケているのが、二個のサイコロを振って出目を競う〈クラップス〉と呼ばれるもの。俺の大好きな〈ルーレット〉は、それに次ぐ人気だ。


「あの二人、本当に犬猿の仲なのか?」


 二大公爵を見ながら呟く。

 二人は揃って同じルーレット台で遊んでいる。

 その台には空きがあるものの、他の貴族は入ってこない。

 明らかに異様な空気が漂っていた。


「貴族の流儀は私もよく分かりませんので……」


 ニーナが首を傾げている。


「まぁいい、挨拶しに行くぞ。ついてこい、ニーナ」


「は、はい!」


 俺はニーナを連れて公爵に近づく。

 周囲の貴族が目の端で俺を捉えているのがよく分かった。


「公爵様、この度はお越し下さりありがとうございます。カジノは楽しまれているでしょうか?」


 あえて名前は言わず、「公爵様」で統一する。

 こういった微妙な気遣いが、なかなかに精神を消耗させる。


「これはこれはユウジ殿」


「楽しんでおりますとも。今もこのルーレットとやらでどうやって勝とうか、ウォーレン殿と話しておったところです」


「たくさんの数字に賭けて勝率を上げるべきか、それともちびちびと同じ数字に賭け続けるべきか。プレイヤーの人間性が戦略に表れそうですな」


「そうですね。単調なルールでありながら、中々に奥が深いです」


 俺は二人の公爵と他愛もない話を繰り広げた。

 どちらも表だって相手を貶すようなことはなく、大人の会話に終始している。

 賭けるチップは少額で、枯渇しておかわりを要求することはなかった。


 むしろ爵位のない下っ端ほど豪快に遊んでいた。

 他人の金だと思って無茶苦茶に賭けている。たまに勝ってチップが大量になると、ケチ臭く一部を換金して、残りを盛大に賭けては負けていた。ちびちびと持って帰る金を増やすところが小賢しい。流石は下っ端だ。


「それではこのあたりでお開きとさせていただきます」


 日が暮れてきたのでカジノを終了させる。ラスベガスのカジノだと夜になってからが本番だが、トロッコ村のカジノは夜になると営業終了だ。

 俺は順不同で全ての貴族に感謝の言葉を伝え、一足先に自宅に戻った。


 あとは解散するだけだ。

 これまた公爵から順番に、貴族達が村を発っていく。彼らが目指すのは永世中立であり、今回の試遊会に参加しなかった唯一の貴族エイブラハム=イートキングの領地だ。

 イートキング領には、日本の迎賓館にあたる施設が用意されている。そこで宿泊するのだろう。念の為に空けておいた最高級グレードの宿屋は使われなかった。ま、最初からそれほど期待していなかったのでかまわない。


「あとは口コミパワーに期待ですね!」


 家で夕飯を食べている時、ニーナが言った。

 俺は「そうだな」と頷く。


「オープンの当日にどうなるかだな」


 カジノが正式にオープンするのは二週間後だ。

 それまでの間に、今回の試遊会で学んだことを振り返って改善する。カジノに割くの人員の再調整を行ったり、必要なルール作りを行ったり、色々と。大まかなことは俺が考え、細かいことは村人に詰めてもらう。


「可能な手は打った。楽しみに待つとしよう」


 カジノで遊んだ人間は皆が楽しそうだった。

 貴族も、冒険者も、それ以外の人間も。

 手応えは決して悪くなかった。むしろ良好だ。


 そして、二週間が経過した――。

 あっという間に訪れたオープンの当日。

 俺は、いや、領民の全てが驚愕することとなった。


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