022 プレオープン 前編
カジノのプレオープン日――。
早朝、我が家の二階から、ニーナと外を眺める。
「ユウジ君、ますます村が発展しましたね!」
「村から町に変わるのも時間の問題だな」
カジノ構想が始動してから、村は更に拡大していた。
とにかく目を引くのがメインとなるカジノ。
カジノは村の中心近くに建っており、その大きさは村でも屈指だ。二階建てで、収容人数の上限は一〇〇〇人を超える。観光客を呼び込む為の施設なので、住居に比べて建材に金が掛かっているのも特徴的だ。片田舎の村にそぐわぬ煌びやかさが感じられた。
カジノの周辺には、複数の宿屋と酒場、それに馬屋がずらりと並ぶ。
各店舗の従業員は、元々の領民や新たに増えた移住者が務める。
そう、最近は我が村に移住を希望する者が増えている。
カジノの件で村に興味を持ち、無税と知って越してくるのだ。
これによって、村の人口が七〇〇人を突破していた。
「さて、そろそろ用意を始めるか」
「ですね!」
朝食を済ませると、村人を集めた。
「事前に言っていた通り、今日は村人総出でカジノの接客に努める。これまで何度も練習してきたとはいえ、実際に接客するのは今回が初めてだ。色々と問題が起きると思う。もし問題が起きたら、自分だけで解決しようとせず、仲間に頼ること。大変な一日になると思うが、頑張ろう!」
「「「おおー!」」」
俺の挨拶が終わると、皆は各々の作業場へ消えていく。
俺とニーナはカジノの二階に移動し、そこの窓から外の様子を眺める。
付近の建物が低いこともあり、村の外がよく見えた。
「おっ、ついに来たか!」
数分後、最初の観光客が現れた。
男だ。腰に剣を帯び、自分で馬を操っている。だが、その風貌は騎士のそれとはまるで違う。この世界で屈指の花形職業〈冒険者〉だ。
男は村に入ると馬を下り、馬屋に向かって消えていった。
これを皮切りに、次から次に観光客が押し寄せる。
やってくる人の種類は様々だが、多いのは冒険者だ。金に余裕があるから、新しいギャンブルに興味を持ちやすいのだろう。
「貴族共が来るまでの間、ルーレットで遊ぶことはできないの?」
「恐れ入りますが、本日は貴族の方々専用でして……」
外を眺めていると、室内から会話が聞こえてきた。
冒険者の一人が、ルーレット台の前で話している。三十代後半と思しきおっさんだ。無精髭を生え散らかしていて、不潔感が漂っている。どうやらルーレットで遊んでみたいようだ。
「そこをどうにか頼むよ。ほら、貴族相手に失敗しないよう、練習だと思ってさ」
「そうは言われましても……」
ディーラーを務める女学生が困惑している。
「たしかに練習は必要だ。緊張から下手を打つ可能性もある」
そう言って、俺は冒険者に近づく。
「こ、これは領主様!」と女学生。
「領主……あんたが領主なのか? 若いな」
冒険者は俺を見て驚いた様子。
「数ゲームでよろしければ遊んでいって下さい。ただし、カジノでは換金可能なチップを賭けて遊びますので、まずはあちらのカウンターよりチップを購入して下さい」
「おうおう、分かったぜ。若いのに話が分かる領主様だな」
冒険者は満足そうな顔でチップの購入に向かう。
「ありがとうございます、領主様。私、どう対応したらいいか分からなくて。でも、ディーラーなのでこの場を離れることも出来ず……」
女学生が深々と謝ってくる。
「気にする必要はないさ。君の対応は間違っていない。おそらく他にも同じような客が来ると思う。その時はさっきのように断ってくれ。で、もしもあの冒険者が遊んでいる最中に誰かやってきて、『あの冒険者はいいのかよ』とか文句を言われたら、領主が認めたからと言えばいい」
「分かりました!」
「それじゃ、頑張ってくれ。あと、あの冒険者は五ゲーム程したら終了で」
「はい!」
女学生との会話を終えると、一階に向かった。
二階ですらこの有様なら、一階はもっと荒れていると思ったからだ。
案の定、一階では不満が飛び交っていた。
「貴族が来るまで暇だ」
「この村、暇を潰すものがなんもねぇよ」
「頼むからカジノで遊ばせてくれよ」
ここでも、主に冒険者連中が文句を言っていた。
冒険者は、貴族相手にも不遜な態度を取る輩が多いと聞いたことがある。目の前の状況は、まさにその言葉を裏付けていた。
「ユウジ君、どうしたらよいのでしょうか?」
「仕方ない、遊ばせてやろう」
俺は適当な遊戯台に置かれていたベルを持ち、激しく鳴らす。
それまで騒然としていた一階が静まり返った。
「俺がこの村の領主であるユウジ=タチバナです」
まずは自己紹介。身分を明かす。
「カジノで遊んでみたいという皆様のお気持ちはよく分かりました。本来は貴族のみの予定でしたが、皆さんのご要望にお応えして、方針を変更いたします。貴族の方々が来るまでの間だけとなりますが、その間は遊んで下さってかまいません」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
一気に盛り上がる。
「ただし、条件がございます。利用可能なのは二階の遊戯台のみとなっております。一階の遊戯台は、これまでと変わらず貴族専用です。貴族の方々には、未使用の綺麗な遊戯台で遊んで頂きたいと考えておりますのでご了承下さい。また、設置してある遊戯台自体は、一階と二階で違いがありませんのでご安心ください」
「いいじゃん! いいじゃん!」
「若くして領主をしてるだけのことはある」
「柔軟性があるぜ!」
冒険者連中が嬉しそうにしている。
「最後になりますが、遊ぶ際は事前にルールを把握して下さい。勝負の後で『そんなルールは知らねぇ』などと文句を言われる方には、カジノのみならず村自体の出入りも禁止させていただきます」
こうして、貴族が来るよりも先にカジノの試運転が始まった。
一階に集まっていた連中がこぞって二階に消えていく。
「君達も二階に行ってくれ。で、二階のディーラーと代わりばんこでお客様の相手をして、場に慣れて欲しい」
「「「はい!」」」
一階で待機していた女学生達を二階に移動させる。
こうして一階がスカスカになったところで、俺達も二階に戻った。
「二十一番です」
「うおおお! 当たった! 二十一番に賭けていたぞ!」
二階では既にゲームが始まっている。
惜しみなくチップを使っていく冒険者連中に、それを眺める見物客。
まだ貴族が来ていないにもかかわらず、既に結構なお祭り騒ぎだ。
「面白そうだな、カジノ」
「今までのギャンブルとはまるで違う」
「斬新だ」
豪快に勝ったり負けたりする冒険者を見て、見物客も興味を持っている。
その内、誰か一人が「俺も遊んでみよう」とチップを買い始めた。
すると「俺も俺も」と参加者が増えていく。
(これは成功するな)
熱狂する参加者を眺めながら、俺はそう確信した。
そんなこんながしばらく続いた後――。
「領主様! 貴族の方々がやって参りました! 公爵様から男爵様まで勢揃いです!」
予定時刻よりも一時間ほど遅れて、貴族の面々が村に到着するのだった。




