021 宣伝
この世界にはカジノが存在していない。
その為、当然ながらニーナは首を傾げた。
「ユウジ君、カジノとはなんですか?」
「お金を賭けて遊ぶ場所だよ」
「すると何かを競走させる施設ですか? それとも決闘?」
この世界で賭け事と言えば、競走か決闘しかない。
競走は犬や鷲を使ったものが主流だ。決闘は参加者の種類を問わなくて、熊や虎、それにライオン、果てには人間が参加することもある。
「カジノは競走でも決闘でもない。テーブルの上に専用の遊技台を設置して、それを使って行う。種類は色々あるが、例えばルーレットという遊びでは、円形の台を駆け回るボールがどのポケットに入るかを予想する。ポケットには数字が書かれていて、参加者は入ると思う数字にお金を賭けるわけだ」
「おお! なんだか楽しそうですね!」
「楽しいぜ」
この世界でカジノを開いたとして、出来ることには限りがある。トランプを作ることが困難なので、カードを使ったゲームはできない。ブラックジャックやポーカーなどはアウトだ。やるとしたら、ルーレット、クラップス、シック・ボーあたりがメインになる。
「さて、どうやって宣伝するかな」
問題なのはスケールよりも周知させることだ。
掲示板に「カジノ始めました」と広告を出したところで、この世界の人間には伝わらない。頭上に疑問符を浮かべるだけだ。
「むぷぷっ」
考え込んでいると、ニーナの笑い声が聞こえてきた。
またしてもくだらない小説のネタにウケていやがる。
「そんなに面白いか? それ」
「面白いですよ! だって世界的に流行しているんですよ! その人気に頷ける面白さですよ! 雑誌には国王陛下も気に入っているって書いていましたよ!」
ニーナが力説する。
しかし、その言葉の半分以上は、俺の耳に入っていなかった。
俺の脳内は違うことでいっぱいだった。
(そうか、その手があったか!)
ニーナとの会話で、俺はカジノの宣伝方法を閃いたのだ。
◇
日本で新しく何かを広める時、往々にして有名人を広告塔に起用する。
芸能人、プロアスリート、インフルエンサー、エトセトラ……。
そういった連中が、「これは良い」と宣伝することで広まるわけだ。
この世界でもその方法は有効に違いない。
流行を紹介する雑誌に踊らされているのがその証拠だ。
問題はどうやって広めるかだが、この点も問題ない。
地球ほど情報化が発達していないものの、それでも広めようはある。
この世界では誰もが確認している巨大掲示板だ。
有名人を招待して、カジノで遊んでもらう。
そしてそれの見物者を、掲示板を使って全国から集める。
見物することで、カジノがどういうものか分かるだろう。
あとは見物者から、口コミを中心に広がっていく。
これで流行らせる為のルートが完成した。
最後に、広告塔になる有名人を誰にするか。
理想的なのは、最高権力者の国王陛下だ。
国王がカジノで遊んだ、となれば箔が付く。
しかし、それは無理だろう。
俺を僻地に追いやった張本人がここまで来るわけがない。
だから俺は、国王に次ぐ権力者――公爵に目を付けた。
この世界の爵位は、地球とは異なっている。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と五爵であることは同じなのだが、その数が違うのだ。公爵は二人、侯爵は三人……といった感じで、階級が下がるにつれて人数が一人ずつ増えていく。ちなみに、オルドーとヒューストンの父であるエイブラハムは、三侯の一人――つまり侯爵だ。
「そんなわけで公爵に招待状を送りたいから、お二人には俺の推薦状を書いてもらいたいのです。イートキング侯のご子息が二人揃って推薦してくれるとなれば、両公爵も無碍には扱わないでしょう」
「「なるほど」」
ある日、俺はオルドーとヒューストンを我が家に呼んだ。
二人を応接間に招いて、事情を説明し、推薦状の執筆を頼む。
「「分かりました」」
二人は快諾した。
それもそのはずだ。カジノが流行った場合、イートキング領は恩恵を受ける。
現状、トロッコ村へ繋がるルートは、イートキング領を経由するものしか存在していない。そして、トロッコ村には、観光客を収容する施設がまるでないときた。となれば、観光客がイートキング領に立ち寄り、消費することは容易に想像がつく。素性の知れた人間の推薦状を書くだけで領の収益が上がるかもしれないのだから、二人に断る理由はなかった。
「こうして兄さんと肩を並べるのは久しぶりだね」
「だな。オルドー、お前、少し背が伸びたんじゃないか?」
「兄さんこそますます立派なお腹になったね」
「「がはははは」」
推薦状を書きながら愉快げに話す二人。家督争いをしているからてっきり不仲なのかと思いきや、そういうわけではないようだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ」
「オイラ達はユウジ様のおかげで美味しい思いをたくさんしています。この程度のことならお安い御用ですよ」
推薦状を獲得したので、さっそく二人の公爵に招待状を送った。
もちろん、この招待状には応じたくなるエサをぶら下げておく。
公爵達との面識がないから、無条件でお願いするのは無理筋だ。
そこで用意したエサというのが、ノーリスクハイリターンの儲け話だ。
具体的には、カジノで遊ぶ金をウチが用意する、というもの。もちろん、賭けに勝利して得た金はそのまま持って帰ってかまわない。逆に負けても失うのは我が領の金なので、公爵達の懐は痛くも痒くもない。これほど美味い話はないだろう。
しかし、エサはこれだけではない。むしろこのエサはオマケだ。
正直、この程度は当たり前の見返りと言えるだろう。
ではメインのエサとは何か?
それは、招待状の最後に書いた「招待状はもう一人の公爵にも送ってある」という旨の文言に他ならない。
この世界では、いたるところで権力争いが起きている。
オルドーとヒューストンによる家督争いもその一つだ。
二人の公爵もまた、権力を巡って争っている。
地位の維持と向上の為、あの手この手で暗躍しているのだ。
侯爵以下の貴族は、殆どがどちらかの公爵についている。
いわゆる派閥だ。
爵位を持つ貴族のことを「大貴族」という。
大貴族の中で派閥に属していないのはイートキング家だけだ。
イートキング家は永世中立の立場を貫いている。オルドーとヒューストンに聞い話によると、食の品質を重視するのに派閥は都合が悪いから、とのこと。
二人の公爵は派閥を拡大する為に必死だ。
それと同じくらい、相手の派閥が拡大するのを防ごうと必死である。
だからこそ、応じざるを得ない。
もう一方の公爵にも声を掛けている、と言われたら。
しかも招待状の送り主は俺――未知数の男だ。
とりあえず顔だけは出しておくか、となる。
俺はそのように読んだのだが、実際にその通りだった。
マリンドルフ=ブッケルン公爵とウォーレン=ハルバート公爵は、どちらもカジノに参加する旨の返事をよこしてきたのだ。
両公爵が参加を表明したら、あとは雪崩式だ。
侯爵以下の貴族にも招待状を送る。この招待状には、「両公爵が参加を表明している」という旨の文言を加えておく。そうすれば、貴族達は断らない。公爵にごまをすりたい上に、公爵が参加しているのならと遠慮なく参加できる。
公爵から始まった参加表明は、瞬く間に侯爵以下へ広がっていく。
そして最終的には、ほぼ全ての貴族が参加することになった。
ここまでくればあとは楽勝だ。
俺は〈ビルダーズ〉のアウルに頼み、カジノや宿泊施設を作ってもらう。
それと同時に、掲示板でカジノの見物者を募集した。
カジノのプレオープンに、ほぼ全ての貴族が参加する。
この世界において、それはとてつもないインパクトのあるネタだ。
案の定、世界中がカジノの話題で持ちきりになった。
いくつかの雑誌は、わざわざ村まで取材に来たくらいだ。
我が領の人間ですら、カジノのことを知りたがっている。
そうした下準備に一ヶ月程を費やし――。
いよいよ、カジノのプレオープンの日がやってくるのだった。




