020 流行
二週間後、トロッコ村に牧場が完成した。
牧場は村から少し離れたところにあり、外観はグルメタウンの頃と同じだ。
飼っているペットは牛と鶏を中心に、豚や馬も育てている。
俺が買い取った牧場で働いていた飼育員の数は三〇人。
その三〇人全てが、買い取りに伴って村に移住してきた。村へ来るかどうかは任意だったけど、全員が快諾した。給料二倍、住居の無償貸与、無税のトリプルコンボは最強だ。
これによって領民の数が増えた。
学生も含めると、六五〇人に迫る数だ。
牧場の稼働に伴い、屠畜場も作った。
屠畜とは、大事に育てた家畜を殺すこと。肉や皮を得る為に行う。これによる精神的なショックは強烈だ。多くの人間が耐えられない。屠畜を生で見たことが原因でベジタリアンになる者だっている。
だから、屠畜場の労働については、特別に給料を支払うという条件をつけて、希望者を募ることにした。すると多くの学生が名乗りを上げた。金の力で解決だ。地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものである。
「――とまぁ、こんな感じで締める。屠畜の方法によって味が変化するから、絶対に手を抜かないこと。それじゃ、よろしく頼むよ」
「「「はい! 領主様!」」」
屠畜場では、俺が率先して技術を伝えた。
学生達は俺の話をよく聞き、そして、真剣に取り組んだ。
こうして完成した食肉は村で消費する。今の時点ではまだ、感動するほどの味ではない。
それでも、俺の屠畜法を用いている上に新鮮なので、市場で売られている肉よりは格段に美味い。売ればそこそこの値になるけれど、イートキング兄弟からは落胆されるだろう。ブランド価値の低下だ。
「これでも十分に美味しいですよ!」
などとニーナは絶賛するが、俺は満足できなかった。
たしかに食える味ではあるものの、スーパーなら大安売りされるレベルだ。
牛肉ですらこの様なのだから、他の肉など論外である。
肉以外――例えば牛乳も同様だ。
現状では味もさることながら、分泌量も物足りない。
「まだまだ序の口さ。これから進化し続けていくぜ」
俺の牧場では、特製ブレンドのエサを与えている。
トウモロコシや大豆などを混ぜて作った極上の濃厚飼料だ。
ただし、濃厚飼料に偏りすぎても駄目。粗飼料も忘れない。
ちなみに、濃厚飼料の作り方を完全に熟知しているのは俺だけだ。
作業を細かく分担することで、具体的な製法を分からないようにしている。
技術の流出を防ぐ為の予防措置だ。
エサの効果が現れるには、早くとも一年はかかる。
二年目以降になれば、ますます格の違いが分かるだろう。
現時点では、来年から販売しようと考えている。
家畜から得た肉の販売に至った時、村の安定度はグッと増す。
今日も鹿が獲れますように、などと祈る必要がなくなるから。
先のことを想像すると、今から楽しみでならなかった。
◇
牧場が稼働してから一ヶ月が経過した。
村の様子は平穏そのもので、実に安定している。
日中の村には、しばしば牛の姿が見られた。
ストレスの緩和を目的に散歩させているのだ。
領民の数が急増してしばらく経つが、食糧関係に問題は見られない。
ただし、グルメタウンに卸す米と野菜の量は大きく減っていた。収穫量の過半数を自分達で消費している。もしも害獣対策をしていなかったら、今頃は外から食材を仕入れる必要に迫られていただろう。領民の作業に余裕がある為、近いうちに畑を増やす予定だ。既にその為の指示は出している。
牧場経営も良好だ。
定期的に屠畜を行い、肉や卵などの食材は村で消費している。
一方で、食材以外の物――主に革製品は販売を開始していた。
牧場で飼っている動物は牛、豚、鶏、馬の四種類。
その内、革製品になるのは鶏を除く三種類。
そこに鹿と猪も加えて、計五種類の革で色々と作っている。
革製品は労力のわりに儲からない。
正確には、食肉が高すぎるから微妙に感じるのだ。
革製品もそれなりに立派な価格にはなっている。
特に鹿の毛皮で作ったコートは高い。一着一〇〇万ゴールドだ。
それでも、俺は革製品の生産と販売を止めなかった。
取引相手を一人に絞るのが危険なのと同じ理由だ。収益源はたくさんあるほうがいい。もしかすると、今後、食品の価値が大暴落するかもしれないし、逆に革製品が今よりも値上がりするかもしれない。
領内の労働力と相談しながら、日々、領地拡大に必要な作業をこなす。
田畑の拡大、収穫量の調整、嗜好品の調達、エトセトラ……。
ゲームなら数秒で終わることが、現実には数十・数百時間とかかった。
◇
とある休日の朝。
気分良く寝ていた俺は、ニーナの笑い声で目を覚ました。
「朝っぱらから何を元気に笑っているんだ」
寝ぼけ眼を擦りながら開ける。
俺のすぐ隣で、ニーナは書物を読んでいた。ボタンを留めていない白色のシャツを羽織っているだけ。下は何も穿いていない。横から生乳が見えている。
「見てくださいよ、この本、面白いんですよ」
ニーナが持っている書物を見せてきた。
俺は大した期待をせずに目を通す。案の定、面白くはなかった。稚拙な文章からなる勢い任せのギャグ小説だ。同じギャグを連続でぶち込む、お笑い用語の〈天丼〉を多用した作品である。
「貴重な紙をこんな小説に使うとはなぁ」
この世界では和紙が使われている。
和紙はただでさえコストのかかる代物だ。この世界では機械化による大量生産が行えていない為、輪を掛けて価値が高まっている。天丼を連発するしか能の無い小説でさえ、一冊につき一万ゴールドという高級品だ。
「面白いじゃないですか! 世界で人気なだけありますよ!」
「俺にはさっぱりだよ」
ニーナの読んでいる小説は、王都を中心に都会で流行っている。主に若者達の間で大人気である、と都会の流行を紹介する雑誌に載っていた。ニーナはその雑誌に書かれている言葉を盲信しているのだ。典型的なミーハーである。
ウチの村は若者が多い為、流行に敏感だ。
俺みたいな流行に関心がない者のほうが少数派で、大多数は流行に乗りたがるものだ。だから、嗜好品として他所から仕入れる物の多くが、流行を紹介する雑誌であったり、その雑誌で紹介された物であったりする。
俺はそのことを勿体なく思っていた。
もしも流行を自分の領内で起こせれば、他所へお金を払う必要がなくなる。逆に、他所からウチにお金が入ってくるだろう。そうなれば、領地の収益がますます上がるというもの。
(何かこの領で流行になるものを生み出せないかなぁ)
半裸のニーナにちょっかいを出しながら考える。
しばらく考え込んでいると、ある遊戯台が脳内によぎった。
パチンコやパチスロだ。
老若男女から金を搾取する悪魔の機械。その中毒性は凄まじく、ひとたびハマれば抜け出すのは難しい。娯楽に富んだ現代の日本ですら根強い人気を誇るギャンブルだ。
(この世界でパチ屋を開けば……!)
そう考えるも、数秒後に諦めた。
遊戯台を作る技術が存在しない。
しかし、この閃きは無駄にはならなかった。
パチ屋という発想自体は悪くない。流行れば半永久的に金を毟り取ることが可能だ。それに領民がハマったとしても、遊んだ金は領地の収入になるから痛くない。
(パチ屋がダメなら……)
俺の考えが発展していき、そして、一つの結論を導き出した。
「これだ!」
脳内で考えがまとまった時、俺は声を大にした。
「いきなりどうしたのですか!?」
「我が領を流行の中心地にする建物を閃いた」
「本当ですか!? どんな建物ですか!?」
「それは――」
俺はニヤリと笑う。
「――カジノだ!」




