002 現状の把握
領民の納める税が領主の資金になる、と城で聞いた。
領主として過ごす以上、領民のことは無視できない。
そこで、領民を集めて挨拶することにした。
適当な人間に声を掛け、領主であることを示す任命状を見せ、領主命令で他の人達を集めてもらう。
「これで全員かな?」
集まった人間は約一〇〇人。
想像していたよりは年齢の幅が広い。働き盛りと言われる二〇代や三〇代が綺麗さっぱり欠けているものの、俺より遥かに小さな子供や同年代の女子がいる。てっきり七十歳以上の爺さん婆さんしかいないと思っていた。
「はい、領主様」
俺に命を受けた五〇代前後の男が言う。年上のおっさんに丁寧語で話されるのは妙な気分だ。相手は気にしていない様子。
男の後ろに群がる領民達は、俺の顔をちらちら見ながら話をしている。
「領主様の就任って何年ぶりだ」
「国王様はこの村を忘れていなかったのだわ」
「ただでさえ苦しいのに税金の復活とか辛いのう」
領民の会話から、此処に関する簡単な情報が分かった。
やはり此処は辺境のクソ領地なのだ、と強く確信する。
「既に知っていると思うが、新しく領主に就任したユウジ=タチバナだ」
この世界における俺の名前は、「橘祐二」ではなく「ユウジ=タチバナ」だ。契約書にサインする際、人名に漢字――こちらではポーライル文字というらしい――を使うのは一般的ではないと教わったので、それに合わせた。
「いきなりだが、俺は別の世界から転移してきた人間だ」
「「「!?」」」
領民が一斉に驚き、「何言ってんだコイツ」と言いたげな顔をする。
「そらそういう顔になるよな。だから今に至るまでのことを説明しよう」
俺は城でのやり取りについて話した。
もちろん転移した後からだ。空気清浄機の前で陰毛を毟ってたことや、学校でのあだ名が「変態」であることは話していない。
話しながら思ったのは、どうせ信じてもらえないだろうな、ということ。もしも逆の立場だったら、俺は間違いなく信じない。
「なるほど」
「そうでしたか」
「納得しました」
領民達はあっさり信じてくれた。逆に「えっ、信じるの?」と驚く俺。
とにかく、信じてくれるならそれにこしたことはない。俺は話を進めた。
「そういうわけで、俺はこの世界について詳しくない。此処の領主であることはたしかだけど、領内に他の農村があるのかどうかも知らないほどだ。そこで、誰か俺に詳しく教えてくれないか」
「ではワシが」
領民の中でも一位二位を争う高齢の爺さんが挙手する。
爺さんは一歩前に出て、ドヤ顔で話し始めた。
「これでもかつては前領主様と前々領主様の下で執事として」
爺さんの言葉がそこで止まる。急に苦悶の表情を浮かべた。顔面から嫌な汗を噴き出ている。もしかしたら屁を出そうとしているのだろうか。高齢者が死ぬ要因の一つに、糞を出そうといきんだ衝撃で心臓が止まる「オーバーシュート」と呼ばれる妙にカッコイイものがあるけど――などと思っていたが、違っていた。
「腰! 腰が!」
どうやら腰が痛くなったらしい。
「すみません、領主様。ワシは見ての通りもう限界です」
「え、あ、はい、じゃあお家で休んで」
爺さんが退場していった。
領民の多くが心配そうな声を出している。
爺さんが自宅に入ったのを確認してから、改めて話を進めた。
「さっきのご老人が無理とのことだから……」
俺は領民の顔を見ていき、一人を選んだ。
「そこの君、お願いできるかな?」
そう言って俺が指したのは、同年代と思しき女子。腰まで伸ばした紺色の髪と大きな胸が特徴的。髪と同じ紺色の瞳も良い感じ。
彼女を指名したのは、年が近そうだから。それに可愛い。
「わ、私ですか?」
俺に指名された女子が驚いている。
その子の母親と思しき女が声を弾ませる。
「領主様から直々のご指名よ。ニーナ、頑張りなさい」
どうやら女子の名はニーナというようだ。
「で、でも、私にそんな大役……」
「そこまで深く考えなくていいよ。ただ簡単なことを教えてくれたらいいだけだ。俺は色々と尋ねるけど、もし分からなかったら他の人に聞いてくれたっていい」
「そそ、それでしたら、喜んでお引き受けいたします」
「ありがとう。ではニーナ、俺と館に行こう。他の人は今まで通り過ごしてくれ。皆が気にしている税金のことなどは後で知らせるよ。以上、解散」
挨拶が済んだので解散する。
方々に散っていく領民を見送ってから、ニーナと共に館へ入った。
◇
館の中は想像以上に綺麗だった。
建物自体には老朽化が見られるものの、調度品などは綺麗なままだ。ニーナが言うには、いつ新しい領主が来てもいけるよう頻繁に掃除をしていたそうだ。もっともそれは建前で、本当は村人が憩いの場に利用するから綺麗にしていた。
「なるほど、そういう仕組みになっているわけか」
ニーナは俺の質問に対してきっちりと答えてくれた。
それによって、俺の疑問が完全に解決した。
この世界における国の税収は、領主が納めた税金で成り立っている。
領民から領主に、領主から国に税が支払われるわけだ。ただし俺の場合、召喚に巻き込まれたという事情から、国に支払う税金は免除されている。それも建前で、本当はこの領地から吸える税が雀の涙だからだろう。
通常、領地にはいくつかの町や村が存在する。
ただし、なかには例外もあって、その例外が俺の領地だ。ここだけは、この小さな村しかない。領地の広さ自体は他と変わらないが、いかんせん場所が悪かった。魔物すら寄りつかない秘境に位置しているので、周辺には森や海しかない。最寄りの町まで数時間の距離だ。
最後に、この村の状況について。
現在、村の収入源は農作物の販売だけだ。複数の畑を皆で協力しながら耕していて、そこで作った物を他所に卸している。収入自体は雀の涙で、若者を都会へ送り出す際の生活費を賄うだけで精一杯。それでも、食べ物には困っていないことから、生活環境にそれほどの不満を抱いてはいない。
「いかがでしたか?」
説明を終えたニーナが、満足度を確かめてくる。
「気に食わんなぁ」
「ひぃ! やはり私の説明では不十分でしたか」
「違う違う。ニーナの説明は素晴らしかったよ」
「で、では、何が気にくわなかったのでしょうか?」
「今の環境さ。典型的な衰退の一途を辿る村だ」
「それはそうですが……」
この村は着実に滅亡へ向かっている。今はまだ村人の生活が安定しているものの、それでも村の人口自体は右肩下がりだ。いずれは若い人間が完全に消えて、現状の維持すら困難になる。
その理由になっているのが、次代を担う若い連中が定着しないこと。上京していった人間が、必ずしも家族を連れて村に戻ってくるわけではない。中には都会で過ごしたままの者だっている。いや、そういう者のほうが多い。
「俺が前に住んでいた国は日本って言うんだけど、日本でも同様の問題が起きている。その時は他人事だったから気にしなかったが、今は違う。経緯はどうであれ、ここは俺の領地だ。領主として、ただ指を咥えて眺めている気はない」
現状を知り、俺は決意を固くした。
「決めた。俺がこの村を立て直す。領地改革だ」