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019 打診

「あぁぁぁぁぁ……感動の涙がとまりませぇん」


 森の中でニーナが泣いている。

 ただ泣いているのではない。大号泣だ。


「そこまで興奮することか? ただの鮎だぞ?」


「だってだって! お魚ですよ! しかも獲れたてを食べられるなんて!」


「喜んでもらえてよかったよ」


 目の前に流れる川で、俺は鮎を釣り上げた。

 そして直ちに調理。といっても、普通の塩焼きだ。


「それにしてもすごいですね、ユウジ君!」


「すごいって、鮎を釣ったことか?」


「それもですが、魔法を使わずに火を熾したこともすごいです! 本当の本当に魔法を使っていないのですよね?」


「使っていないっていうか、使えないからな、魔法」


 火を熾す方法として、俺は原始的な技術を採用した。

 木の板に窪みを作り、そこに木の棒を当てて左右にシコシコ回す。俗に「きりもみ式」と呼ばれる火熾しだ。原理は単純で、棒をシコシコした際に起きる摩擦熱を利用している。


「日本ではああやって火を熾すのですか?」


「いいや、日本ではガスを使うのが一般的さ」


「ガス?」


「そういう気体が存在するんだけど」


「それは分かりますよ!」


 ニーナが俺の言葉を遮って突っ込む。


「じゃあ細かいことはすっ飛ばして言うと、魔法石の代わりがガスなんだ。この世界だとコンロに魔法石をセットしているが、それが日本だとガスを溜めた容器なわけ」


「なるほどです。ユウジ君は説明が上手ですね」


 ニーナはペロリと鮎を食べ終えると、俺の食べさしをジーッと見てきた。口の端からはジュルジュルと涎が垂れている。俺が手に持っている串をひょいっと動かすと、彼女の目はそれにつられて動いた。

 俺は盛大にため息をつき、苦笑いで持っている串を差し出す。


「やるよ、これも食うといい」


「えっ!? いいんですか!?」


「別にいいよ。俺、そこまで魚好きじゃないし」


「えええええ! 贅沢! ユウジ君、贅沢すぎですよ!」


「だったらこの鮎は俺が」


「いいえ! もう私のです! 私が食べます!」


 ニーナは俺から串を奪い、鮎を豪快に頬張る。

 幸せに満ちた顔で食べ終えると、ニコニコ顔で尋ねてきた。


「今後は川のお魚も販売するのですか?」


「いや、その予定はないよ」


「そうなんですか?」


「思ったよりも川の規模が小さいからな。乱獲するとすぐに絶滅しちまう。だから、売りに出さないどころか、他の村人も教えない予定だ。川魚の釣り方を教えると、皆、こぞって魚を獲っちまうからな」


「じゃあ、私達だけの秘密なんですね」


「そういうことだ」


 もともと、川魚を販売するつもりはなかった。

 釣るのは効率が悪いし、漁をすればあっという間に絶滅する。その程度の数しかいないから、販売用としては不適格なのだ。ただ、この森は全容を把握しきれない程に広大だから、もっと奥まで行けば考えが変わるかもしれない。


「川の生態系は把握したし、今日は帰ろう」


「はい!」


 俺達は手を繋いで村に向かう。

 道中で猪と遭遇したが、俺達に気づくなり逃げていった。

 畑を荒らしていた頃の面影はない。


 ◇


 それから一ヶ月が経過した――。


 魔法学院の方は、想像以上に上手くいっている。

 生徒の声を聞くため、領主兼校長の俺に直通の投書箱を設置したが、そこに送られてくる感想は良いものばかりだ。村の中で生徒達に出くわしても、元気の良い挨拶と共に感謝の言葉を贈られる。心から感謝されていた。


 労働面に関しても問題は起きていない。

 全ての生徒が作業を完全にマスターしていて、今では村人の出番が畑仕事くらいしかない有様だ。おかげさまで、年配の村人達からは「早く次の作業を割り当ててくれないとボケちまうぞ」などと嬉しい苦情を頂いている。


 そんなわけで、いよいよ新たな作業を追加することにした。

 今回はヒューストンに卸す為の果物調達だ。シャボチカバやパラミツのような変わり種をいくつも収穫していく。種が絶滅しないよう、どの果物も乱獲は控える。種類を多くすることで、一種類あたりの収穫量を減らす考えだ。


「――それで、これらの果物はおいくらで契約していただけますか?」


「どれも素晴らしいですので、独占契約料込みで一億ゴールドではいかがでしょうか?」


「いいでしょう、ではそれで。ありがとう、ヒューストンさん」


「こちらこそ、ボクに声を掛けていただきありがとうございます。これでオルドーとの差をますます縮められます。もしかすると、再び追い抜けるかもしれません」


 新たに収穫した果物の数々は、週に一億ゴールドの値が付いた。

 一箱単位の価格はこれまでよりも劣るものの、出荷量の増加がそれをカバーしている。


 収穫する果物が増えても、村人の余力は変わらない。

 定員を五倍にした甲斐あって、まだまだ学生だけで回せるレベルだ。

 だから、もっと仕事を増やしても問題ない。


 ◇


 そんな折、オルドーが村を訪ねてきた。

 我が家の応接間で話を伺う。

 用件はヒューストンの時と同じだった。


「ユウジ様、オイラは兄のヒューストンと家督争いをしているのです。なので、兄にはあまり物を売らないでいただけないでしょうか。ヒューストンと交わした契約よりも良い条件を提示しますし、違約金も払いますので、オイラと独占契約を結んでください」


 兄弟で考えることは同じだ。

 俺の対応も同じで、「独占契約の変更はできない」と拒否。


「俺にとって、オルドーさんとヒューストンさんはどちらも大事な取り引き相手です。ですから、片方に肩入れすることはできません。ただし、受けた恩はお返ししようと考えています」


「と言いますと?」


「今の俺があるのは、最初にオルドーさんが会って下さったからに他なりません。ですから、これからヒューストンさんに持ちかけようと考えていたお話を、オルドーさんにさせていただきたいと思います」


「おお! 本当ですか! いったいどんな話ですか!?」


 目を輝かせるオルドー。

 俺はニヤリと笑って答えた。


「牧場を買い取らせていただけないか、というお話です」


「なっ!? 牧場を買い取りたいですと!?」


「厳密に言うと、牧場自体ではなく、牧場内にあるもの全てです。牧草に家畜、それにそこで働く人など、土地や施設以外の全てを買い取らせてほしいのです。無論、労働者の給料はこちらで払いますよ」


 早い話が買収だ。

 俺はかねてより牧場経営に乗り出したいと考えていた。


 この世界の牧場には改善の余地がある。

 ちょこっとエサを弄れば、来年には他所と比較にならない高品質の食肉が誕生するだろう。なにせこの世界の牧場では、粗飼料しか与えていない。日本の牧場でお馴染みの、トウモロコシをはじめとする濃厚飼料を与えるだけで、畜産無双が確約されているようなものだ。


 それに、畜産は安定して商品を確保する手段として最適だ。

 捕獲量を調整しているとはいえ、それでも鹿や猪の肉は日に日に獲りづらくなっている。最初の頃に比べると、自分達で消費する量が大幅に減っていた。だからこそ、可能な限り早く畜産に手を出しておきたい。


「牧場の買い取りというお話は前代未聞ですね……。それをオイラが承諾することのメリットは何があるのですか?」


「簡単です。ウチの牧場で生産した食肉を販売する際、独占契約権を優先的に与えます。もしもウチの食肉がお口に合わないようであれば、別に契約せずともかまいません。それに俺は、破格の値段で買い取らせて欲しい、とは言っていません。相場に従った額をお支払いします」


「なるほど。仮にユウジ様が上手くいけば、オイラはより美味しい食材を独占できるわけですか。そして、仮にユウジ様が失敗しても、オイラはそれほどの被害を受けない、と。牧場の売却で得たお金で新たな牧場を作ればいいだけだから」


「そういうことです。この話、いかがでしょうか?」


 オルドーの答えは決まっていた。


「受けましょう!」


 俺は牧場を獲得した。

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