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014 ヒューストン=イートキング

 約束の正午より少し早めに、ヒューストンがやってきた。

 三台の馬車とそれを護衛する騎士団からなる計二〇人の集団だ。

 馬車の装備は二台が荷台で、残り一台が客車になっている。


 俺とニーナ、それに数名の村人は門の前で迎えた。

 先頭を走る客車付きの馬車が、俺達の前で止まる。


「ユウジ様、わざわざお出迎えいただき、誠にありがとうございます」


 客車の扉が開き、オルドーと同等のおでぶちゃんが下りてきた。

 顔もどことなくオルドーに似ている。ただし、オルドーとは違って禿げていない。ゴキブリを彷彿させる脂ぎったロン毛だ。彼がヒューストンで間違いないだろう。

 その男が、俺に向かって一礼した。

 

「ボクはヒューストン。イートキング家の長男でありグルメタウンの長をしています。この度はお時間を割いて頂きありがとうございます」


「こちらこそ、このような田舎の村までお越し下さりありがとうございます」


「お近づきの印に、ささやかながらの贈り物をご用意いたしました」


 ヒューストンが笑みを浮かべて、荷台を装備した馬車に手を向ける。

 荷台には大量の木箱が積まれていた。


「普段であれば、我が町が誇る食材や料理をお持ちするのですが、トロッコ村の方々のお口に合うかわかりませんでしたので、今回は流行の衣類や書物などを用意させていただきました。加えて幾ばくかの金品もございますので、どうかお受け取り下さいませ」


「えええ! いいんですか!? いいんですか!?」


 大興奮のニーナ。


「ひゃっほおおおおう!」


 村人達もハイテンション。


「待て」


 今すぐにでも木箱に飛びつきそうなニーナ達を制止する俺。


「わざわざここまでやってきて、贈り物までくれるというのだから、間違いなくこの後には何かしらの商談があるはず。ヒューストンさん、お気持ちは嬉しいのですが、そちらの品々をいただいたからといって、この後の商談で快い返事ができるとは限りません。それでもよろしければありがたく頂戴しますが」


 ヒューストンが何を企んでいるかは分からない。しかし、この後に何かを要求されることはたしかだ。そうでなければ、こんなところまで来るはずがない。物を頂きながら要求には応えなかったということで揉め事に発展されると困る。だから、事前にその旨を伝えておいた。


「もちろんです。こちらは贈り物ですから、見返りを要求することはございません。たしかにユウジ様にはご相談したいことがありますが、その返事が望ましくないものであったとしても、我々の関係性がこじれるようなことはございません」


「だったら問題ないな」


「いいんですか!? いいんですよね!?」


 ニーナが鼻息を荒くしながら俺を見てくる。

 俺は苦笑いで「いいぞ」と頷いた。


「やったぁ! 私、この村のことは大好きですが、流行を知れないのだけは辛いと思っていたんです! ささっ、早く村の中へ運びましょう! ユウジ君!」


「はいはい。――それでは皆さん、村の中へどうぞ。空き家ならたくさんありますので、ヒューストンさん以外の方は、適当な家でおくつろぎ下さい」


 俺はヒューストンと共に我が家へ向かった。


 ◇


「それで、用件はなんでしょうか?」


 我が家の応接間で、テーブル越しのソファに座っているヒューストンへ話しかける。

 ヒューストンはテーブルの上に置かれた水で喉を潤してから、真剣な表情で話した。


「我が弟、オルドーとの間に交わしている独占契約を破棄していただけないでしょうか?」


「えっ、契約の破棄?」


 初っ端から驚かされる。


「そうです。そして、同様の契約をボクと結んで頂きたいのです。もちろん、オルドーの時よりも良い条件を提示します。金額面でもそうですし、商品もこの村まで取りに来させます。また、契約の強制解除に伴う違約金もこちらで負担させていただきます」


 訳が分からなかった。

 内容だけを聞くと、無条件で承諾したくなる話。だが、どうしてこんな話が出るのかが不明だ。故に警戒感を強めてしまう。諸手を挙げて「了解! ほなよろしく!」とはいかない。


「オルドーさんとヒューストンさんは、どちらもイートキング家の人間であり、イートキング領の街を治めていますよね?」


「はい」


「ではどうして争うような話を持ってくるのですか?」


 ヒューストンとオルドーが別々の領主に属しているのであれば分かる話だ。

 しかし、彼らの街は同じ領に属している。つまり、彼らのどちらが稼ごうと、最終的には領主のエイブラハムに流れ着く。


「そういえば、ユウジ様は異世界から来られた方でしたね」


「そうですが」


「なるほど、それでですか」


「どういうことですか?」


 彼に尋ねつつ、隣に座るニーナに「どういうことだよ」と耳打ちする。

 ニーナは困惑した表情で「分かりません」と返してきた。

 現地人であり、俺の知恵袋でもあるニーナにすら分からないようだ。


「簡単に話しますと、ボクとオルドーは家督争いをしているのです。父エイブラハムが退いた後、ボク達のどちらかがイートキング家の当主になります。今まではボクが大幅にリードしていて、次期当主の座は確定的でした」


 ようやく話が見えてきた。


「そこに俺が現れたわけか」


「はい。ユウジ様がオルドーに供給している鹿と猪の肉。あれらはまさに革命的なお味でした。それに加えて、最近は未知の果物まで現れた。これも天地がひっくり返る程に強烈です」


 未知の果物とはシャボチカバのことだろう。


「今では私よりオルドーの方が優勢です。完全に形勢が逆転してしまいました。ボクはなんとしても当主になりたい。だから、こうしてお願いに参ったのです」


「なるほど」


 状況を正確に把握した。

 これは面倒臭い話だ。ここでヒューストンの要求を呑むと、オルドーとは縁を切ることになる。それは避けたいところ。しかし、ヒューストンを突っぱねると、それはそれで商機を失う。グルメタウンはグルメビレッジの倍近い規模。そこと疎遠になるのは困る。

 二兎を追う者一兎をも得ずと言うが、ここは両方を得たいところ。


「オルドーとの関係悪化を恐れているようでしたら、独占契約を解除して、私も契約に混ぜるのはいかがでしょうか? その場合、オルドーからユウジ様に支払われる代金は現状の半値ほどになりますが、減った分以上にボクが払いますので、トータルでは今よりも儲かります」


 ニーナが「名案じゃないですか!」と声を弾ませる。


「うーん……」


 俺は煮え切らない反応。

 ヒューストンからすると、俺と独占契約を結ぶ必要はない。オルドーとの独占契約さえ崩壊させれば、家督争いにおけるオルドーの優位性が失われる。だから、そこにだけ焦点を当てて考えている。

 一見すると名案に聞こえる話だが、実際はそんなことない。オルドーの心象が地の底まで落下することに変わりないから。縁を切られたも同然だ。


 それに、ここでヒューストンの要求を呑むと、俺の信用が失墜する。

 より良い条件を提示すればコロッと寝返る、と思われるからだ。

 信用第一が鉄則の商売において、信用の失墜は命取りになる。


 ヒューストンという男、かなりの策士だ。

 しかし、頭のキレなら俺も負けてはいない。


「申し訳ないのですが、オルドーさんとの独占契約に関しては変更できません。どれだけ提示額を上乗せされても同じです」


「そうですか……」


 ヒューストンが水を飲む。

 それから俺の顔をジーッとみて、残念そうな表情を浮かべた。


「説得しても変わらなさそうですね。仕方ありません。ではボクはこれで」


「待って下さい」


「むっ?」


 驚くヒューストン。


「たしかに鹿や猪の肉、それに未知の果物ことシャボチカバを販売することはできません。しかし、別の物であれば売れます」


「別の物?」


「いずれオルドーさんに売ろうと考えていた果物が他にもございます。また、これは少し先の話になりますが、市場で出回っているよりも遥かに美味い魚の調達も考えています」


「なんと!? それは本当ですか!?」


「はい。そういった食材の契約を結ぶことであれば可能です。もちろん、オルドーさんの時と同じく独占契約でかまいません」


「なんと……! なんとなんと……! なんと……!」


 壊れたロボットのように同じセリフを言うヒューストン。


「ヒューストンさんも未知の果物を用意すれば、家督争いに影響を与えられるのではないでしょうか?」


「たしかに。ただ、未知の果物を実際に食べてみないことには……」


「お任せ下さい。ただちに獲ってきます。ニーナに肉料理でも作らせますので、しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」


「もちろんですとも!」


「ニーナ、そういうわけだから、ヒューストンさんを食堂に案内して、最高の料理でおもてなしをしろ」


「分かりました!」


 ヒューストンに向かって「それでは」と言い、俺は応接間から出て行く。


「クックック……」


 歩きながら一人でニヤける。


 ヒューストンとオルドーの家督争い。これは嬉しい情報だ。

 食にうるさい一族の家督争いは、やはり食が勝者を決める判断基準になる。そして、そこに多大な影響を与えているのが俺だ。であれば、片方にしか加担しないなど勿体ない。

 両方に加担して、競争を激化させ、両方から金をいただく。


 これは大儲けのチャンスだ!

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