011 シャボチカバ
オルドーと商談してから二週間が経った。
あれから二度の販売を行った為、七〇〇〇万を稼いだはずだ。
語尾に「はず」が付くのは、手元にお金がないから。
日本と同じで、これほどの大金ともなれば、支払いは口座振り込みだ。
銀行はこの世界にも存在している。といっても、日本のような便利さはない。ATMは存在しないし、店舗があるのは国王や領主の直轄する都市に限られている。もっとも、トロッコ村は唯一無二の例外みたいで、村の中に銀行は存在していなかった。
そんなわけで、グルメシティーまで出張ってきた。
此処に来てやりたいことはいくつかある。銀行口座の確認もその一つだ。
トロッコ村からグルメシティーまでは、馬車で六時間を超す長旅だった。
今回は客車を備えた馬車で運んでもらった。前回と同じ運搬用の荷台だと、酷すぎる酔いで死んでしまう。客車のおかげで全く酔わなかった。ちなみに、移動中はニーナとイチャイチャしていた。スッキリした。
「流石に大きいな」
グルメシティーに関する感想だ。
建物の建築レベルはグルメビレッジと同程度。しかし、規模はビレッジの数倍、いや、数十倍に及ぶ。住民の数も観光客の数も、ビレッジとは比較にならない。広大な都市の至る所に人が溢れかえっている。我がトロッコ村もいずれはこうなりたいものだ。
「見てください、ユウジ君。しっかりお金が振り込まれていますよ!」
まずは銀行で口座の確認だ。
受付で記帳を済ませたニーナが、満面の笑みを浮かべて戻ってくる。彼女から通帳を受け取って確認したところ、たしかにちょうど七〇〇〇万が振り込まれていた。米と野菜の売り上げは手渡しだから含まれていない。
「たしかに。お金は問題ないな」
口座の確認が終わったら、銀行を出て人力車に乗った。
わざわざ人力車を雇ったのは法律のせいだ。グルメシティーは人が多い為、王族及び貴族以外、都市内で馬車を乗ることが禁じられている。俺は領主だが貴族ではないので、この法律が適用された。
人力車でやってきたのは最寄りの牧場だ。
イートキング領の集落には必ず牧場がある。市場と同じく国営だ。全店絶品を達成する為に行っているのだろう。可能な限り鮮度の良い食材を供給したいわけだ。市場の肉が俺の眼鏡に適うことはないけれど、料理に対する真摯な姿勢は感じられた。
牧場に着くと、一般客として場内を見学させてもらう。
大勢の一般人に紛れて、イートキング家が誇る畜産を確認していく。
「なるほど、これがこの世界の家畜か」
「流石はイートキング家。立派な牛さんが多いですねぇ」
感心するニーナ。
「ふむ……」
俺の感想はニーナと違っていた。日本で飼育されている牛に比べると、この世界の牛は痩せ細っている。
(原因はエサだな)
日本の場合、牛の餌は大きく分けて二種類ある。
粗飼料と濃厚飼料だ。エサの質は、牛肉の質に大きく影響している。粗飼料と濃厚飼料の割合や、濃厚飼料――トウモロコシや大豆――の配合比率が大事だ。
しかし、この世界の牛は、粗飼料に当たる草しか食べていなかった。これでは野生の牛と大差ない。
その後、鶏、豚、馬の様子も確認した。
感想は牛と同じだ。エサ以外の飼育環境は及第点で、エサだけは落第点。
「牧場の視察はもういいな」
牧場を見た後は役所に向かう。
この世界の役所は、日本の役所よりもできることが多い。例えば税金の支払いなど、日本では税務署が担当するようなことも役所で行う。さらには職業安定所もあるので、ハロワとして利用することも可能だ。
役所ではいくつか質問をさせてもらった。
特に重要だったのが、掲示板に掲載する広告について。
これまたウチは例外だが、大抵の街には巨大な掲示板が存在している。グルメシティーは当然として、グルメタウンにもあった。グルメシティーに至っては、数カ所に設置されている。
この世界では、その掲示板を見るのが一般的だ。殆ど全ての人間が、日に何度も掲示板を確認している。少なくとも一回は見るものだ。
掲示板には広告が掲載されている。その広告は全ての掲示板で共通している為、掲示板に広告を載せることの宣伝効果は大きい。ひとたび掲示板に広告を掲載すれば、瞬く間に世界中の人間が見ることとなる。
「――以上が広告の説明になります」
役所の担当者は丁寧に教えてくれた。
それによって分かったが、広告費は思っていたよりも遥かに安かった。稀に特別料金になることもあるが、基本的には一日一〇〇万。仮に一ヶ月間ずっと広告を出したとしても、たったの三〇〇〇万で済む。これは嬉しい誤算だった。
「口座の残高を確認し、牧場で家畜を視察して、役所で必要なことを教わった。これで準備完了だ。もう少しお金が貯まったら人材確保大作戦を始めよう」
村に若い労働者を呼ぶ為の計画。
それを遂行するには、億単位のお金が必要になる。少なくとも二億。念の為に三億は欲しいところ。果てしない額に感じるが、現状でも四ヶ月で貯まる。
もっとも、俺は四ヶ月も待つつもりはなかった。
◇
グルメシティーで一日を過ごした。
翌日は朝イチで宿屋を出て、行きと同じ馬車で村に帰る。
村に到着したのは昼前のこと。
ニーナの作った昼飯を食べると、新たな作業を始める。
俺はニーナを連れて森に向かった。
俺達の装備はナイフと竹製の背負い籠、それに竹製の水筒だ。
この装備で何をするかというと、果物の収穫を行う。
「本当に森の中に美味しい果物があるんですか?」
「あるよ。例えばアレがそうだ」
森に入ってすぐにある果物の木を指す俺。
その木を見て、ニーナは顔面を真っ青に染めた。
彼女の顔には「嘘でしょ」と書いてある。
「ほ、本当に、あの木ですか?」
「そうだ。すごい見た目だろ」
「はい……」
俺の指した木は、病気にでも罹ったかのような見た目をしている。
幹に巨峰のような果実が生えているのだ。枝ではない。幹から直接だ。しかも、一部に少しだけ生えているのではない。幹の大半を覆い隠すように生えている。見た目はお世辞にも良いとは言えない。
「これはシャボチカバっていう果物さ」
そう言って、俺は幹から果実を二つちぎり取った。
一つをニーナに渡し、「見ていろ」と食べ方を教える。
見た目もさることながら食べ方もブドウとそっくりだ。
深い紫色の果皮を剥いて、半透明の白い果肉を頬張る。味はライチに近い甘味がメインで、そこに微かな酸味が混じった爽やかなもの。日本で広く流通している果物と同じく、癖が弱くて食べやすい。
俺の見様見真似で、ニーナもシャボチカバを食べる。
「どうだ、美味いか?」
「美味しい! すごく美味しいです! こんな美味しい果物がこの森にあったなんて知りませんでしたよ! というか、この果物、食べても大丈夫だったんですね! そのことにも驚きました!」
ニーナが興奮して捲し立てる。
その反応を見ているだけで、俺の頬は緩んだ。
「この森には他にも変わった果物があるけど、今回はシャボチカバだけでいいな。籠がいっぱいになるまで採取したら、箱に詰めてグルメビレッジまで運ぶぞ。またオルドー氏に売り込もう。きっと高値がつくぞ!」
「はい!」
果物の採取は俺とニーナだけで行う。
今回の作業量で十分な金になるなら、今後は村人に任せよう。この程度なら負担にはならない。
(今回は高くても一箱あたり一〇〇万前後だろうな、独占契約を含めても)
果物を詰めながら、オルドーの提示する金額を予想する。
前に市場を見た時、果物はそれなりの品質だった。日本のスーパーで安売りされる程度の質だ。だから、肉の時みたいなぶっとんだ額は期待できない。
――と、思ったのだが。
「なんじゃこの果物!? 初めて見たわい! それにこの味! オイラが知らぬ味じゃ! そのまま食べても良いし、加工しても良い! オイラはこういう果物を求めておった!」
実際に売り込んだところ、オルドーは鼻をフガフガさせながら大興奮。
そして、
「独占契約も込みで一箱五〇〇万でどうじゃ!?」
こちらの予想を軽く上回る強烈な金額を提示してくるのだった。
俺は「オルドー様がそこまで言うなら」と二つ返事で承諾する。
卸す頻度は肉と同じで、一度につき四箱を売ることで合意した。
週に四箱なら、村人の負担にならない作業量で済む。
これで一週間の収益が大幅に増えた。
肉が三五〇〇万で、果物が二〇〇〇万だ。
村に戻ったら人材確保作戦の準備を進めていこう。




