010 商談結果
一〇〇〇万は冗談で、真の提示額は一六〇〇万。
しかしこれは、独占契約を含まない時の提示額。
独占契約を結んだ場合、提示額はさらに膨らむ。
俺は独占契約の方向で話を進めた。
他所の都市まで商談に行ったり運搬したりする手間を考えた結果、仮に利益が少し下がることになろうとも、独占契約の方が好都合だと判断したのだ。ウチは人手が足りていないから、手広く商売をすることは難しい。
「こちらの金額で問題がないようでしたら、サインと領主印をお願いします」
オルドーが二枚の契約書をテーブルに置く。
どちらも内容は同じ。片方は俺が保管し、もう一方はオルドーが保管する。
「領主印って?」
首を傾げる俺に対し、ニーナが「コレですよ」と印鑑を取り出した。
流石は俺の付き人だ。よく分かっている。
「これで問題ないかな?」
「たしかに」
契約書に署名と捺印が終わる。
「それでは、こちらの条件で契約を締結させていただきます」
オルドーが契約書の一枚を手に取り、使用人に保管するよう指示する。
一方、俺も残った契約書を手に取り、ニーナに「任せたぞ」と丸投げ。
「本日はどうされますか? 泊まっていかれるようでしたら、お部屋の用意をいたしますが」
オルドーがこの後について尋ねてきた。その顔は幸せに満ちている。まるで宝くじに当選したかのようだ。しきりに「良い契約ができた」と喜んでいるし、よほど嬉しいのだろう。
「お気持ちはありがたいのですが、今回は帰らせていただきます」
「分かりました。――おい、ユウジ様をお送りしろ」
「「「ハッ!」」」
オルドーの命令で、三人の使用人が駆け寄ってくる。
「それではユウジ様、お気を付けてお帰りください」
オルドーの俺に対する言葉遣いはすっかり変化していた。最初は「領主殿」と呼んで面倒くさそうにしていたのに、今では笑顔で「ユウジ様」だ。
「急な訪問にもかかわらず時間をとっていただきありがとうございました」
俺はオルドーに感謝の言葉を述べ、ニーナと共に館を後にした。
「「「領主様!」」」
館の外にはウチの村人が待機していた。荷台を空にした五台の馬車が一列に並んでいる。
俺とニーナは、行きと同じ馬車に乗った。
「オルドー様との商談、いかがでしたか?」
御者が尋ねてくる。
「上手くいったよ」
「あの気難しいと有名なオルドー様との商談をまとめるとは……! 流石は領主様です。感服しました」
「気難しいどころか、とても気さくな方だったよ」
「なんと……!」
「詳しいことは村に戻ったら話すから、とりあえず村に向かってくれ」
「かしこまりました!」
馬車が動き出す。
俺は荷台にもたれ、空を眺めながらニーナに言う。
「とんでもねぇ額になっちまったな」
「私、未だに信じられませんよ。オルドー様の館にいる時、話の規模が大きすぎてずっと震えていました」
「実は俺もだ。まさか三五〇〇万になるとはな」
生肉と干し肉は、合わせて三五〇〇万で話がついた。
どちらも独占契約で、内訳は生肉三〇〇〇万の干し肉五〇〇万だ。
生肉のキロ単価は一五〇万。
つまり、一〇〇グラムで一五万もする。独占契約を結ばなかった場合はほぼ半値だが、それでも一〇〇グラムで七万五千だ。日本だと、A5ランクの松阪牛からとった最高級のシャトーブリアンでさえ、一〇〇グラム一万円前後である。そう考えると、今回の商談結果がいかに常軌を逸しているのかよく分かる。
オルドーによると、俺が売った生肉が市場に出回ることはないそうだ。
国王陛下や貴族同士の食事で振る舞われるという。オルドー曰く「胃袋を掴めば権力も掴める」らしく、他所では味わえない絶品であることを考慮すると、「独占契約込みで三五〇〇万なら安い」とのこと。
生肉に比べて干し肉が安いのは、調理の余地がないからだ。
それに、干し肉はありふれた製法で作られている。オルドーの抱えるシェフが本気を出せば、もっと美味い物を作ることが可能だ。とはいえ、今でも十分に美味いので、味を考慮してそれなりの価格になった。
ちなみに、干し肉は市場に出回る予定だ。冒険者向けの携帯食として販売される。勇者の支援物資としても使われるだろう、とのこと。
グルメビレッジに肉を卸す回数は月に四回。
一度の取り引きで三五〇〇万も入るのに、それが四回となれば……。
「肉だけで月に一億四〇〇〇万の収入か」
収穫量の増えた米と野菜でさえ、月に二〇〇万前後にしかならない。
そう考えると、一億四〇〇〇万という数字がいかにヤバいか分かる。
「一気に大金持ちですね、ユウジ君!」
「俺のというか、領地のお金だけどな」
売り上げをどう使うかは俺に一任されている。
貯金してもいいし、何かを買ってもいい。
「稼いだお金の使い道はもう考えているのですか?」
「まぁな」
領地を拡大するのに大事な要素は二つ。
人と金だ。
今回の商談で、金銭面は少なからず改善できた。
ビレッジの市場を見たことで、さらに稼ぐ方法も閃いている。
だが、人手に関してはまるで足りていない。
今より稼ごうと思ったら、もっとたくさんの労働者が必要だ。
現在の人員で手を広げた場合、大半が過労に陥ってしまう。
お金を稼いだら、人を増やす。
増えた人を使い、更にお金を稼ぐ。
この循環こそ、領地経営の基本構造だ。
「金は人材の確保に使う」
「それ、大丈夫なんですか?」
ニーナは不安そう。
「というと?」
「トロッコ村は、最寄りのグルメビレッジから馬車で数時間の距離です。なかなか人が来てくれるようには思えませんが……」
「当然、その点は俺も考えているよ」
「じゃあ、何か策があるのですか!?」
俺は「あるよ」と即答。
「きっかけはニーナ、お前の言葉だ」
「私の言葉!?」
「そうだ。詳しいことはもう少し調べてからになるが、高確率で成功を見込める方法がある。しかもこの方法では、若い奴ばかりを集められるぞ」
「そ、そんな画期的な策が……!」
「くくっ、まぁ楽しみにしてな」
俺の領地改革は、ここから一気に加速していく。




