赤い髪の少女
「ステラちゃんこれはなぁに?」
あれはいくつの時だろうか。
まだバッツとステラ以外の子供が暮らしていた頃。
「私がここに来た時に一緒に入ってたんだって開けると音楽が流れるらしいよ」
「何なに?」
子供達が皆集まってくる。
ステラは皆に見つめられて困ってしまった。
「でも、これ蓋が開かないの。だから皆んなに聞かせられないわ。ごめんね?」
「えー?そうなの?貸してー」
小さな女の子が手を出している。
ステラはその箱をそっと貸してあげる。
「本当だー開かないねぇ。がっかり〜」
女の子はショボくれている。バッツはそんな女の子の頭を撫でながら笑っている。
(あれ?バッツってあんな顔で笑ったっけ?)
微睡みの中もう一人のステラは違和感を覚えた。
自分が知っている彼はもっと底抜けに、明るい無邪気な顔で笑うのだ。あんな落ち着いた笑みじゃない。
「ステラちゃんも開けてみて〜」
女の子がその箱を返してくれる。
この時ステラは心の中で少しの好奇心と皆んなに聞かせてあげたい、そんな気持ちが湧き上がった。
前開けようとした時は開かなかったが・・・・・。
ステラはその箱に手をかけた。
そして、何故か今まで一度も開かなかったその箱の蓋がゆっくりと開いた。
****
「っう!」
ステラは猛烈な吐き気で目を覚ました。
物凄く気持ち悪い。
そのタイミングで目の前に紙袋が差し出され、ステラは訳も分からず込み上げてきたものを吐き出した。
「う、う・・・きもちわるい・・・」
誰かが背中をさすってくれている。
そこで初めて自分の傍らに人がいる事に気がついた。
「あ、ありがとうございます。あの?わたし・・・」
「まだ具合が悪そうだけど、熱はなさそうね。まだ横になっていた方がいいわ」
そう言いながら手の平に草の葉で作った器を乗せ、その中に水を入れてステラに渡した。ステラはそれを受け取る。
「飲んで。少しは楽になると思うわ」
それに口をつけるとそれは水ではなくお茶の様な味がした。
「美味しい・・・・」
少しほっとして顔をあげる。そこには赤い髪の女の子がいた。
「あの、すみません。私一体どうしたんでしょう?何故こんな所で倒れ・・・・・」
そう言いながら、先程の事を思い出し、ステラの身体がぶるりっと震える。
「あ、そうだ・・・教会が、レイヴァンさま・・・・」
カタカタと器を持つ手が震える。
その震える手に女の子の手が重なった。
「落ち着いて。興奮しては駄目よ」
ステラはそう言われて女の子の顔を見る。
その表情はとても落ち着いていて、それをずっと眺めいるうちにステラもだんだん落ち着いてきた。
「はい。少し、落ち着きました。ありがとうございます」
「実は私達も近くを通りかかっただけで、今の状況が良く分かっていないの。貴方と一緒にいた人も、会ったばかりで貴方の事知らないみたいだし。落ち着いたら、話を聞かせてもらっていいかしら?」
そう言われてステラは困った。
自分にも全く分からない。何故こんな事になったのか。
それに・・・・。
「見ず知らずの方を巻き込んでしまうかもしれないので・・・・」
自分達が普通ではないことだけは分かっている。
そして恐らく狙われている事も。
「ロゼよ」
「え?」
「私はロゼ。貴方は?」
そう名乗られて慌てて自分も名乗る。
「私はステラです。助けていただきありがとうございます」
「あともう一人連れがいるんだけど、私その人と冒険者として旅をしている最中よ。これで見ず知らずの他人ではないわね?」
え?と見返すと彼女はいい笑顔で笑った。
「成る程。何となく話の流れはわかったわ」
ロゼは深く深く溜息をついた。
先程紹介されたロゼの仲間のエルディという男性も怖い顔で眉を顰めている。
「しかし。そんな状態で二人を外に出すとは・・・中々思い切った事をするな」
エルディは呆れたように呟いた。
ステラは首を傾げる。
「ステラはそれで、これからどうするつもりなの?言われた通りラーズレイに向かう?」
問われしばし考える。
バッツはきっとステラを置いて教会に戻り、その後再びあの崖の下まで戻った筈だ。
恐らく入れ違いになった可能性がある。
ならきっとバッツもラーズレイに向かっている筈。
「はい。バッツもきっとそこへ向かっている筈なので」
そして確かめなければ。あそこで何があったのか。
「俺も一緒に行くぞ」
カイルのセリフにステラは驚いた。
「え?でもオルゴールは・・・」
バッツが持っている。
「お前、本当に嘘つくのが恐ろしく下手だな」
うぐっとステラは口を引き結ぶ。
他の二人はしばし何やら考え込み、そして口を開いた。
「途中まで同行してもいいかしら?」
これにはカイルも驚いた顔をしている。何だろう?
「いいのか?あんた達だって何か、大事な仕事があるんじゃないのか?」
カイルは事情を知っているのか、やや躊躇しながら聞いている。
「まぁね。でも少しぐらいの寄り道なら平気よ?何たって私達には時間だけはたっぷりあるから」
そう言ってロゼはにっこりと意地悪そうに微笑んだ。
****
「はい!そこで止めて!」
「あうううううううううううううう!!!」
ステラは情けない声を出しながら、ロゼに言われた訓練をこなしている。
あの日。ロゼとエルディが同行すると決まった日からそれは始まった。
「とは言え。せっかくの時間を無駄に過ごすのは良くないわね!空いた時間で訓練しましょう?」
「え?」
訓練?何の?とステラはまたハテナマークが乱舞する。
「あなた。魔力が制御しきれてないでしょう?またあの時みたいに簡単に暴走されたら堪らないわ。ラーズレイに着く頃には形になるよう仕上げてあげる」
それは、大きな御世話なような?
「ん?何か文句が?」
「「ありません」」
何故かカイルとハモってしまう。
だって何か逆らい難いと言うか正直怖い。
後で聞いたのだがあの二人。
実は冒険者の間では有名らしい。
「あの人達は恐らく戦闘と魔術のプロだ。下手に逆らうな。いう通りにしておけ。潰されたくなければ」
何それ怖い。
しかも潰すって何を?何を潰すの?
「まぁきっという通りにしておけば自分達の為になる。生き残れればだが・・・」
カイルの言葉にステラは今すぐ逃げ出したいと思ったが恐ろしくて実行する事が出来なかったのである。
「はい!おしまい。よく頑張ったわね?」
ヘトヘトになり地面にヘタリ込んだステラにロゼは水筒を差し出す。
ステラは有難く受け取りそれを飲んだ。
「貴方、意外と筋が良いわね。魔力の訓練は大丈夫そうだわ・・・」
ロゼは懐から何かを取り出しそれをステラの首にかけた。
そしてもう一つを片方の耳に挟み押し込んだ。
「いっ!」
一瞬耳に痛みが走ったが、すぐに痛みはなくなった。
ステラは耳をさすりロゼを伺う。
「それは貴方が持つ膨大な魔力を抑えるものよ。そしてその首飾りは貴方がどうしようもなくなった時に使いなさい」
「どうしようもない・・・」
「それには飛びっきりのおまじないをかけてある。一度しか使えないから使うのは絶体絶命の時だけよ?」
それを受け取りながらステラは困惑気味にロゼを見た。
そんなステラを見てロゼは笑った。
「不思議に思ってるでしょう?何故出会ったばかりの私が貴方にここまでするのか」
そう。ステラはずっと不思議に思っていた。
ステラが魔力を暴走させ、たまたま通りかかったロゼ達が助けてくれたのは分かる。
ただその後、自分達に同行し、訓練し、冒険者のノウハウを教え込む。これは過剰な行為すぎる。
カイルには目的があるからまだ分かるのだが。
「貴方に話さなければならない事がある」
ロゼは真剣な表情でステラを見つめている。
「私も、貴方と同じなの」
何が?とは問わなかった。
「神の御子。私達はこの地に定められた使命を負わされた人間。5つの宝玉をその身に宿している」
神の御子。
それはあの時、魔物から呼ばれたステラ自身の事だった。