死にかけの青年
その夜二人は走っていた。
それも全力疾走で。
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿ぁ!バッツのアホー!!」
ステラは半泣きである。
しかもいつもは心の中の声がダダ漏れだ。
「あはははははははははは!!」
横ではバッツが楽しそうに笑っている。
二人の後方からは物凄い勢いで大きな鳥が二人を追いかけて来る。
「何で石なんかなげたのよおおおおお!?」
あの鳥はバッツが昼間に見かけたという鳥だった。
確かに大きい。規格外に大きい。と、いうか。
「しかもあれは鳥じゃなくて魔物じゃない!!」
そう。それは魔物だった。
遠くから見たら分からないが近くでみれば分かる。
だって目が三つもついている。
「もぅ、無理ぃ〜」
ステラの走る速度が落ちていく。
後ろから魔物がステラを捕らえようと脚を伸ばしている。
「だよな〜?」
バッツはパンと手を叩くとひょいと人差し指を上に振る動作をする。
その瞬間。地面の土が刃になって魔物の首に突き刺さった。
「グギャアアアアア!!」
恐ろしい魔物の鳴き声が辺りに響き渡る。
バッツは傍のステラをヒョイと担ぎ上げるとその反動のまま目の前の崖を飛び降りた。
「きゃあああああああああああああ!」
今度はステラの悲鳴が響き渡る。
二人の体は空中に投げ出されそのまま落ちるかと思いきやバッツの足は何かに着地した。
目を瞑っていたステラが目を開けると足元には無数の編み込まれた樹木が道を作っていた。
「・・・・バッツ」
「ん?」
「飛ぶなら飛ぶと先に言って欲しいの」
そういう問題では無いのだが。ただいまツッコミ不在の為その場はそのまま流された。
「荷物重く無い?」
財布以外はバッツが持っている。
二人分はかなり重いはずだ。
「大丈夫だよ。ステラは女の子なんだから気にしなくていいよ?」
あれだけ走ったのに全く疲れた様子を見せないバッツにステラはため息をついた。
「私もどうせ使えるならバッツみたいな力が良かったな」
バッツの力は土魔法だ。
植物を操ることも出来る。
「ステラの力も凄いと思うけど?傷を治せても病気を治す力なんてなかなか無いと思うよ?」
そうなのだ。
回復魔法が使えるのは本来、水魔法と聖魔法だけだが聖魔法は病気にも干渉できる。ただ扱えるものはそう居ない。
「・・・力があったって、使えなきゃ意味ないわ」
ステラはレイヴァンにこの力を使う事を強く止められていた。もし誰かに知られれば大騒ぎになるからだ。
この地に病気で助けを求める者は多い。不治の病となれば尚更である。
「それに一応あるじゃないか攻撃魔法」
その言葉にステラはジト目になる。
「い・ち・お・う・ね!!すみませんね。下手くそで」
バッツは辺りを見回し安全そうな場所に腰を下ろすと木の枝を集め始めた。ステラは首を傾げる。
「もう休憩?」
確かに結構歩いたがステラはてっきりどこかの村まで行くのかと思っていた。
バッツは焚き火をつけるとステラを手招きする。
「ステラは野宿の仕方を教えたの覚えてる?」
それは小さい頃からバッツが外の話をしながら教えてくれたことだ。
森の中での身の守り方や食べ物の採り方。隠れ方など確か色々あった。
「まぁ大体は覚えてるけど・・・何で?」
「これからしばらくは野宿になる。人里は危険だからあまり近寄らないようにしよう。ステラは今まで殆ど外の人間と接触してないから多分身体に障ると思う」
どういう事かいまいち理解出来ない。
「何があっても心を乱さないで楽しい事を考えるんだ」
あれぇ?もしかして馬鹿にされてる?
ステラは眉間に皺がよる。
それにバッツは笑顔でこたえる。
「あとさ。ステラの形見。しばらく俺が預かっててもいい?」
ステラには捨てられた時一緒に入っていた物がある。それはとても小さい掌サイズの箱だった。
「いいよ。本当は持ってくるつもり無かったのに・・・」
用事が終わればレイヴァンの下へ帰るつもりだ。
わざわざ旅に持っていく必要は無い。
「サンキュー!じゃあ俺ちょっと行ってくるね!」
「・・・・・・・・・・は?・・・・・・・」
呆然とするステラを他所にバッツは平然と立ち上がりにっこり笑った。
「明日になっても俺が戻らなかったら先にラーズレイに向かって。そこで落ちあおう。スノーウィンから出たら町の宿屋に泊まっても大丈夫だから。スリに合わないよう気をつけてね?」
さっきからバッツは何を言っているのだ。まさか・・・。
「俺途中ですげぇ気になるものみつけちゃったんだよね!気になり過ぎて眠れなさそうだからちょっと行ってくるわ!」
(やっぱりいぃぃぃぃぃぃぃ!!)
「ちょ!?バッツ!?」
そう言うが早いかバッツはあっという間に駆け出して行ってしまう。
慌てて追いかけようとしたが気がつけばもうその姿はなかった。
「・・・・う、嘘でしょ?」
今までだってバッツの気まぐれな行動には振り回されてきた。だが。
「まさか。こんな所に一人で取り残されるなんて・・・」
追いかけようか迷ってハッとする。
「これはもしや、からかわれている?」
ひゅ〜と冷たい風が吹き抜ける。
バッツもかなり能天気だがステラも中々抜きん出たお気楽脳だった。
「疲れた。寝よう」
ステラはそうに違いないと決めつけ床についた。
これがよもや二人を別ける分岐点になろうとは、考えつきもしなかったのである。
ステラは明け方誰かの息遣いで目が覚めた。
「?」
まだ眠い身体を起こし周りを見渡す。
しかし人の姿は見当たらない。
「バッツ?」
そう呼びながらも荷物を手繰り寄せ背負うとそっと森の中を伺った。
確かに誰かの呼吸音が聞こえる。
そうっと足を踏み出し恐る恐る自分の右側に目を向けてステラはギョ!と固まった。
「・・・・・人?」
そこには木に身体を預け血塗れになっている男がいた。
黒い髪を垂らし顔が見えないが苦しそうに息をしている。
「あ、あ、あ、あの。大丈夫で、ですか?」
明らかに大丈夫じゃないが確認の為聞いてみる。
「・・・・・・おん、な?」
黒い瞳がチラリと髪の隙間から見える。
多分男もなぜステラがこんな所にいるのか不思議に思ったのだろう。
「怪我、ですよね?近寄って大丈夫ですか?」
男は何も反応しない。
ステラは恐る恐る近づいて膝をつく。
お腹を抉られている。かなり酷い傷だ。もしかしたらあの魔物の仲間かも知れない。
「す、すこし、触れます」
本当は駄目だが緊急事態だ。
もしやばかったらすぐ逃げよう。
ステラは手に意識を集中させる。
ステラの身体が一瞬発光し、そのまま全ての光が手に流れていく。
男の身体は見る見るうちに傷が塞がった。
全ての光がなくなって、ステラは手を離す。
(良かった。上手く出来た)
魔力が暴走しなかったことに安心し立ち上がろうとしていきなり腕を掴まれた。
「・・・水」
「は?」
「水をくれ」
男は礼も言わずステラに水を要求した。
ステラはあまりの失礼さに憤慨したがしかしさっきまで死にかけていたので仕方ないかと思い直した。
しょうがなく自分の水を分けてあげる。
「お前。こんな所で何をしている?」
しかしこれにもお礼を言わず疑問を投げかけてくる。
これには流石に眉を顰めた。
「何故見ず知らずの貴方にそんな事教えなければならないの?」
ステラの言葉にもさほど悪びれる様子もなく更に失礼な事を言ってくる。
「お前みたいな冒険なれして無さそうな女が一人こんな所に居れば誰だって疑問に思う」
きぃー!なんなんだコイツは。助けて貰っておいてこの横柄な態度。許せん。
ステラはつい助けてしまった自分を後悔した。
「余計な事だったみたいですね、どうもスミマセンデシタ。後はご自由に」
男の腕を引き剥がそうとして男と目が合う。
「お前。この先の教会を知っているか?」
憤慨するステラは無視して話を続ける男に半端呆れつつしかし聞かれたことに心当たりがあったのでつい頷いてしまう。
(ハッ!!しまった!)
「やはりな聖魔術を使ったからもしやとは思ったが、あの教会のシスターか?」
「貴方さっきからなんなんですか?怪しすぎるんですけど?」
つい本音を口にしてしまい。しまった!と思ったがここでようやく男は自分の失礼な態度に気がついたらしい。
「ああ、そうか。俺はカイルという。傷を治してもらい感謝する」
その言葉にステラは少し身体の力を抜いた。
「私はステラ。あの、教会に何か御用でしょうか?」
男はステラから手を離すと立ち上がり身体が動くのを確認し頷いた。
「実はある物を探している」
「ある物?」
教会に人が訪ねてみにくる程の物があっただろうか?ステラは首をひねった。
「それは俺の母親が生前無くした物で、親の形見らしいんだが・・・聞いたことないか?手のひらほどの小さい箱で・・・」
ステラは物凄く嫌な予感がした。
「開けると音楽が流れるオルゴールという物らしい」
嫌な予感は見事的中した。