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生きる意味

リュカは手紙をたたみ封筒へ戻すとゼイルに渡した。

そしてカイルに問いかける。


「さて、カイル・スタシャーナ」


その呼び名に皆の視線がカイルに集まる。

カイルは狼狽ることなく話を聞いている。


「君は結局どうしたいのですか?」


リュカはカイルの事をまるで全て知っている口ぶりで聞いてきた。いや、恐らく知っているのだろう。


「君は恐らく父親の言葉を信じその通りにスタシャーナ家を出て来たのでしょう?そしてステラに出会った。本当はステラを殺せとでも言われたのではないですか?」


その言葉に皆息を飲む。カイルは笑った。


「やはり教会の者か誰かが、監視でもつけてたか。やけにすんなりと出て来れたとは思っていたが、泳がされてたんだな」


リュナはどういう事かと詰め寄ろうとしてゼイルに手で制される。ノゼスタは黙って成り行きを見守っている。


「そうだな。口では言わなかったが期待はしていたかもしれない。俺がレイヴァンやステラを憎み殺す事を」


カイルは笑みを浮かべたままリュカから顔を逸らさなかった。リュカは面白そうな表情を浮かべる。


「成る程。これはこれは・・・君の父親は君を随分と見誤っていたのですね?自分の思い通りになる傀儡だと」


「そうだな。あの人は俺を見てはいなかった。いつも俺の面影の中の母を見つめていた。正直に言って気持ち悪かったな」


カイルのあまりに辛辣な感想にノゼスタとリュナは大層驚いた。死んだ父親を想う息子の言葉とは思えない。


「祖父のレイヴァンに興味があったのは確かだし、俺も最初は父の言う事を信じていた。レイヴァンと聖女が母を殺したと」


それを確かめる為にあの教会へ行った。

そしてオルゴールも取り返し処分する為に。


「レイヴァンは俺を見て、俺がクリスティナの息子だとすぐ気が付いた。そして父はどうしたと尋ねたんだ。恐らく父を待っていたんだろう。父がステラを取り返しに来るのを」


血は繋がってなくとも愛した女性が産んだ子供である。本来であれば夫のイネスが引き取るはずだ。しかしカイルは今まで一人息子として育てられてきた。


「だが父にとってステラは他人、いや仇だったんだろう。そしてあの人にとっては俺もただの道具だった」


カイルは母親を知らない。ずっと乳母に育てられた。父親は必要な時以外はカイルを放置していた。剣を習わせたのも自分の補佐として側に置く為だ。頭を撫でられた事なんて無かった。あの時まで。


「それに対して何か思うわけじゃ無かったが、俺はステラやレイヴァンと会い思った事がある」


その顔にはカイルの複雑な感情が現れていた。


「人とはこんなにも温かい物なのか。そう思った」


それは本来親を持つ子なら当たり前に得られるものだろう。しかしカイルはそれを与えられた記憶がない。


「彼女といる内に、俺は父が間違っていたのではと思い始めた。オルゴールを追っていたのは父がした不始末を片付ける為だ」


カイルの父とレイヴァンは余りにも違いすぎた。

考え方も生き方も愛情の示し方さえ。


「俺はレイヴァンを愛しながらも父を選んだ母の気持ちがよく分かる。母は恐らく父は自分を愛していないと思ったんだろう。それはある意味間違っていない」


父イネスは他家から来た婿養子だ。

スタシャーナ家の人間になる事。それは誇り高い事なのだ。皆が羨み崇拝する。スタシャーナは最高位の家督である。

彼はそれを求めクリスティナと結婚した。


「ステラが苦しむ姿を側で見て来た。彼女が傷つき苦しむのはいつも誰かを想う気持ちだ。レイヴァンやバッツ。そして俺の事を」


カイルはステラを馬鹿な奴だと思う。

何故そんなにも必死に相手のことを考えるのか。もっと簡単に割り切って生きればいいのに。


「アイツを馬鹿だと思うのに、そんな彼女だから俺はこんなにも愛おしくなるのだと思う。そう、思えるようになった」


そう。カイルはステラに出会って変わった。


「アイツがこの世界の鍵だとか、人間じゃ無いだとか、俺と血が繋がった兄妹かも知れないとか、どうしたらアイツの為になるんだとか色々諸々悩んで考えたが、それが全て無駄だと今、分かった」


リュカは未だ興味深気に耳を傾けている。他の者もカイルの決断を待っている。


「アイツが何であろうと俺はアイツをもう手放す気は無い。ステラが奈落に落とされるのなら何度でも救いあげる」


「救いあげれなければどうするのですか?」


ハッとカイルは当然の如く言い放った。


「もしそれでも奈落に落ちると言うなら俺も一緒に落ちてやるさ。彼女と一緒に」


リュカはそれを聞いて満足そうに声を出して笑った。


「実に惜しい。君にステラがいなかったら私は君が欲しくなっただろうに」


ゼイルとノゼスタはそのセリフに身震いする。

リュカはおもむろにカイルの目の前に手をかざした。

するとカイルの頬に魔法陣らしき物が浮かび上がった。


「私がレイヴァンに渡した転移魔法の魔法陣が君の身体に残っていますね。貴方は一度ステラの所へ転送された筈です」


心当たりがあるので頷くとリュカはニヤリと笑った。


「カイル・スタシャーナ。貴方は本当に運が良い。もう間に合わないかと思いましたが、それならまだ間に合うかも知れません」


どういうことか。

皆が光輝き出したカイルを見てリュカの言葉を待っている。


「ステラは自分にオルゴールを使うつもりです。貴方は騙されていたのですよ。彼女は最初からずっとオルゴール持っていました」


ステラのとぼけた顔がカイルの脳裏をかすめる。

そんなまさかと疑いの目を向けるとリュカは首を振った。


「バッツを壊した危険なオルゴールをその彼に預けるなど、彼女がすると思いますか?」


なんて事だ。カイルはすっかり彼女に騙されていた。


「彼女は空っぽになった自分を使って扉を開けるようにと貴方達に手紙を残していきました。きっと誰にも曲が聞かれない場所に行くはずです。貴方は今すぐ彼女の下へ飛んで行きなさい」


「あいつ・・・・マジで軽く張っ倒す!」


青筋を立てたカイルにノゼスタもリュナも今回ばかりは味方した。


「わしらもすぐに向かう。程々にな」


「あ。私の分も残しといてね?」


リュナも顔は笑っているが怒っている。

カイルは先に言っていると二人に笑った。

その刹那彼の身体はカスタモニカから姿を消した。




カイルが次に目を開いた時そこはいつか来た遺跡の最奥だった。


しかしどうも様子がおかしい。


空気が淀んでいる。遺跡の中は普通こんなに空気が穢れる事はない。顔を上げると目の前に見慣れた女性が立っていた。


「どうして・・・・・・」


ステラの手には小さな箱が握られている。

カイルは一目見てそれが問題のオルゴールだと分かった。

()()()のだ。その箱に浮かび上がる古代文字の羅列が。


「開けないのか?」


カイルはステラに近づいていく。

ステラはそんなカイルに驚いて後退った。


「き、来ちゃダメ!!」


「開けたいんなら開ければいい。その代わり俺も一緒に聴く」


ステラは途端に表情を変える。まるで化け物を見るような表情でカイルを見ている。



[迎えが来たか。して、どうするのだ?その男と一緒に傀儡になるか?]



先程までステラの話していたのかルドラが声を掛けてくる。ステラは途端ブルブル震えてカイルを怒鳴った。


「何でこんな早く来るのよ!!今すぐ出て行って!そして二度と私の前に現れないで!」


カイルはピタリと足を止めた。

ステラは涙を堪えながら必死に喋った。


「勘違いしないで、私は別に本気で貴方が好きなわけじゃない。ただこの世から消え去る前に一度くらい普通の女になってみたかったの。だから私を好きだと言った貴方を利用しただけ」


歪んだ笑みを作りながらステラはカイルを睨みつけた。


「でもいいでしょ?カイルだって私を騙してたんだから。私を好きでもないのに気がある振りをして私を殺すつもりだったんでしょ?」


なんて下手くそなんだ。そんな奴に騙されてたとは。カイルは自分に腹を立てる。

ふとカイルがステラの背後目をやると壁が歪み何かが出てこようとしている。

カイルはステラに向かって走り出した。


[招かれざる客が来たようだな]


カイルの手がステラに届く前に、ステラの身体は泥の様な物に絡めとられ宙に浮いた。

地面からはあの魔物達が次々と現れる。


「やっと見つけましたよステラ。こんな所に隠れていたのですね?」


「誰だお前は?」


壁を抜けて現れたのはカイルが見たことのない男だった。

しかしステラは何処かで見た覚えがある。


「あの日からずっと君に恋い焦がれ追い続けた甲斐がありました。やっと捕まえましたよ?さぁ私と行きましょう」


この感じは間違いない。


「あの時の気持ち悪いどら息子?」


ステラの本音に男の顔が引きつった。

しかしすぐに笑顔になる


「君に必要なのは正しい知識と教養だ。私が君を一から教育し直してあげよう。私好みの女性に」


「あの、本当に気持ち悪いんですけど?貴方が何で魔物を操ってるんですか?」


男の話を無視してステラは聞きたい事を聞く。

男は笑いながらステラを見上げた。

その眼を見てステラは凍りついた。


「貴方・・・・もう死んでる」


カイルは剣を抜いて構える。

男は首を傾けて歪に笑った。


「何を言っている?私は死んでなんかない。だってどこも痛くないし怪我していない。至って健康だ。そんなはずない、そんなはずない、そんなは・・・・」


途端に男の身体が肥大化した。

ボコリと音を立てその姿が変わっていく。カイルはステラに手を伸ばした。


「ステラ!何をしてる!さっさと降りてこい!!」


「・・・カイルは先に行って。私はここに残る」


「何でだ?」


地面からは次々と魔物が湧き上がっている。カイルは切り払いながらステラに近づいて行く。


「だって。私が人として存在する必要がないから」


彼女は鍵だ。

それなら何故人の形をしているのか。


「必要なのは鍵だけよ。私自身じゃない」


レイヴァンはステラを神の化身だと言った。

なら何故感情があるのだ。


「人として生まれて来なければ良かったのに」


彼女の瞳から涙が溢れ落ちた。

ステラが生み出された事で多くの人達が無駄に苦しんだ。

レイヴァン、バッツ、孤児院の死んだ子供達。そしてカイルの両親。


カイルは剣に力を込めて一気に魔物をなぎ払った。

ステラを捕まえている男目掛けて走って行く。


「どけぇ!!!」


男の肥大化した腕がカイル目掛けて振り下ろされる。カイルはギリギリそれをよけ男の心臓をひとつきに刺した。

男はそのまま崩れ落ちる。

カイルは土に絡まっているステラに手を伸ばす。


「お前は勘違いしてる」


泣くステラの頬に触れカイルは呟いた。


「お前は確かに普通には産まれなかったし他の人間とも少し違う。でもお前は人として産まれた。ただそれだけだ」


カイルの言っている事がわからなくてステラは首を傾げる。カイルは笑った。


「どんな人間でも人を傷つけながら生きて行く。レイヴァン・スタシャーナでさえ間違えた。それなのに何故お前は間違えてはいけないんだ?」


ステラは眼を見開いて微笑むカイルを見た。

彼はステラは自分達と同じだと言っているのだ。


「お前は特別なんかじゃない。ただこの世に生み出され死ぬまで生きて行く。俺と一緒に」


カイルの言葉にぶわりと涙が溢れ出した。


「カイル・・・わたし・・・」


ステラが何かを伝えようとした時カイルの肩に剣が突き刺さった。

カイルは呻いて下に滑り落ちて行く。


「カイル!!」


ステラはもがいた。

下を見ると魔物がカイルを囲もうとしている。


「は、はははは。ビックリした。なんだそうか・・・」


ステラの横で先ほど倒れたはずの男が立っていた。その姿はもう人とは呼べないほど歪な形に成り果てていた。


「私は不死身になったのだな。なんだそうか。ではもう全ては私の物ではないか!」


男はステラに手を伸ばす。

しかし触れる瞬間にその手は焼け焦げた。


「無駄な抵抗をする。まぁいい。お前に触れなくてもお前を連れて行く事は出来る」


途端壁に黒い歪みが現れる。ステラの身体がその中にゆっくり飲み飲まれて行く。


「ーっステラ!!」


血を流しながらカイルは叫んだ。

このままではステラが連れていかれてしまう。

しかし魔物達に阻まれ前に進めない。


「生きろ!!!」


カイルは叫んだ。

ステラは歪む景色の中で自分の首飾りが切れ、目の前で落ちて行くのを見ていた。無意識に手を伸ばす。


(カイル!わたし、わたし本当は・・・)


ステラの指がその首飾りの宝石に触れその勢いのままに彼女はそれを握り締めた。


(生きたい!もっと。貴方と一緒に!)


その刹那。凄まじい強風と共に激しい閃光がカイルの後ろから解き放たれた。その勢いで魔物達が粉砕されステラの身体は投げ出され地面に向かって落ちて行く。

カイルは足に力を入れ落ちてくるステラをギリギリ受け止めた。


訳が分からず顔を上げると土煙の中からその人物は現れた。


「素晴らしいわ。完璧よ。ステラ」


二人は自分の耳を疑った。

今二人がきいた声は自分達がよく知る、しかしここにいるはずのない者の声だったから。


「私も丁度貴方に会いたいと思っていた所だったのよ?」


彼女は赤い髪をなびかせ、美しいエメラルドグリーンの眼を細めた。二人は思わず叫んだ。


「「ロゼ!!」」


彼女は美しく微笑みながら無表情な相棒と剣を構えた。


「さぁ。私の可愛いステラをいじめたお馬鹿さんにはキツイお仕置きをしないといけないわね?」


彼女の放った旋風が目の前にいた敵を切り裂いた。

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