49話 襲撃の刃
「見つけたぞ、アイザワ・ハジメ……ッ!」
「え……?」
グサッ!
声をかけられ振り返ろうとしたら、鋭い何かの衝撃が勢いよく胸を貫いた。この感覚、もしかしなくてもさ……。
恐る恐る視線を下ろすと、ちょうど心臓を貫くようにして何者かの得物が貫通していた。銀に輝く切先がこんにちわ! ってなんじゃこりゃあああああああああ!?
「グハァッ!?」
口から溢れ出る血も相当なもので、下手したら自分の血で溺れ死にそうだ。てか心臓貫かれてるから普通死ぬ。よかった……ここが剣と魔法の世界じゃなきゃ即死だったぜ……。
「……フン」
「ガッ……!」
襲撃者はもう用済みだと言わんばかりに、乱雑に俺を蹴り飛ばし得物を振り抜いた。怪我人には優しくしてほしいものだよね、全くさぁ……。
「大丈夫ですかーッ!?」
恐ろしいほど大きなハスキーボイスで叫びながら、のしのしとこちらへ駆け寄ってくるレオンさん。その後ろには、ロレッタ達の姿も見える。てか、やっぱり直ぐにお世話になっちまったよ……。
「ハジメさん! しっかりしてくださいよ!」
「平気だ……この程度なら俺ならなんとか……」
「取り敢えず休んでいてください!」
「オイお前! 犬っこに何を……ッ!? お前、まさか……」
駆け寄ってきた仲間達や通行人が心配の声をかけてくれる。これもあの時と似てなくもないが、ガルドレッドさんのリアクションが少しおかしいように思えるのは気のせいだろうか。いや違うね、気のせいじゃない。なんせ声のトーンがガラッと変わったからね。
鼓動に合わせ波打ち血を吐き出し続ける傷口にグレーターヒールをかけ、うつ伏せになっていた身体をなんとかひっくり返し、襲撃者の顔を見て驚愕した。
「お兄ちゃん……?」
呆然と立ち尽くすロレッタの震えた問いかけだけが、冷めきった空気の底に落ちていくようだった。
「おいニック! テメェ、旅に出てたんじゃなかったのかよ!? それに突然こんなことしやがってよ!!」
「……」
ガルドレッドさんの問いかけに、ロレッタの兄、ニックさんは応えない。無言を貫き通し、血まみれの俺を冷めた目で見下すだけだ。
ガルドレッドさんの怒号も無理はないだろう。普通、冒険者が言う「旅」というものは、己を磨き、さまざまな地域でさまざまな経験を得るための「旅」でもあり、自身の安住の地を見つけるための「旅」でもある。そんな人生を左右するような大事な旅が、たかだか三、四ヶ月程度で終わる訳がない。終わっていい筈がないものなのだ。しかも帰ってきて早々挨拶もなしに人殺しに興じてるんだもの。
心当たりは大いにある。というか、以前の模擬戦の時の“エクスプロージョン”以外考えられない。恐らくだが、あの後すぐは周囲に気丈に振る舞っていたようだけれど、心の奥底に癒しがたい深い傷を作ってしまったんだと思う。
完全に俺のせいだ。俺のせいでニックさんは壊れてしまった。でも、これじゃあただの……。
「ハジメさんへの復讐、ってとこですかね」
そう溜息交じりに吐き出し、ペイルは自分の得物の柄をぎゅっと握りしめた。
「事情はよく知らないが、幾ら復讐でもアンタの行いが正当化される訳じゃない……俺の仲間を傷つけたんだ。覚悟しろよ」
「……貴様に何ができる」
「出来るか出来ないかなんて、やってみなきゃ分からないだろうが!」
やだペイル君珍しく超カッコいい……! 普段活躍が少ないからここぞと言う時に活躍しようとしてるね。いいよその心がけ。大事大事。
そういえば何気にペイルの本気は今まで見たことがないかもしれない。勿論、一緒に依頼をこなしたりするが、俺達が森の魔物相手に手こずることも少ない。苦戦したとしても、三人の連携で切り抜けられるし。一騎当千ができるならパーティを組む意味も無くなってしまうからね。
それに、たまに模擬戦なんかもするが、その時にも少し手加減をしていたんだと思う。剣にエンチャントをする魔法剣スタイルを披露した事も何度かあったが、ペイルが持つ青い剣の実力じゃ、あんなもの些細なものな気がしてならない。
さあ、ではお手並み拝見といこうか。
「擬聖剣ベニトアイトよ、我が意志に応え、正義を貫く力を授けよ……ッ!」
◆◇◆
「アッハハハハハハハハハハ! ニックの奴、目的を仕留め損ねた上に“滅茶苦茶厄介な相手”に絡まれてるよ! アハハハハハハハお腹痛いアハハハハハハハ!」
「……クロハ、どうするんだ?」
薄暗い一室に置かれた水晶玉に、料理コンテストでの騒動の様子が映っている。
それを見て笑い転げ回る少女に、彼女によく似た少年が問い掛ける。しかし、“クロハ”と呼ばれた少女は全く聞く耳を持たず、汚れるのも承知で床の上を転げ回り続けている。
「はぁ……これじゃあまた力任せで終わっちゃうんじゃないかな……どうするか早めに考えといてくれよ! ただでさえあの獣人の方だけでも厳しいかもしれないのに、擬聖剣使いも相手にするのは大変なんだからさ!」
「うん! 分かったーやっとくよー」
「絶対やらない奴だなこれは……」
少年はそうぼやきながら、重く大きな扉を押して、楽しそうに笑い続けるクロハの部屋を後にしたのだった。
「……相手にするのが大変なら、乗っ取っちゃえばいいのよ。ふふっ」