32話 シャロームを発つ
「はぁ……酷い目にあった」
戦い足りないフォルテと、戦いを辞めさせたいロレッタに板挟みにされリンチに遭い、さらにフォルテの放った渾身の一撃が俺の肋骨の殆どをバキバキにしてくれたお陰で、王城内の医務塔へ運ばれた。
幸い一命は取り留めた。まあ、一時間くらい意識を失ってたんだけどね。
グレーターヒールで内部はほぼ完全に癒せたので、もう完治と言ってもいいだろう。魔法を使えて本当に良かった。
ただそのかわり、魔力が減りすぎて碌に動けないんだけどね。グレーターヒールの消費もあるが、発勁は予想以上にコスパが悪かったようだ。初めてだったし無駄が多かったか?
それにしても、全く酷いことしてくれやがるぜ! これで死んでたらどうしてくれたんだよ!
「……申し訳ない」
俺の横で深々と頭を下げているのは、ノアだ。一国の王にここまで頭下げさせちゃった俺ヤバくない?
しかし、ここまでする気持ちも痛いほど分かる。現に先ほど痛い目にあったからね!
「いえいえ。陛下のせいじゃないですって」
「しかしだな……」
「あ、やっと起きましたか! ロレッタちゃん! ほら早く!」
「ちょ、フォルテちゃん!?」
ノアと対話をしていると、俺が休んでいる部屋に仲良く手を繋いで騒がしく飛び込んでくる二つの影があった。ロレッタとフォルテだ。
いつのまにかちゃん付けで呼び合う仲になっているみたいだな。俺が気絶していた一時間の間に一体何があったというんだ……?
「ハジメさん、大丈夫ですか? 具合は?」
「すこぶる良好ってわけじゃあないが、まあまあまってところまでは回復したかな」
やっぱロレッタはいい子だよぉぉ! ちゃんと心配してくれるもの! 親の教育の賜物だね! これはウィリアムさんに報告だな! あの人きっと喜ぶぞ!
そんな会話をしている間も、仲睦まじくイチャコラしている仲良し少女? 二人だったが、フォルテの紺碧の瞳は俺をしっかり捉えていた。
「フフフ……これでまた遊べますね……!」
「ヒッ……!?」
こ、この戦闘狂! ロレッタに気づかれない程度に俺を睨んで舌舐めずりしやがった! 俺の恐怖指数はマックスだよ! むしろオーバー?
可愛い見た目だが、相手は俺を殺しかけたバトルジャンキーだ。絶対に油断を見せてはいけない。のだが……。
「……大丈夫かハジメ?」
「……すいません大丈夫じゃないです。今度こそ死にます」
◆◇◆
一応は動けるようになったので、一度応接室に戻り今回の取り調べ? の再確認と、この後の馬車の手配などに関してだ。馬車を用意してくれるのは本当にありがたい! ……尻尾は痛むけど。
「ありがとうございます。それと……すいません」
「何がだ?」
「俺達、かなり迷惑だったんじゃないかと思いまして。ほら、俺たち一般的な平民なわけじゃないですか。対する貴方は一国の長。そこには絶対に超えられない身分の壁があるというのに、かなり真摯に対応してくださったので」
その言葉に、ノアは口元に笑みを浮かべた。それまでの真面目な雰囲気とは一八〇度違う、言ってしまえば溌剌で勝気なわんぱく小僧の笑顔だ。
その笑顔は、非常にフォルテに似ていた。
「そう気にするなよ。これは私の趣味みたいなところもあるからな」
「趣味?」
「そうだ。平民とこうして一対一で話して、互いの本音をぶつけ合う。互いの身分が違えばこそ、そうやって知らない世界を知ることで高め合えるんだろう? それに、今回君達は特例だ。なんていったって君は異世界人なのだからね」
そんなものなのだろうか……。王様ってこう、もっと平民に対して威圧的に、それこそある物全てを搾取する勢いで見下してくるものだと思っていたが、この人やラミスさんはそういった欲望の塊とはまるで違うな。
ただ、目の前のノアは決して愚王ではない。むしろ民を第一に考える善王だ。
それは、彼の快活な笑顔が物語っていた。
………
「では、また来るがいい! 歓迎するよ!」
「ハジメ! ロレッタちゃん! またね!」
シャローム組に手を振られ、紙吹雪が舞い盛大に……とまではいかないが、満面の笑顔で見送られながら、帰りの馬車は少しずつガタゴトと進む。
流石、王が手配しただけあって、騎士団の用意したものとはまるで違う。
サスペンションとクッションが跳ねた衝撃を吸収してくれるお陰で、尻にも尻尾にも負担がかからないのだ。こいつはありがたいな。
「あ、海ですよ!」
「おおー海だな」
ロレッタが指差す方向を見やれば、建物の奥に水平線が覗いていた。
すでに南天を大きく反れた太陽は、眩しい西日で漣立つ紺碧の海面を照らしている。
これが冬じゃなかったら、御者に頼んで沖まで寄り道してもらうんだけど……。生憎今は冬。海水浴なんてできそうにない。釣りならできるかもしれないけど、かなり時間がかかるからダメだな。幸い俺たちが住むエルグラシア王国の北部も海に面しているから、最悪そっちに行って釣りをしよう。その前に釣り仲間を探さなきゃ……。
俺達がディアスに到着したのは、その次の日の昼の事だった。
◆◇◆
執務室に戻り、ノアは先程の獣人の少年に聞いた証言を再度確認する。
(関連性がないであろうことは確かなのだが、あの容姿は疑わしい。だが、素性を隠す意味もない……)
ブツブツと呟きながら、人のいない部屋で思案する。
彼に害意など毛頭ないということはわかった。セルシオの観測通りだ。
だが、怪しい。赤髪の狼獣人であるということも、異世界人であるということも。
それに、フォルテとの模擬戦で使った技。アレには見覚えがある。アレは『彼』がよく使っていた近接技だ。独特の手法だし、間違いない。
「まさか、ね……」
“賢王”の異名を持つノアも、まだ“真相”を掴むには至らないのだった。
次回からは新章!新キャラに、新展開に、真面目な進展!乞うご期待!