31話 拳で語る妹君
「待っていましたよハジメ! さあ、早く始めましょう!」
うわぁあの娘、広い中庭のど真ん中で仁王立ちして構えてるよ。どれだけ楽しみなんだ……。
てか、アルビノ? なのになんの対策もせずに外にいていいのか……? 家臣たちが何も言わないから、大丈夫なのだろうか。
って思ったら、何やらフォルテの周りに魔力の壁が張られていた。ははーん、魔法でUVカットしてるって訳ね……えっそれでも眩しいんじゃぁ……? うーん……。
装備を確認して見ると、どうやら近接格闘用にチューンされた煌びやかで刺々しい籠手と、どうやら希少金属で補強されている革製の胸当てだけだった。本当に戦闘狂かな? 拳て語る系エルフお嬢様。なんか新しいジャンルができそうだな。
ていうか、いつの間に着替えたの? ドレスって脱ぐの中々大変だと思うんだけど……。あれか? 専属メイド部隊のプロのなせる技ってヤツ?
まあ、気にしたら負けだろう。
リーチを考えると、俺の一番の得意武器である剣で挑むのは、正直言ってフェアじゃない。まあ、あくまで俺の主観だから、「一番得意なもので挑まないのは卑怯だ!」なんて言われるかもしれないけど。でも、その時はその時だ。
というわけで、フォルテの装備を参考に久しぶりに武器を“創造”したよ。
この冬の新作は、衝撃級取材がわりの革に謎の金属具を取り付けた質素な籠手と、先ほどの威力を踏まえ防御力に重点を置いた、これまた謎革ベースに謎金属製で補強した胴着だ。
「な、なんなのですか今のは!?」
虚空に手を翳して一瞬で装備した様を見て、フォルテが驚嘆の声を上げた。
フフフ、存分に驚くがいいさ!
もうすでに結構な人に異世界人バレしてしまったのだ。もう今までのように躊躇などしない。出し惜しみせずに使っていくよ!
「両者、準備は整いましたか?」
今回の審判は、先程まで満身創痍だったノアを介抱していた筈のセルシオだ。ノアはいつも何か回復したようで、庭の端で観覧している。日傘をさしているところを見るに、やっぱり日差しはあまり良くないと思うんだけどなぁ……。
思い違い? いやいや、あの肌の白さでアルビノじゃないなんてなったら病院に行ってしっかり見てもらえって話だ。
これは後で聞くとして、今は目先の戦いに集中しよう。
「も、勿論です! あ、手加減はなしですよ!」
「了解しました。俺もオッケーです」
お互いに声を揃え、声高らかに宣言する。
「それでは、始め!」
◆◇◆
俺の得意な戦法は、攻撃の隙をついて痛ーい一発を放って反撃するカウンタータイプ。ニックさんとの模擬戦の時に最初から仕掛けなかったのもこのためだ。
対するフォルテは、隙をついて瞬殺を狙うスピードアタッカータイプ。“俊拳士”と言ったところか。
「はああああっ!」
「ぐッ! ……らぁぁッ!」
「くっ…!なんのっ!」
「ふっ! はぁ! ああもう戦いずらいなァッ!」
お互いの拳が身体を捉えることができずに空を切る。
どちらも一撃離脱的な戦術を得意としているため、系統は違うがイマイチ決め手に欠けるのだ。
だが……。
「はああっ!」
ドゴォ!
「ぐぅっ!?」
俺の一瞬の隙をついたフォルテの一撃が、俺の鳩尾を抉る。追撃を仕掛けようとしていたので、瞬時に脚力を強化し距離をとった。間一髪だな。危ない危ない。
にしてもなんだ今の一撃は!? 拳に纏わせた妖気の効果だろうか、一瞬でゴッソリ体力を持っていかれたぞ! 防具がなければ今頃内臓グッチャグチャだっただろう。いや怖!
痛む腹をさすりながら、作戦を練る。
相手の拳は魔力で相当な強化がなされているらしい。恐らく机の比じゃないだろう。
きっと、あの籠手の効果もあるんだろうな。
くぅぅ! 鑑定スキルがあれば、きっとその正体もわかるんだろうが……。無い物は流石にペディもどうしようもないしなぁ……。
数週間の冒険者生活で、魔物の鑑定をする機会が何度かあったのだが、未だに成功の兆しが見えない。たかが数回では熟練度は上がらないのだろう。
相手のトリックのタネが分からないままでの勝負。それも格闘術に関しては圧倒的に練度の差がある相手だ。でも、負けたくない。……いくら相手が王族の、それも現国王の妹、国民の憧れの姫様だろうと。
ならば、脳筋で行くしかない……んじゃあないですかね?
距離が取れていることを利用し、俺は様々な効果を持った魔力を拳に纏わせる。莫大な魔力とその制御技術がなきゃ、まずできない芸当だろう。まあ、ほかの魔術師を滅多に見ないから俺の勝手な思い込みだけど。
少なくとも、初めてバイクを動かした時に比べたら魔力の扱いも幾分上達している。最早手足の域だろう。隠し腕的な? そのうち四刀流なんかもやってみようかな。
技のイメージはできた。あとは、実践してみるのみ。
目に見えてバフをかけている俺を警戒してか、フォルテが敵意を露わに一段と深く構えをとった。迎撃するつもりなのだろう。
「はぁっ!」
脚力強化、空間圧縮その他色々の魔法を駆使し、音速の域に迫る速度で距離を詰める。
フォルテがとっさに対応して見せたことには驚いたが、残念ながら俺には追いつけない。
避けてよろめいた隙を突いて、渾身の一撃を彼女の腹部に見舞った。
「……発勁!」
「……うぅぅッ!?」
中国拳法の奥義、発勁。相手の身体に気を流し込み、身体の内側からダメージを与えるものだ。
別に拳法を習っていた訳ではないから、魔力を用いてそれっぽく再現したものだが、どうやら成功したらしい。フォルテは体内で暴発する魔力に驚きの表情を浮かべていた。
しっかり再現してみせるあたりさっすが俺。伊達にこちらに来て今まで、与えられた知識、獲得したスキル、そしてセンスで生き抜いてきただけあるぜ。俺はいつからナルシシズムに目覚めたのだろうか……。
口から微量の血を吐き出しながら、フォルテは腹を押さえて倒れ込む。
この様子じゃあ、試合続行は無理そうだな。
フォルテが倒れるのを見て、宮廷魔術師たちが駆け寄ってきた。回復魔法をかけるのだろう。
でもなあ、俺がここまでやっちゃったわけだし、せめてこれくらいは、ね?
「……グレーターヒール!」
「……え?」
俺が魔法を唱えると、フォルテの容態が目に見えてよくなった。もう飛び跳ねられるほどには回復したらしい。良かった良かった。
「おお!」
「なんと高度な!」
その様子を見て、宮廷魔術師達は目を見開いて驚いている。フッフッフ、存分に讃えるがいいさ。猫の恩返しならぬ、狼の恩返しって……
「どりゃああああああ!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!??」
恐ろしいほどの衝撃が身体を襲う。見ると、フォルテの正拳突きがクリーンヒットしていた。良かったぁ〜防具着て……
「こらああああああああ! 他の国の姫様を吹き飛ばしちゃダメでしょうがぁぁぁぁぁ!」
「うげぇぇぇぇぇぇ! ?首締まる! 締まっちゃうから! ギブギブ!」
突然背後からの襲撃を受けた。……ロレッタも中々の怪力の持ち主だということを完ッ全に忘れてたよ。流石ギルマスの娘。もしかしなくても英才教育かな?
ロレッタが俺をキツく羽交い締めにして、フォルテが真正面からボコスカと殴る蹴るを繰り返す。この謎の連携プレイなんなん? ちょっ、痛い痛い!
一分とせずに、全身青痣だらけの血塗れボロ負け狼の完成! ……いや、なんでさ!?
ロレッタは叫んでたのが辛うじて聞こえたけど、フォルテは何で?
「ちょっ、フォルテ様、なんで……」
「まだ試合終了の合図は出ていませんよ?」
コテンと首を傾け、フォルテはニッコリ微笑む。……それが俺には悪魔の微笑みにしか見えないのは気のせいかな?? んん〜〜?
……血湧き肉躍る状態なフォルテを前に、俺は恐怖で戦慄くしかなかった。
「いってぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「あははははははっ!」