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『愛と青春の回顧録』▼
コー助が初めてオムニスにログインしたのは今から二年前だ。オムニスは科学が発展したイーオンと魔法に特化したアエラ、そしてその間に広がる干渉地帯というアーティファクト発生源の三つの領域から成り立っており、プレイヤーは初めにふたつの世界のどちらで暮らすかの選択を迫られる事となる。
彼は魔法の世界アエラに身を置く事を決め、首都テラで住民登録を済ませるとしばらくはひとりでふらふらと動き回ったり、適当なパーティーやギルドに参加して一緒にクエストに挑んだりしていた。瑠璃のルックスとぶりっ子のキャラクターから男性プレイヤーからナンパされたり、仲間への正式な加入を求められたりする事がしばしばあり面倒だったため、いっその事アカウントを作り直して今度はちゃんと男としてやっていこうかなんて考えていた頃にマルクと出会った。
それは倒せばレア・アイテムをドロップしたり、大量の経験値を得たりする事が出来るモンスターが突発的にフィールドに出現するという内容の緊急イベント期間中だった。当時の瑠璃はまだ現在の様に拠点を決めておらず、町から町を転々としていた。その移動の道中でばったりこの特殊モンスターと出会ってしまったのである。
まだオムニスを始めて間も無かったコー助はレベルも低く、ひとりで立ち向かうにはステータスの差があり過ぎた。絶体絶命かと思われたその時、鋭い剣撃が瞬く間にモンスターを倒してしまった。その助けに入ったのがマルクだ。
その後、彼は瑠璃を次の町まで護衛をしながら送ってくれた。彼もソロ・プレイヤーで町を移りながらアエラで生活をしていた。しばらくはその町に滞在するとの事だったので、コー助が次の日ログインしてもまた出会った。何度か触れ合う内に、彼はコー助に戦い方を教えてくれる様になった。クエストに付いて来てくれたりもした。そうして何かと瑠璃の面倒を見てくれた。
ある日酒場でマルクと飲んでいた時、彼が自身について少しだけ語ってくれた事があった。
マルクがオムニスを始めたのはこの時よりも更に一年ほど前らしかった。彼も瑠璃と同じ様に、始めたばかりで右も左もわからない頃にフィールドでモンスターに襲われ倒れそうになった事があったという。その時に通りすがりの女性プレイヤーに助けてもらったそうだ。
「その女はルシオラといった」
目を輝かせて話していたマルクの顔を、コー助は今でも覚えている。
「あの人の強さは圧倒的だった。それからあの人は俺の目標になった。俺もいつかあの人みたいに強くなりたい。いや……あの人を越えてやる」
後から知ったのだが、ルシオラは当時から既に名を馳せていたプレイヤーで、この少し後にアエラ一の人口を誇るロクスソルス王国の騎士に抜擢される事となる。普段は口数が少ない彼が彼女の事になると途端に雄弁に語るのを瑠璃は珍しそうに眺めていた。
それからコー助は彼と行動を共にする事を決めた。強くなりたいと言っていたが、コー助からしてみれば彼も十分強かった。いろいろ世話もしてくれるし、仲間になっておいて損は無いと思った。それに、それまでに相手をしていた男のプレイヤーとは違って大人しい彼は接しやすかった。それまで仲間を作ってこなかったマルクだが、瑠璃をすんなりと受け入れてくれた。
彼からプロポーズを受けたのは仲間になって一年と少しが経った去年の十月だ。テラの宝石屋で買ってきた指輪を見せて、マルクはやや恥ずかしそうに言った。
「結婚……しないか」
突然の告白にコー助は非常に驚いた。女の子と交際した事さえ無いのに、結婚を申し込まれるとは不思議な感覚だった……しかも男から。
「……そんなに深刻に考えなくていい。何というか……これはその……これからもよろしくという事だ。別に本気でお前に恋してる訳じゃないから、安心してくれ。ここはオムニスだ。現実じゃない」
困惑したが、瑠璃は差し出された指輪を左手の薬指に受け入れた。まあ、彼の言う通りだ。あくまでもこれは仮想世界。現実世界の感覚を引きずっていてもしょうがない。郷に入れば郷に従えともいう。
「……よろしくお願いします」
しかし男である事を隠しているため若干の後ろめたさはあったが……。
鉄平とライラと出会ったのはその少し後だ。以降は四人でパーティーを組み、メノスの町を拠点に決め、今に至る。
今思えば、マルクがルシオラに憧れているのも、瑠璃を助けたのも、彼が実は女だったからであると考えればより納得がいく。
「いや~、たまには採集ものどかでいいね~」
とある休日。瑠璃達はマルクを除く三人で鉱物の採集に勤しんでいた。オムニス内は朝日の輝きが強くなってきた頃だ。ライラがツルハシを振っていた手を止め、額の汗を拭う仕草をする。もちろん実際に発汗はしていない。
「昔を思い出すよ。ウォーリアーの頃はしょっちゅうこうやって岩削って、武器強化の素材集めてたな~」
ウォーリアーとはマルクや鉄平の様な白兵戦闘を主体とする職業だ。彼女は元々はウォーリアーだったそうなのだが、自分には向いていないと判断し途中でヒーラーに変えたらしい。鉱物は武器や防具の精製、強化の他にも、魔法石と呼ばれる使い捨ての道具の生成にも利用出来る。魔法石にはその名の通り魔法を繰り出す以外にも、キャラクターのステータスを一時強化するなど、様々な種類がある。
「そ~? 私はめんどくさいからそんなに好きじゃないけどな~」
瑠璃がシャベルを岩に突き立てて嘆息する。岩を粉々に砕いてしまうため、魔法の使用は厳禁なのだ。
「マルクは今日もひとり修業か……! おっ、砂金見~っけ。金になるぜ」
「ここ最近ずっとだね、ひとりで修行」
「うん、そだね……」
コー助とマルクがリアルで会ってから一週間と少し。あれ以降彼女はひとりで修業する事が多くなった。というか、一度もクエストに参加しようとしない。残された三人は戦力が削がれたため敵のランクを落とした討伐や、現在の様に採集系の依頼を適当に回しているのだった。補足だが、採集クエストでは採集依頼のあるアイテム以外は自分の物にしていい。
「んまあ、強くなりたいのはわかるし、お陰で俺達も助かるけどよー、あんまりこんなのが続いてもたまんないぜ」
「あはは……今日帰ったら伝えとくよ」
瑠璃は苦笑した。最近はあまりまともに会話をしていない。
……まさかあいつ、やっぱり俺と会うのが気まずくなったのか……?
「ああ、よろしく頼むよ。近々あれがあるだろ?」
「…………あれ?」
……って、何だっけ……。
CONTINUE.




