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 桜井テン子。それがマルクの本名。その正体は入学時からずっと不登校の、コー助のクラスメイト。

「……や、やっぱりあいつだ……!」

 職員室で担任教師に問い合わせコー助は桜井テン子の写真を見せてもらっていた。間違い無い。どう見てもマルクだ。

「園崎が桜井と知り合いだったとはなあ」

 教師は彼からテン子のプロフィール・シートを取ると、まじまじと写真を見つめる。

「家を何回か定期的に訪問してはいるんだけど、俺は一度も会えず終いだ」

「はあ……そうなんですか。俺も実際に会ったのは外で2回だけですけど」

「元気なのか?」

「ええ……普通に」

「そうか……ならいいんだけど」

「あ、あの……」

「ん?」

「裏金で入学したとかっていうのは、ほんとなんですか……?」

「はあ? 何だそれ。ちゃんとお前らと一緒の試験を受けてるよ。出席日数は明らかに足りてないけど、ていうか0だしな、だけど定期的にテストを受けさせて、学力は相応にあるから特例で進級もさせてる」

「ああ、頭いいっすもんね、あいつ……」

「で、急にどうしたんだ? あいつの住所でも知りたいのか? 会いに行くのか?」

「あ、いや、違います……ちょっと確認したかっただけです」

 住所を把握した所でどうせ今は実際にこちらから接触を図れる状況ではない。本人とのメールさえ出来てないのに……。

 暗い表情のまま彼は職員室を出た。

 あの時、コー助が瑠璃としてマルクに言った事は、全て真実だったという訳だ。ほんの冗談のつもりでけらけらと笑いながら発した言葉が、マルクの……テン子の心に突き刺さった。

「俺は……最低な人間だ……」


『核心の密談(ガールズトーク)』▼


 その夜、いつもの様にコー助はオムニスにログインしてみた。マルクが普段通りログインしているかもしれないと思ったからだ。

 だが彼の姿は無かった。接続状態を確認しても、オフラインだ。

「あれ、マルクの奴今日は珍しくいねーのか」

 鉄平が呑気な声を出す。

「風邪でもひいたかな。ルリルリ、何か聞いてる?」

「えっ!? ……ううん、何にも」

「明日はショウタイムだぜ……大丈夫かな」

 俺のせいだ。俺のせいであいつは……唯一の居場所だったこのオムニスにもいられなくなった。脳裏に最悪の光景が浮かぶ……どこかの屋上から、身を投げ出すテン子の姿……。

 耐えられなくなり瑠璃は首を振った。どうか、そんな事にはならないでくれ……。

「そろそろ時間だ。行くぞ」

 マルクを除いた三人は集会所へと向かった。いよいよ明日に迫ったショウタイムの打ち合わせだ。コー助からすれば、こんな時にショウタイムなんてやる気にはなれないが。ボードの前に立つプレイヤーが熱心に作戦を伝えているが、その内容のほとんどは彼の耳に入ってこなかった。

 いつの間にか説明が終わり、プレイヤー達は解散した。鉄平が今夜これからどうしようかと言い出した時に、ライラが瑠璃の手を引いた。

「ごめんね~鉄平。私達はこれからちょっとお茶しに行くの」

「へっ?」

 彼女の予想外の行動に瑠璃は声を上擦らせる。突然どういう事だ。

「なっ、何だよそれ。俺がいちゃ駄目なのかよ」

「ガールズ・トークよ。男子禁制」

「……くう~っ、それを言われちゃ何も言えねえ。くそっ、マルクがいれば男同士で酒でも飲めたのに……じゃあいいよ、俺はひとりで寂しくモンスターでも相手にしとくよ」

「ごめんね~、今度お酒奢るから」

「絶対だぞ!」

 拗ねながら鉄平はひとり、クエストへと向かった。

「……さっ、ちょっとお話しよっか、ルリルリ」

「え……うん」

 男なんだけど、俺……。


 瑠璃を引き連れてライラが足を運んだのは、喫茶店ではなくミーティング・ハウスだった。密室で話し合いが出来る場所だ。

「……マルクとケンカしたの?」

 紅茶を注ぎながら唐突にそんな事を尋ねてくる。瑠璃はびっくりして彼女の顔を見た。

「……何でわかったの」

「そりゃあ、そんなに暗い顔してちゃあね。女の勘よ」

 ライラ、おっとりしているが意外に勘がいいらしい。

「……うん、実は、ね」

 瑠璃は自分がマルクを傷付けてしまった事を彼女に話した。

「ふ~ん、そっか……」

 頷いてライラは紅茶の入ったカップを瑠璃に差し出す。瑠璃は一口啜った。グラフィックが動き、少しだけ減った。

「ずっとメール送ってるんだけど、全く返信が無くて。私、心配で……もしかして……」

 カップを持つ瑠璃の手が震える。

「もしかして、リアルで最悪の結末になっちゃったらって考えると、怖くて……」

「……大丈夫よ」

 ライラは優しく瑠璃の手を包んだ。

「きっと大丈夫。マルクだって、ルリルリがわざと傷付けようとした訳じゃないってわかってるわよ」

「……そ、そうかなあ……」

「そうよ。あの子、大人しくて人付き合いは苦手そうだけど、真面目だもの」

 ゆっくり、ゆっくりと、彼女は安心させる様に瑠璃の手の甲を撫でながら話す。

「きっと、マルクもルリルリに謝りたいって思ってるはずよ。だから大丈夫。明日になったらショウタイムに参戦するんじゃないかしら。燃えてたもの」

「……」

「……じゃあルリルリは、明日のショウタイムはやめとく? 集中出来ないでしょ」

「……正直、マ……ダーリンが悲しんでるのに、ひとりでショウタイムを楽しむ気にはなれないよ……でも、ログインはする。もしかしたらライラの言う通り、ダーリンもインしてるかもしれないし……」

「うん、きっとするよ、マルクは」

「……どうして言い切れるの?」

「女の勘」

「……あはは」

 誰かに話して、コー助の気分は少し楽になった。やっぱりライラは年上だ。こんな時は頼れるお姉さんって事か。

「ねえ、もうひとつ質問いい?」

「……何?」

「ルリルリってさ、男でしょ」

「!?」

 また飲もうとしていた紅茶のカップをつい落としてしまう。幸いな事に割れる事は無かった。

「な、なに~? 突然……」

「……」

 ライラは全てを見透かした様に微笑んで真っ直ぐ見つめてくる。

「も~、ライラってば冗談きついよ~」

「……」

「……」

「……」

「……あー……」

 観念してコー助は唸った。ボイス・チェンジャーを切る。

【……どうしてわかったんだよ……】

「あら、案外良い声」

【……それはどうも】

「女の勘よ」

【……】

 女の勘、恐るべし。

【もしかして、鉄ちゃんも気付いてる……?】

「ううん、それは無いと思う」

【そ、そっか……】

 彼は安堵の息を漏らした。

「でも、私以外でも気付いてる人はちらほらいると思うよ」

【ええっ!? そうなの!?】

「うん。ただ、気付いても別にただそれだけだけど。だってここってそういう場所でしょ?」

【……は、はは、確かに……】

「さて、ルリルリの秘密もわかった所でそろそろ出ますか」

【あ、うん……】

 コー助はボイス・チェンジャーを再びオンにした。

「ルリルリがたくさん反省してるのは十分わかってるから、お姉さんはルリルリを励ましてあげよう」

 突如彼女は両腕を広げ、正面から瑠璃を抱き締めた。端からは姉妹の様に見えるかもしれない。

「大丈夫、マルクは絶対戻ってくるから。だから安心してよく寝なさい」

「……うん、ありがとうライラ」

「じゃあまた明日、ショウタイムでね。いつも通りみんなと同じぐらいの時間に来るね」

「……うん。俺……私も、とりあえず顔は出すから」

「それじゃあお休み」

「うん、お休み」

 彼女のログアウトを見届けてから、瑠璃もログアウトをしようとした。

 が、ある考えが浮かび、もう少しだけオムニスに居座る事にした。


 そして、ショウタイムがやってくる。

CONTINUE.

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