Lv.10
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光の輪がマルクの体を包み、足元から滑る様に上っていく。スキャンするかの如く彼の全身を通していくと、その頭上で収束し消えた。
「……」
彼は無言でメニューを開き、自分のステータスを確認する。たった今身に付けたスキルが何なのか、それのチェックだ。
「……!」
目を見開いた。一同は固唾を飲んでその様子を見守っている。
「…………や、やった……!」
続いて口元を緩める。これは、どうやら良好な結果らしい。
「『残影の追い太刀』……レアリティー五ツ星だ……!」
「……や、やったあダーリン!」
すぐそばにいた瑠璃は思いきり彼に抱き付いた。鉄平とライラもすぐに駆け寄る。
「これでまた強くなったね!」
「うおいやったじゃねえか!」
「鉄平は三ツ星しか出なかったもんね~」
「うっ! うるせーぞライラ!」
「……みんなのお陰だ」
マルクは改まってパーティー・メンバーの顔を見た。スキルを自主的に身に付けるには「スキル習得用素材」と呼ばれるアイテムが必要だ。その素材は主にクエストで手に入る。仲間の力があったから、様々なクエストに挑んでこれた。
「ありがとう」
「いや~夏休み、頑張ったもんねえ」
瑠璃は二ヶ月前の事を思い出す。補習地獄を何とか回避し、夏休み限定のイベントに毎日精を出した。あのイベントで手に入った素材の力が大きい。高レアリティーのスキル生成確率が上昇する物だ。
「……これで、あの人にまた一歩近付いた」
「あの人……」
ルシオラ、か。ロクスソルスの騎士。マルクの憧れ。
「これで明明後日のショウタイムはバッチリだな!」
「ああ……前回出なかった分、今月は暴れまくってやる……」
「そういえば、今月のショウタイムは新しい戦術を取り入れるとか掲示板に書いてあったわね」
「新しい戦術? 後で確認しとくか」
「さあさあ、今夜はダーリンの新スキル習得祝いにパ~ッと飲みましょ~!」
「あ、あの、ルリルリ? 一応俺も習得したんだけど!」
一行は行き付けの酒場へと足を向けた。
「ねえ、ダーリン」
飲み終えた後のログアウト直前。ふたりきりの時に瑠璃はマルクに声をかける。
「明日はさ、クエストお休みしない? ふたりにはさ、私がメッセージ送っとくから」
「……? どうしてだ?」
「どうしても。ダーリンとデートしたくって」
「……そこまで言うなら別に構わないが」
「じゃあ、約束だよ」
「……ああ」
「ふふっ。じゃ、また明日ね」
夫に手を振って瑠璃はログアウトした。
『砕けた仮面』▼
翌日、瑠璃がログインした時にはいつも通りマルクが待っていた。
「いっつもダーリンを待たせちゃってるね」
「気にするな」
不思議な関係だ、とコー助は思った。リアルでの俺達はこんな会話なんて絶対にしない。だけどオムニスならこれが当たり前だ。自分達で決めた事とはいえ、何だか奇妙だ。
「も~、ダーリンまたそんなカッコして~。デートの時はそれなりの服を着てって言ってるでしょ~」
「あ、ああ、そうだったな」
マルクはメニューを開き適当に着替えた。武器も防具も装備していない、プライベート用の服装だ。
「今日は何をするんだ? 買い物か?」
「ん~とね、ウィンドウ・ショッピング。よし、それじゃ行こ~」
彼女が今日彼をデートに誘い出した目的。それは……プレゼントを買うためである。いや、正確に言うと彼に買うプレゼントを決めるためだ。
季節は流れ、今は秋。十月。ふたりが結婚してからあと三日で一年が経とうとしていた。瑠璃が用意しようとしているのは結婚記念日のプレゼントだ。
リアルではちょっといざこざがあり一時はごたごたしてたけど、何だかんだでこいつには世話になってるしな。夏休みの補習地獄も免れたし。だから今日はこいつと店を回って、何をあげたら喜びそうか見極めてやる。
まず最初にふたりは武器・防具屋に入った。店内には様々な種類の装備品が陳列されている。
候補その1。新しい装備。
瑠璃は真っ先に剣のコーナーを見ていく。片手剣、大剣、短剣……色々な種類が売られている。
こいつが使ってるのは刀身が長いタイプだよな……似た剣が飾られていたので手に取って小さく振ってみた。軽い。動きが速い。下手したらコー助の思考を追い抜いているのではと思うくらいだ。ウォーリアーになった事が無いコー助でさえわかる。これはいい剣だと。値段を確認してみる。
「……!」
あまりにも高過ぎた。(アエラに)家建てられる金額じゃねーか!
「……お前、ウォーリアーになるのか」
「えっ? あ、ちょっと気になって振ってみただけ。ダーリンに合いそうだなーって」
「ふむ……確かにいい剣だ」
彼も試しに振ってみる。
「だけど少し軽過ぎるな。しっくりこない」
「へえ、そうなんだ……」
高ければいいって訳でもないのか……ちなみに瑠璃は以前マルクのアドバイスを参考に買った杖を今でもずっと使っていた。
彼の動きを見ていたが、どうやらこの店の剣に興味は無いらしい。それから適当に杖を見定めるフリをして、さっさと次の店に移る事にした。
「あ……」
外に出る直前、レジの横にとある武器が飾ってある事に気が付いた。「清流ノ巖突 ルシオラモデル」。ルシオラが以前使っていた槍と全く同じで、塗装などの彼女が後から手を加えたデザインも完全に再現している物だった。数量限定と書かれている。
「いや~、ルシオラって改めて凄い人なんだね~」
「……ああ」
候補その2。アクセサリー。
アクセサリーは特殊効果が付いている物もあり、戦闘時に役に立ったりもする。
「お前、こういうの好きだよな」
装飾品屋の店内で棚を眺めながらマルクが言った。彼(女)は「強くなる」という面でオムニスを楽しんではいるが、それ以外にはあまり興味が無い。生粋のゲーマータイプのプレイヤーだ。一方でコー助は遊戯にお洒落にと、オムニスでの生活を楽しんでいる。全て演技だが、それを含めてゲームとして楽しんでいた。
「ダーリンもちょっとはビジュアルに気を遣えば~? 元はいいんだから」
そう言いながら適当にアクセサリーを物色していく。自分の物を選んでいる様に見せかけて男物ばかりを手に取っていた。ちらちらマルクの姿を確認しては、アクセサリーを換える事を繰り返している。今は瑠璃ではなく、コー助としての感覚で選んでいた。俺がマルクを動かしているとしたら、どんなアクセを付けるか……いや、マルクの事だ。やはり特効付きのが嬉しいに決まってる。
「ん」
ふと手を止める。握っているのは可愛らしくデフォルメされたモンスターがプリントされているブレスレットだ。子供ウケが良さそうなデザインである。
これあいつに似合いそうだな……子供っぽいし。普通に付けてても違和感無さそうだ……。
と、はっとする。何で俺はリアルのあいつに似合う物を選んでんだ。
「いいのがあったか?」
後ろからマルクに声をかけられ慌ててブレスレットを戻した。
「え? うん、いくつかね!」
一応目星はいくつか付けた。ここはもう出よう。
候補その3……もふポコ。
「……!」
もふポコ・ショップには何十匹ものもふポコが放し飼いにされていた。この店に入った途端、珍しくマルクの顔に動揺が広がっていた。中身はやはり女子だ。
「お、お前、もふポコに興味があったのか……!」
「こないだ見たら可愛いな~って思っちゃって。ダーリンも好きなんでしょ?」
「あ、ああ……」
マルクは一匹のもふポコを抱きかかえ撫でていた。何とも愛くるしい画だ。彼も込みで。
う~んあの顔……もふポコ、ありかもしれない。
「さ~て、次はどこに行こうかな」
もふポコ・ショップを出た後、手応えを感じていた瑠璃は上機嫌で町を歩いていた。
「まだ行きたい所があるのか?」
嘆息してからマルクが尋ねてくる。苛立っているのではなく、やれやれ、と言いたげな様子だ。それはまるで、恋人に向ける顔……いや、実際ふたりは夫婦なのだ。
「もしかして……怒ってる? 修行の時間削っちゃって」
怒ってなどいないだろう。コー助にはそれがわかっていた。もう長い間、彼と付き合っている。この台詞はまあ……お約束だ。
「いや、怒ってないよ」
「よかった。ダーリンって強くなる事に必死なんだもん」
だから全ては、コー助の油断のせいだった。
「毎日毎日修行してさ」
喜ぶマルクを見て、コー助も少し浮かれていたからかもしれない。
「毎日毎日ログインして」
だから、こんな事を言ってしまったのだ。
「リアルの方ちゃんとやってる?」
一瞬、ほんの一瞬マルクの肩がビクリと上がった。だけどそれを瑠璃は見落としていた。この時、この些細な反応に気付くべきだったのだ。
「……大丈夫だ。問題無い」
「え~? ほんとかな~?」
「…………ほんとだ」
ほんの微かに荒くなるマルクの息遣いに、コー助は気が付かなかった。彼自身、少しからかう程度だったのだ。
「ダーリンちゃんと友達いるのかな~? とか思ったり」
「……あ……ああ」
だから、そんなつもりじゃなかったんだ。
「もしかして~、ひきこもりさんだったりして!」
そんなつもりじゃ、なかったんだ。
「な~んちゃって! じょ~だ……」
唐突に、破裂音が深夜の町に響く。マルクが、その右手で、瑠璃の左頬を力一杯ぶっていた。
「え……」
「……!」
そしてそのまま、彼はいずこかへと走り去っていった。瑠璃をその場に置き去りにして。
「………………え……………………」
「瑠璃ちゃん、大丈夫!?」
たまたま通りがかった男のプレイヤーが駆け寄ってきた。
「マルクの奴……女の子に手を上げるなんて、男の風上にも置けねえ。あんな奴だとは思わなかったぜ」
「だ……大丈夫、大丈夫だから……」
どうしてだろう、ここでは痛みなんて感じる事の無いはずなのに、この時はやけに、瑠璃がぶたれた左頬の、あるはずの無い痛みが、コー助にも伝わってきた。
この夜、世界の片隅で、ひとりの少女が誰にも気付かれる事無く、涙を流したのを、世界中の誰も知らない。
翌朝。コー助は気分が浮かないまま学校に来ていた。あの後マルクにメールを送ったが、返事は来ない。
言ってはいけない事を言ってしまった。すぐにそう直感した。触れてはいけない事だったのだ。
「よっ、コー助。おっはー」
「はよー」
席に着いた彼の元に友人達がやってくる。
「……おう」
「何か元気ねーなあ。どした?」
「いや……ちょっとな」
そりゃある訳ねーよ。これでへらへらしてたら俺は悪魔だ。
「楽しみだよなあ、修学旅行」
「もう少しだなあ」
友人ふたりは修学旅行の話題で盛り上がっていた。来月に迫っているのだ。修学旅行ねえ……こんな気分でさえなけりゃ、俺も一緒に盛り上がれるんだが……。
「そういや、結局桜井は今年も学校に来そうにねーな。もったいねー、修学旅行が高校生活一のイベントだったのに」
「まあ突然修学旅行だけ来たら来たでビビるけどな」
「ははっ、だなー」
ピクリ、とコー助の耳が反応する。
今、何てった……?
「な、なあ」
「ん? どったのコー助。修学旅行の話題で立ち直った?」
「今、何つった?」
「修学旅行?」
「だ、誰が来たらって……?」
「ん? 桜井だよ桜井。ま、そりゃ覚えねーな」
友人は教室の最後列の角の席を指で示す。そこには誰も座っていない。
「不登校の桜井テン子だよ。あいつ入学式から来てないんだぜ。裏金で入ったって噂だ。ははっ」
「!!」
思わずコー助は立ち上がった。友人の口から出た名前に、聞き覚え……いや、見覚えがあったからだ。
あの時、夏休みに入る前、図書館の和室で見たネームタグ。そこに書かれていた名前と同じ───。
「そ、そいつって、ちっこいのか……? き、金髪で、い、犬だか猫だかの耳みたいな形の寝癖が付いてて、で、め、目付きがスゲー悪い奴……?」
「ん? そうそう。中学一緒で最後に見たのは1年の時だったけど多分そいつで合ってるよ。目付きがとにかく悪い。何コー助、お前桜井と知り合いだったの?」
「! ……!」
誰もいない席を振り向く。
「……な、マ、マジかよ……同じクラス……同じクラスだったのか……!」
CONTINUE.




