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Lv.9

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 数々の炎の弾丸が地面を穿つ。立ち上る煙に視界を塞がれ戸惑う鬼のモンスター目がけて、少しの乱れも無く凛々しい顔の少年は(つるぎ)を突き出した。とどめの一撃。クエスト・クリアーの効果音が鳴り響いた。


「いや~見事見事。新婚旅行から帰ってきてから絶好調だな、お前ら」

 四人はいつもの酒場でテーブルを囲んでいた。木製のジョッキに入ったビールのグラフィックを鉄平はごくごくと喉に滑らせていく。

 彼の言葉通り、マルクと瑠璃のコンビネーションは以前、いや、むしろそれよりもさらに良くなっていた。新婚旅行の、潜彩窟のあの出来事がきっかけとなって何かが変わったのは事実だった。

 にも関わらず、瑠璃の表情は浮かないのである。

「今月はショウタイムがあるからな。今までで一番いい成績残せるかもしれねーぞ」

 ショウタイム。オムニスで三ヶ月ごとに開催されるイーオン対アエラの戦争イベント。この世界で一番盛り上がる祭りだ。

「んー……そ、そだね……」

「どうした瑠璃? 表情が暗いが……」

 マルクが心配して彼女に声をかける。今ではふたりはまた普通に接する様になっていた。

「…………いや、ショウタイムなんだけどさ……私、今回はパスでいい……かな……?」

「え? どうしたんだよルリルリ」

「いや……こないださ、期末試験があったんだけどさ……あ、赤点取っちゃって……ちょうど22日が追試なの……」

 ショウタイムは決まって二十一日に発生する。試験の前日だ。

「ああ……そうなのか……大変だよな、勉強は……」

 鉄平は昔を思い出す様に頷く。瑠璃は顔の前で掌を合わせた。

「だから今回はごめん! もし追試も落としちゃったら補習地獄が待ってるから……そしたらお盆までインが制限されちゃうよ……」

「いやいやそういう事情ならしょうがねーよ。リアルの方が大事だろうし。学生の本分は勉強だしな」

「……」

 マルクはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「なら、今月は俺もパスだ」

「へっ!?」

 驚いて瑠璃は声を漏らした。

「なっ、何でダーリン!? いつも楽しみにしてるぢゃん!」

「妻のお前を置いて俺だけ楽しむ訳にはいかないよ」

「いやいやいや! いいってそんな気を遣わなくても!」

「じゃあ俺達もパスだな」

 今度は鉄平だ。

「なっ、ライラ?」

「そうね~。私達は4人でひとつのパーティーだからね」

「ふたりまで……うう……ありがとうみんな~、大好きだよ~!」

 そう言うと彼女は酒を一気に飲み干した。

「ごちそうさまっ! じゃあ今日はもう落ちるね! 勉強してきます!」

「おうっ!」

「頑張って~」

 微笑む仲間達に見守られながら彼女はログアウトをした。ほどなくしてマルクも席を立つ。

「俺も落ちるよ。またな」


 インターフェイスを顔から外したコー助は気持ちを切り替えて床に放置していたカバンから教材を取り出した。とその時、机の上の携帯がメールの受信を伝える。相手は……何とマルクだ。


『そんなにヤバい訳?』


 オフで会ったあの日以降ふたりは全く連絡を取っていなかった。思わぬ事態に彼は少々戸惑いながらも返事を打つ。


『安心は出来ねーな』


 これに対する彼女からの返信はすぐには来なかった。十五分ほどが経った頃、再び受信のメロディーが鳴る。


『………………じゃあ、あたしが教えてあげるわよ』


「は?」

 コー助は目を丸くした。


『色めきの再会(アゲイン)』▼


 週末、コー助はまたあの駅を訪れていた。彼女と初めてリアルで会った時に待ち合わせ場所として使ったあの駅だ。

 マルクはこの間と同じく、キャップを深々と被って大木前の椅子に座っていた。

「よう……待たせたな」

 コー助の声に反応し、顔を上げた彼女はギロリと睨んでくる。まさかこれ、挨拶のつもり?

「……別に、大して待ってないわよ」

「相変わらず目付き悪いね。あと口も」

「うるさいわね! あんたこそ相変わらずじゃない!」

「そんなに嫌なら帰ればいいじゃん……」

 何で会おうと言い出したんだこいつ……。

「せっかく外に出て来たんだから我慢するわ」

 だからお前が言い出したんじゃん……。

「そういや、リアルで会うのはこないだが最初で最後って言ってなかったっけ」

「……! 今日がほんとのほんとに最後!」

 またギロリと彼を睨んだ後勢いよく立ち上がった彼女をコー助はまじまじと見つめる。

 背は低い。中学生と言われてもおかしくない。同い年というのが未だに信じられない。夏という事もあり服装は大分薄い。襟元にフリルがあしらわれているレースのノースリーブのシャツに、太股を半分ほどしか隠していないデニムのショートパンツ。加えて裸足にサンダル。全体的に露出が高い。

 体は小さいが、だからといって痩せている様にも見えず、健康的な肉付きをしている。胸は……体型に合わせたコンパクトな仕上がり、と表現しておこう。

 ぶっちゃけルックスは良い。目付きを除けば。

「……何よ」

 マルクはまた眉をひそめた。八重歯が物々しく威嚇する。

「……お前、ほんとに同い年なんだなって」

「だからかなり前からそう言ってるでしょ!」

 ギロリッ!

「あ~、すまんすまん。だから睨むなよ」

「で……どこで勉強するの」

「ん? こないだのファミレスでいいんじゃね?」


「申し訳ございません。ただいま満席となっております」

 前回のオフ会の時に使ったファミレスに入ったが、残念ながら席は空いていなかった。

「! あ、こないだの! よかった、仲良くやってるんですね」

 応対していた店員は前回の一部始終を見ていたあの女性だった。コー助はぎこちない笑顔で返す。

「いやーまー仲がいいのかは微妙ですね……」

 さて、予定してた場所が駄目だったぞ。

「どうするのよ」

「ん~……他の店探すか……あ」


 扉を開けるといぐさの匂いが鼻を刺す。八畳ほどの和室の空間だった。マルクはすぐにサンダルを脱ぎ捨てて部屋に上がる。

「わ~、畳だ……!」

「履き物くらいちゃんと揃えろよ」

 彼女のサンダルを正してからコー助も靴を脱ぐ。マルクはぺたぺたと壁を触っていた。和室がそんなに珍しいか?

「ウチ、畳無いの」

「へー……」

 コー助はとりあえずエアコンのスイッチを入れる。

 ここは図書館だ。館内にはいくつか貸し出し用の部屋があり、会議や集まりで使用する事が出来る様になっていた。この和室もそのひとつである。以前友人から図書館の部屋を借りて勉強した事を聞いていたコー助は試しにやって来たのである。空きがあって助かった。これで勉強が出来る。

「静かだし、ここなら集中出来そうね」

「だな」

 ふたりはテーブル越しに向かい合って腰を下ろした。

「で、教えてくれるのはありがたいんだが……どうすんだ。俺が解いてて、わかんなくなったら聞けばいいのか」

「それでいいんじゃない? あたし本読んどくから」

 マルクはリュックから雑誌を引っ張り出す。オムニスの攻略情報を特集した物だった。ずこっ!

「お前リアルでもそんなんなのかよ……」

「! なっ! 何よっ! いいじゃない別に!」

 顔を真っ赤にしてギロリ! 相当オムニス好きだよな、こいつ……。

「夏休みにはイベントがいっぱいあるのあんたも知ってるでしょ。あんたに出てきてもらわなくちゃ困るから今だって渋々ここにいんのよ」

「それはそれはすいませんねえ……」

 まあ補習地獄よりかはオムニスの方が遥かに楽しいのは事実だし、今はこいつに感謝するしかねーか。

「そういやお前ここ最近も毎日ログインしてたけど、テスト大丈夫だったのかよ」

「……大丈夫だからログインしてたに決まってんでしょ」

「ま、人に教えられるだけの事はあるしな」

「いいからさっさと始めなさいよ」

「へいへい」

 数学の問題集を広げてコー助は解き始めた。シャープペンを走らせて数式を展開していく途中で、ふと手を止める。

 あれ、これって、同い年の女子と密室でふたりっきり……?

 ちらりと対面するマルクに目を向ける。彼女は頬杖を突き雑誌に目を通していた……アホらしい。何を意識してるんだ俺は。

 ……しかし、黙ってる分には普通に可愛く見えるもんだな。

 彼の視線に気が付いたマルクがこちらを見る。と同時にギロリと目を鋭くした。

 目付きが良ければ、と付け足しておこう。

 問題集に向き直りまた頭とペンを働かせ数分。コー助は唸り声を上げた。これ、どうすんだっけ……?

「わかんないの?」

 声に反応したマルクが身を乗り出し顔を近付けてくる。コー助は問題集の向きを反転させて少しだけ彼女の方へ差し出した。

「どれどれ……」

「!?」

 彼は思わずある一点を注視してしまっていた。マルクが身を乗り出しているせいで、見えてしまうのである。服の襟元が開き、中が……。

「え~っと、ここの角度が重要になってくんのよね……」

 角度! 角度が重要になってくんだよ……! もう少し、もう少しで……!

 ちらちらと、見える。うっすらと、見える。ほんのりと、見える。下着の縁が……。

「だからaはここを出せばわかる訳でしょ? で、bは……」

 A……いやB……いや、まだAだろうか……あ、胸の話です。

 っていかんいかん! 何をやってるんだ俺は! 彼は問題集を彼女から取り上げた。

「あ! ちょっと! 人がせっかく説明してるのに……」

 マルクは更に身を屈めてくる。だ、だからそれ以上水平に近付くとヤバいって……!

「あ~っ! わかったわかった! わかったからもう大丈夫! お前は安心して雑誌に戻るがいいさ!」

「何でちょっと偉そうなのよ」

 お前は何でちょっとエロいんだよ! いや俺か!

「お、お前、そっちにいると教える時めんどいだろ? 隣来いよ」

「え? ……別にいいけど」

 彼女は立ち上がりコー助の隣に座った。よし、これでさっきみたいな事態は起こらないだろう……。

「んー、またわかんねえな……すまんマルク、教えてくんねーか?」

「え? はいはい」

 畳を擦りマルクは彼との距離を縮めた。

 ……というか、ゼロ距離まで体を持ってきた。ぴたりと腕が当たる。

「……」

 今度は近過ぎませんかね、マルクさん。

「ちょっとペン貸して。この先も同じ感じの問題が続いてるから一回あたしが解いて見せるわ」

「お、おう……」

 半ば強引にコー助の手からシャープペンを奪い取ると、彼女はすらすらと数式を書いていく。その間、コー助の腕にはずっと柔らかい感触があり、小刻みに刺激してくるのである。

「……!」

 彼はたまらず彼女の二の腕に視線を落とした。透き通る程の白さ。ふっくらと膨らみ、もちもちとした肉感……いくら年下に見えようとも、彼女はやはり年頃の女の子だ。微かに甘い香りも漂ってくる。シャンプーなのか、香水なのか、制汗剤なのか、その正体が何なのかはわからないが、女の子の匂い。オムニスでは決して味わう事の出来ないもの。

 ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。思春期の少年の情欲を駆り立てるのに、それは十分だった。エアコンの効きが悪いからか、彼女はぱたぱたと襟元を引っ張っている。それによって起こる囁く様な風がまた、彼女の匂いをコー助の鼻腔へと運んでくる。

「……!」

 彼はついマルクの肩を掴み、力強く押し離した。突然の出来事に彼女は困惑していた。

「ふあっ!?」

「お前は……!」

「ちょ、ちょっと何よ急に!」

「お、お前はもう少し! 自分が年頃の女子で! 同い年の男子と密室にふたりきりって状況を理解しろっ!!」

「…………!」

 彼の言葉を聞き、マルクの顔が見る見る内に赤くなっていく。ようやく彼女もそういう意識を持ったらしい。

「は……はあっ!? な、なな何よあんたっ! あ、あああたしをそんな風に見てた訳!?」

 マルクは抱き抱える様に自分の体を両腕できつく縛った。

「さっ……ささささいってーっ! 人がせっかく教えてあげてんのに!」

「俺だって見たくて見た訳じゃねーよ! 不可抗力だよこれは! 近過ぎんだよお前は! もうちょい距離感考えろ!」

「なっ……!」

 赤面したまま彼女はすっくと立ち上がる。

「ど、どこ行くんだよ!」

「お、お手洗いよ! 女子にそういう事聞かないで!」

 くるりとコー助に背を向けて慌てて扉に向かう。しかし途中で畳に落ちていたシャープペンを踏んでしまい、つるりと足を滑らせた。先ほどコー助が突き放した際に手から飛んでいったのだろう。

「あっ!」

「うおっ!」

 彼女を受け止めようとコー助は手を伸ばす。マルクはふらりと体勢を崩しそのまま……。

 ドサッ。と部屋に大きな音が立つ。

「……」

「……」

 ふたりは畳の上に倒れていた。仰向けになったコー助の上に、うつぶせになったマルクがすがる様な体勢で重なっている。ちょうどコー助の胸の辺りにマルクの顔があった。

「……」

「……」

 コー助の手は彼女の腕をがっしりと掴んでいた。ふにふにの、柔らかい感触。脚にもある。太股の柔らかい感触。今触れている物全てが柔らかい。しかし一方で、少しでも力を入れるとたちまち壊れてしまいそうな脆さも感じさせる。女の子の肢体。

 汗ばむ皮膚。漏れる吐息。高鳴る心音。甘い匂い。触れる体温。驚く事にふたりは、しばらくの間このままじっとしていた。というか、どうすればいいのかお互いわからなかった。さっさと彼女を起こすべきだ、そう考えていても、彼女が何も行動を起こさないのならばもう少しこのままでもいいかな……なんて、この期に及んでコー助はそんな事も思ってしまうのである。哀しいかな思春期。

 しかし彼ははっとする。自分の胸。そこにある彼女の顔。これはまずい。ずっと激しく高ぶる心臓の音を聞かれている。かなり恥ずかしい。

「……ト、トイレ行くんじゃなかったのかよ」

 ようやく声を絞り出す。

「! ……」

 すっかり大人しくなった彼女を彼は優しく起こすと、自分も立ち上がり身なりを整える。マルクは無言のまま部屋を出ていった。

「……ふ~っ」

 それを見届けてから脱力したコー助はへなへなと壁にもたれて座り込んだ。

「……これ何てギャルゲー……?」

 こりゃまた嫌われたかな……ふと、テーブルの向こう側にあるマルクのリュックが目に入る。ポケットのひとつ、そのファスナーの取っ手に何やら大きなキーホルダーが付いていた……いや、キーホルダーではない。

 ネームタグだ。

「!」

 つい見てしまった。そこに書いてある、彼女の名前。マルクではない。彼女の本名。現実世界の名前。急いで目を逸らした。

「……リュックに名前て……小学生かよ……」

 一方的に個人情報を知ってしまうのはマナーとしてよろしくない。見なかった事にしよう……。

 彼女が戻ってくると早々にコー助の方から帰る旨を告げた。あんな事になって、引き続きこのまま勉強する気にはとてもじゃないがなれなかった。どうせ彼が言わなくてもマルクの方から言い出していただろう。駅までの帰り道、消えたはずだった気まずさをまた感じながらも彼は尋ねる。

「……もしかして、また口利かなくなります?」

「……」

 前を歩くマルクは振り向かないまま、

「……さ、さっきのはわ、わざとじゃないって事はわかってるし、そ、それにあ、ああたしにも少しは責任あるし」

やや早口で答えた。これは、大丈夫っぽい?

「……やっぱりあんたとは二度と会いたくない」

 最後に小さく付け加えた。だけど、今までほどきつい言い方には聞こえなかった。

 駅に着いた。マルクが帰る方向はコー助とは逆らしかった。改札を抜けて別れ際に礼を言う。

「今日はわざわざありがとな。その……頑張るよ、追試」

 ほとんど勉強出来てないけど……。

「……当たり前よ。あんたには夏休みもしっかり来てもらわないとね。今回は出ない分、次のショウタイムまでしっかり鍛えとかないと」

「おう、ダーリン」

「……ね、ねえ……」

「ん?」

「………………や、やっぱり何でもない」

「?」

 何かを言いかけて、彼女は歩き出した。

「またオムニスでね」

 ぎろり。少しだけ目付きが優しくなった様に見えたのは、気のせいだろうか。

CONTINUE.

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