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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第三章 四月
8/30

図書委員 其の一

「せーんぱい。今年も図書委員やるんですかー?」

 新学期も始まった四月の帰り道、満開を過ぎて散り始めた桜が桃色に染めた遊歩道で、いつもの通り俺の隣を陣取った成川が長い茶髪とブレザーの裾をはためかせながらそんなことを聞いてきた。俺はそれに嫌悪と取ることができるであろう視線を向けて言い放つ。

「なんで俺が去年図書委員やってたこと知ってるんだよ」

「いや、そんなの知ってるに決まってるじゃないですかー」

「こえーよ。何お前ストーカーだったの? いやもう十二分にストーカーなんだけどさ」

 俺はもう数か月間ずっと放課後付きまとってきている成川を見ながら数歩距離を取った。するとそれを見た成川が満面の笑みでその距離を再び詰めてくる。というかさっきよりも若干距離が近くなった。失策だった。

 はぁ、とため息を吐いてあからさまに嫌な態度を示してみるが成川は依然として笑顔を浮かべたままだ。

「先輩だってわかってるじゃないですかー。先輩が図書委員の当番で遅くなるときだって私が先輩のことを待ってるって」

「いや、あれはもう忠犬よろしく俺が現れるまで待ち構えてるのかと。いやそれも大概怖いんだけどね。というかどっちにしろストーカーだから」

 あからさまに引き気味に、危険人物を見る目で今度は体を逸らして距離を取った。

「いーじゃないですかー。先輩も嫌がってないんですしー」

「そう? これ嫌がってないように見える?」

「見えます」

「お前眼球レンタルして来いよ。もしくは修理に出せ」

「フルオプション付きですので大丈夫ですよー。自動修復だってできます」

「できてねえだろ」

 いつも通り軽口を叩きあいながら桜色の絨毯を土足で汚す。隙間から覗いた灰色と茶色のレンガをザッと靴で鳴らした。

 卒業式も終わり、短い春休みも過ぎた新学期。新入生だって入ってきたというのに、俺の見る景色は変わりはしなかった。

 視覚的には四季を感じてはいても、その奥に見えるものは根本的には何も変わらない。ただの遊歩道と、気の抜けるような声色の後輩だけ。

 代り映えのしない景色の代わりに自分の気持ちだけでも入れ替えようと一つ息を吐いてから、成川に尋ねる。

「で、図書委員がなんだって?」

「先輩今年も図書委員やるんですか?」

「一応やるつもり」

「さすが先輩、まじめですねー」

 言うと、いつものようにあざとく体を傾けて俺の顔をのぞき込んでくる。あからさまな自己顕示欲の表れにため息が出てしまう。

「別に真面目じゃねえよ」

「先輩の自己評価はかなり的外してますよ?」

「あほか、頭の上に乗っけたリンゴ打ちぬくくらい正確だわ」

 真面目なんて言ってくるのはこいつくらいのもの。家族にだって真面目だなんて言われない。根暗や不思議なんて貶し文句ならばいくらでも聞かされてきたが、真面目だとか優しいなんてことは言われたことがない。だから、俺の自己評価は的を射ていて、こいつの俺に対する評価は的外れ。成川一人だけが優しいなんて口にしようが、その他大勢は俺のことを根暗で言葉数の少ないお一人様くらいにしか思っていないはずだから。

 それに、ことこの委員会に関しては真面目なんて言葉が当てはまるはずもない。

「てか、本当に真面目な理由じゃねぇし」

「そうなんですか?」

 俺が自虐的に言うと成川はきょとんと小首をかしげて俺の顔を覗き込んだ。あざといんだよな。

 俺は成川の大きな瞳から逃げるように顔を逸らして鞄を背負い直した。そしてぶっきらぼうに履き捨てるように言う。

「内申点のためだよ」

「…………?」

 その一言で理解してほしかった、というか理解できるはずなのだが成川はさっきとは逆側に首を傾げた。何、首回しすぎて脳が揺れてるの? 大丈夫?

 仕方ないと思い俺は再びため息を吐くとどういうわけか説明してやることにする。

「三年になれば、受験とか考えてるもんなんだよ。だから気休め程度でも委員会だのとかの加点が欲しいわけ。三年間同じ委員会にいるって書かれれば何も書かれてないよりはいくらかマシだろ」

 生徒会なんて目を見張る肩書でなくとも何もないよりははるかにマシだ。部活動にだって所属していないのだから何もしていないと本当によろしくない。具体的には面接のときに自分をよく見せるものが減ってしまう。

「まぁつまりはそういういやらしい魂胆があるってことだ」

「それはいやらしいんですかー?」

「まぁそうだな。肩書欲しさに委員会やるくらいだからな」

 委員会で何かしらの貢献がしたくて、なんて立派な理由じゃない。自分をよく見せたいがための行動だ。それをいやらしい魂胆と言わずして何と言うか。

 自分の保守的な考えに嫌気がさすが、十数年積み上げられた俺の性格だ。今更それが変わるなんてことはない。考えが多少変化することはあっても、性格は今更変えられない。俺はそういういやらしい人間でい続けることを許容しているのだから。

 しかし、それは俺が俺に抱いている評価であって、隣を歩く成川の評価ではない。的外れな彼女の評価は彼女にしか出せない。

 だから彼女はあざとく唇に人差し指を当てて、不思議そうに小首をかしげるのだ。

「別にいやらしくはなくないですか?」

 彼女のその言葉を聞いて、俺は「は?」と声を出してしまいそうになった。

 俺はそのとげとげしい声をすんでのところで押しとどめながら成川の横顔を見た。するといつもなら俺の顔をのぞき込んでくるはずの成川は言葉を選んでいるのか宙を見上げながら唸っている。けれどそれも数秒のことで、はたと何かを思い出したかのように口を開いた。

「だってですね? 委員会をして学校とか地域のためにとか、そんな風に尽くせる人なんていないと思いますよ? 尽くせる人はそれなりに見返りを求めてたりするものじゃないですか。それこそ先輩みたいに。自分にとって何も見返りがないのに何かできる人なんていないと思いますよ」

「そういうもんかね」

「そういうもんですよっ」

 言葉尻を跳ねさせながら言った成川は、笑顔で俺のことを見つめた。何を得意げに言ってるんだこいつはと思わなくもないが、とりあえず今は黙っておいてやることにする。だからさっさとこの話を終着点までもっていけと視線で促す。

 俺の視線の意味するところが伝わったかどうかは定かではないが、成川はタップを踏むようにスキップするとずいっと俺の顔を覗き込んだ。

「先輩は自己評価低すぎですよ」

「妥当だって言ってんだろ」

「低すぎですよ。自分の悪いところばっかり見てるじゃないですかー」

「まあ目立つからな。勝手に目に入る」

「先輩めんどくさいですよねー」

「俺もそう思う」

「認めないでくださいよー」

 否定して欲しくて言った言葉だったのか、成川は唇を尖らせて不満を訴えかけてくる。毎度毎度よくもまあ飽きずにそんな顔ができるもんだ。

 感心半分嘲笑半分で成川のことを見ると、彼女はなぜか得意げに笑顔を浮かべた。

「まあ私は気にしませんけどねー」

 そしてニッと歯をのぞかせると、ほんのりと頬を染めながら俺との距離を一歩縮めた。

 瞬間、ああまたそのパターンか。と呆れたため息が出そうになった。けれど、成川はそれよりも早く言葉を紡ぐ。

「面倒なところも、大好きですしー」

「はぁ」

 成川が言い終わると同時、俺の口から深いため息が漏れた。それが気に食わなかったのか成川は頬を膨らませた。

「なんでため息なんですかー」

「よく飽きもせず毎日言ってるなと」

 不毛なやり取りをそれこそ毎日行っている成川に感心を通り過ぎてただただ呆れる。どれだけ自分の可愛さをアピールすることに必死なんだか。そういうのは俺みたいなのじゃなくてもっとガードの緩そうな、話しかけられただけで「あ、この子俺のこと好きなんじゃね?」みたいな誤解をする人にやるべきだ。そうすれば成川の思い通りの反応をしてくれることだろう。

 けれど成川はそんな簡単に落とせそうな男ではなくなぜか俺にご執心で、俺がため息を吐いて飽き飽きしていると訴えかけても俺の顔をのぞき込み続ける。

「飽きませんよー。私は本当に先輩のこと大好きですから」

「はいはいそうですか」

 まっすぐに見つめてくる成川とは裏腹に、俺はプイっと明後日のほうを向いて適当にその言葉を受け流す。

 見つめ合いはしない。成川が見つめれば俺が目を逸らし、成川が目を逸らしているのなら俺の視線が成川へと向かう。視線は交わりはしないけれど、今すぐにでも見つめ合える距離にいる。それでも磁石なのかと思うくらいにそっぽを向き続ける。

 そしてやっぱり、成川が目を逸らせば俺は成川のことを見ているのだ。

 そんな自分の視線の動きが気持ち悪くてため息を吐きながら誤魔化すように口を開いた。

「で、なんでいきなりそんな話振ったんだ」

「そりゃ好きだからですよー」

「そっちじゃねえよ」

「へ?」

 俺がぶっきらぼうに言うと成川はきょとんとして小首をかしげた。成川の視線が俺のほうへと向けられたから、自然と俺もまた目を逸らした。

「図書委員、やる気でもあんの?」

 俺が訊くと成川はなるほどと言いたげに頭の上に電球を浮かべた。

「あ、そっちですか。そうですねー。やろうかなとは思いますよー。先輩がやるならですけど」

 そう言うと成川は俺の顔をのぞき込んでぱっと華やぐように笑った。また、俺の視線がどこかへと逃げる。

「あーそうですか。委員会の時でも俺をからかっていたいとそういうことですか」

「違いますよー。からかってるんじゃなくてアプローチですよー」

「それがからかってるって言うんだよ」

 軽々しく好きだのアプローチしてるだのと口にする茶髪の後輩に嫌気がさしながらも吐き捨てるように言う。ところが成川はご機嫌だ。なぜに?

「先輩。図書委員やるんですよね」

「まぁほかにやる人がいなければ」

 なおも不愛想にそっぽを向き続けるが、成川の視線は俺のほうを向いたままだ。なに、どうしたの気持ち悪いんだけど。

 いったい何がしたいのかと思ってちらりと成川を見て見れば、満面の笑みを浮かべていた。

「じゃあですね。約束しましょう」

「は? 約束?」

 聞き返すと成川は何が嬉しいのか知らんが元気よく「はいっ」と返事をした。

「今年は一緒に図書委員になる。なのでほかの人が図書委員やりたがっても譲っちゃだめですよ?」

「それ約束じゃないだろ。半分命令だから。いやほぼ命令だから」

 抗議のつもりで文句を垂れてみたのだが、成川は俺の言葉など意に介するつもりもないのか念押しと言わんばかりに俺との距離を詰めて言う。

「約束、ですからねー」

 そんな風に迫られたからか、いつものように視線を逃がすことに意識を割かれてしまって文句を言うことができなかった。

 遊歩道をスキップで歩く彼女を横目に、俺は今日何回目かもわからないため息を吐いた。


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