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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第二章 三月
7/30

卒業式準備 其の四

「せーんぱい。お疲れ様です」

「……は?」

 下駄箱に行くと、笑顔の後輩の姿があった。ご丁寧に俺の靴箱の目の前で俺を待ち構えている。……何こいつ、なんでいるの?

 おそらく俺はあからさまに嫌な顔を浮かべたはずなのだが、目の前の後輩は嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。何こいつ、怖いんだけど。変態さんなの?

 そう思いながらもため息をついて成川を押しのけて靴を履き替える。その際も成川は妙に嬉しそうだ。

「……何、どうしたのお前。なんか怖いんだけど」

「怖くないですよー。いつも通りじゃないですか?」

 そう言っていつも通り前のめりに体を倒して上目遣いに俺のことを見上げてくる。それはもうこれでもかというくらいあざとく、一周回ってときめくことが難しいほどに。

 俺はもう相手をするのも面倒で成川を無視してその横を通って下駄箱を後する。

 しかし成川は当然のように俺の後をついてきて、いつものように俺の横――左側を陣取った。

「……お前誰か待ってんじゃないのかよ」

「先輩を待ってました」

 当然のことの様に言うこの後輩は挑発するかのような視線を俺に向けてくる。その視線をまっすぐ見つめてしまわないように顔を逸らして言う。

「よくもまぁあんなことがあったのに待ってましたね。なに、お前ドMなの? 変態さんはちょっと守備範囲外なんだけど」

「違いますよー」

 不貞腐れたように頬を膨らませて言うとニッと笑って俺のほうを見た。

「あの時は邪魔だって言われましたけどー、放課後は別じゃないですか?」

「何そのプラス思考。メンタル強すぎんだろ」

 興味なさそうな体を装いながらも、ちらりと成川の様子をうかがう。けれど俺の心配は杞憂なのか彼女はいつも通り後ろ手に鞄を持って笑顔で俺の横を歩いている。そのかばんの持ち方って何、狙ってんの? 膝裏にあたってこけそうにならないのかね。

 なんて自分自身で冗談を繰り返して循環する。

 すると成川はお笑顔で俺の顔を覗き込みながらあざとーく声を投げかけてくる。

「それにですよ? ここで先輩から離れたら疎遠になりそうじゃないですかー」

「どうだかな。まぁ疎遠になっても今まで通りに戻るだけだからいいんじゃね?」

「先輩のツンデレー」

「どうした? 宇宙と交信でもしてんのか?」

 わけがわからない物言いに茶化してそう言うと成川は嬉しそうに笑った。ほんと何。今日はいつにもまして怖いんだけど。いや普段は怖くないんだけどね。

 矛盾だらけの脳内そのままに笑顔の成川を見つめる。

 本当にいつも通り。見なれた光景だ。俺の気遣わない歩調に合わせて早足に歩く姿も、身長差のせいで見上げるように俺のことを見つめてくる瞳も、彼女越しに見た殺風景な学校の花壇も。違うのは、夕日の指す前に帰宅できるこの状況くらい。あとは何もかもいつも通り。代り映えのしない日常。

 つい1~2時間前、その日常に亀裂を入れかねないことをしたというのに。

「何。何が目的なのお前」

「先輩の隣にいることですよー」

 どうでもいいんだけどと言いたげな態度で聞くと、成川はあらかじめ用意していたかのような言葉を吐いた。

 瞬間俺は成川のほうを見つめてしまい、必然成川の視線が合った。

 夕日も出ていないのにほんのりの紅潮させた頬をほころばせる成川を見ていられず俺はそっぽを向いた。

 すると成川はいつも通り間延びした声で、少したしなめるような声音を混ぜながら言った。

「まーでも、会長さんには感謝したほうがいいかもですよー?」

 何をと聞き返す代わりに成川のほうを見れば、彼女は挑発的に笑った。

「もしかしたら私、先輩のこと諦めちゃったかもしれないですしねー」

「はーそうですか。そりゃ残念だ」

「少しは真面目に聞いてくださいよー、っていうかそれどっちの意味ですかー」

 俺が茶化すように言うとぷくっと頬を膨らませて異を唱えた。

 けれどそれもいつも通り一瞬のことで、ぱっと笑顔を浮かべると、あざとく俺の顔をのぞき込むようにして、いつものように成川は言った。

「せーんぱいっ。好きです」

「はいはい可愛い可愛い」

「またテキトーじゃないですかー」

 俺が言うと今度は頬を膨らますのではなくしょんぼりとうなだれた。あー、あざといね。かわいいよ可愛い。

 と心の中で茶化すように言って目の前に見えていた校門を抜ける。

 校門を抜けても、見える景色はいつもと変わらなかった。当然だ。入学してから毎日見ている景色なんだから、多少舗装されたりなんかしても大きな目で見れば代り映えのしないただの道だ。

 学校から大通りの十字路に続く道も、十字路のところにあるコンビニも。その奥の住宅街にある遊歩道も。何もかもが普遍的。取り立てて何か言うほどのこともない、取るに足らない風景だ。

 それでも、それがいいと思える。

 俺は今一度、横を歩く彼女に視線を向けた。一時間ほど前、傷付けてしまったであろう彼女のことを。

 横を歩く彼女は、まるで恋人と一緒に歩いているかのように幸せそうだ。急ぎ足でもスキップするように軽やかで、視線が合えば笑顔を浮かべる。そんな仕草にときめかないと言えば嘘になる。普段のあざとい仕草よりも、何倍も魅力的に映る。

 だから、罪悪感と高揚感が混ざったせいで、珍しく俺は自分から彼女に言葉を投げかける。

「悪かったな」

 昼間のこと。きつい言い方をしてしまったこと。邪険に扱ったこと。

 茶化しあいながらいつも通りを取り繕っていればいいのに、俺はそう口にしていた。

 どんな反応をするだろうと成川のほうを見ると、彼女は笑顔を浮かべて言った。

「先輩のツンデレー」

「なんでそうなるんだよ」

「事実ですよー?」

「事実無根ですよー?」

 わけがわからないのでとりあえず成川の真似をして茶化してみる。けれど彼女は気にしたそぶりも見せずに繰り返し言うのだ。

「先輩はツンデレです」

「ほんとお前の目大丈夫? あのチョコに目とか入ってなかったよね?」

「入ってないですよー。……そう言えばどうでした? おいしかったですか?」

 ふと話題に上がったからか、思い出したように聞いてくる成川。いったい何のことと茶化すには少々タイミングを逃してしまった。そもそも俺が話題を作ってしまった手前知らんぷりもできないので素直に答える。いつも素直だけどね。

「美味かったと思うぞ。比較対象がないから何とも言えんが」

「ならよかったです」

 百パーセントの誉め言葉じゃないのに嬉しそうに言う成川。その笑顔をまっすぐに見るとうっかり勘違いしてしまいかねないので顔を逸らした。

 こいつはただからかっているだけ。自分の可愛さがどれだけ通用するか実験をしているだけなのだ。だから何も期待しないように、勘違いしないようにするのが正しい。

 それにやっぱり俺はこいつのことを知らなすぎる。ここ最近新しくわかったことは人見知りということと、意外にメンタルが強いということ。

 今まで知っていたことを合わせても、きっとそれはこいつのすべてではない。そんな相手に簡単に惚れてなるものか。いくらちょろい男子代表でもそれくらいは警戒心が働くというものだ。

 だから俺はいつも通り興味ない体を装って自分の心すら茶化しながら口にする。

「ずいぶん嬉しそうだな」

「好きな人に褒められればうれしいですよー」

「脳内彼氏でもいんの? 俺お邪魔じゃない?」

 俺は陥落しそうな自分の心を戒めながらからかうように言って見せる。けれど、いつもよりかはいくらか早口で、もしかしたらそれが成川から見れば焦っているようにすら移ったのかもしれない。

 だから彼女は照れてもいないであろう頬を赤らめながら、からかうように言って見せたのだ。

「やっぱりツンデレですね」

 演技だと言い聞かせたかったのに、

はにかんだ笑顔には、不覚にもときめいてしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後の学校は、人の数が少ないせい寂しく見えるものだ。それは夕日がさすよりも前の昼間と呼んで差し支えない時間帯でも。いやだからこそより一層、人気のなさが際立ち異空間じみた空気を放つのだろう。

 帰りのホームルームがもう終わってしまったらしいと理解してから、生徒会長である深山は半ば諦めながらも早足を装って教室に向かっていた。一緒に仕事をしていた水谷は先に教室に向かわせたためもうとっくに教室についている。それに十分以上遅れて彼は自分の教室へ向かおうと廊下を歩いていた。

 すると、放課後もしばらくが過ぎ、人が少なくなった校舎で見知った顔が正面からやってくるのを彼はとらえた。深山が思わず視線を向けると、相手も彼の姿をとらえたようで驚いたように肩を震わせた。

「あっ……。あの、お疲れ様です」

「お疲れ様。さっきはありがとう。助かったよ」

 不必要に作った優等生の仮面をかぶりながら笑顔で答えると、見るからに元気のない成川が「いえ」と控えめな笑顔を浮かべて答えた。

 生徒会長である深山は、彼女のことをよく走らない。当たり前だ、名前だって今日知ったばかり。バレンタインの時に初めて見かけた程度の面識なのだから、知っているほうがおかしい。

 自分に興味があるわけでもない、何の接点もない後輩のことを知っているはずがない。

 けれど、それでも会長の目に今の彼女の様子はおかしいと言わざる負えないものだった。

 水谷と一緒に居る時は間延びした明るい声でしゃべり、会長といるときも精一杯仕事をしようと積極的に動いていたはずの彼女が、今は肩を落として視線を下げ、重い足取りで悲しげな表情を携えているのだから。

「大丈夫?」

 どうしたの、と問うべきではないと思った会長はそう口にした。どうかしていることは、一目瞭然だったから。

「あ、いえ、大丈夫です。あはは。すみませんなんか……」

 取り繕うように笑顔を浮かべた成川の姿は、痛々しい。とても花の女子高生がする表情ではない。失恋で気分が落ちているようというよりも、とても大切なものを失ってしまった後悔のようなものに似たものを感じる。

 そうなった原因は、言うまでもなく水谷だ。

 水谷のあの一言が、彼女にこんな顔をさせてしまっている。それは会長も理解している。

「今日は、水谷と帰らないのかい?」

 それでもなお会長は、優等生の仮面越しにそう告げた。

 その言葉を聞いた瞬間、彼女がわかりやすく硬直した。そして数瞬の間を開けてからもう一度乾いた笑いを浮かべて、脱力しながら言った。

「あはは、なんか、先輩のこと怒らせちゃったみたいで……。その、今日はちょっと、止めといた方がいいかなって、思いまして……」

 最初こそ笑って見せたものの、言葉の後半のほうはしりすぼみになってしまった。

 痛々しい。必死になっていつも通りを取り繕っている姿が、より痛々しさを増長する。演技でも何でもない。ただ純粋に傷つき後悔しているのだと、深山は思った。

 だから、深山はわざとらしく悩むぞぶりを見せてから問いかけた。

「成川さんは、水谷のことが好きなのかい?」

「…………はい、好きです」

 苦笑しながら自虐的に言った彼女は、「でも」と続けようとした。

 しかし、会長はそれをやんわりと遮った。

「なら、わかるんじゃないかな。水谷が、あんな言い方をした理由が」

「……え?」

 優しい声音に、意外な言葉に、驚いて声を上げる。困惑する成川に笑いかけながら、会長は言葉をつづけた。

「水谷は、あんまりたくさんの人と一緒に居るようなタイプじゃない。人当たりがいいわけでもないからね。どこか流すように人に接するし、自分から何かをするタイプでもない…………でも。とてもまじめでやさしい奴だ」

 水谷自身は、真面目なんかじゃないと自身を評価する。けれど、深山から見て水谷は真面目と言わざる負えない行いをしている。

 クラスメイトがしゃべっているだけの中、文句を言いながらも誰よりも卒業式の準備を手伝い、任された仕事も放棄せずにこなして見せる。水谷をよく知らない人ならば、普段のつかみどころのない態度からものを頼もうとは思わないだろう。けれど、深山は知っていた。見ていた。彼が誰よりも真面目に物事に取り組んでいる姿を。

 優しいというのもそうだ。何をすればいいかわからない成川を深山のもとまで連れて行き、人見知りで話しかけることのできなかった彼女に変わって会長に指示を仰いでくれた。

 決してわかりやすく助けてくれるわけではない。けれど、見捨てたりはしなのだ。

 ただまとわりついてくる後輩のことだって、無視することだけは絶対にしない。

「成川さんなら、それがわかるんじゃないかな?」

 だから、彼女になら分かるはずだ。そう深山は思った。自分は理解できなくとも、心のうちまで分からなくとも。何か理由があったであろうことは想像に難くないから。

「それは……そうですけど……」

 けれど、彼女の反応は芳しくない。

 それもそうだ。なんせ好きな相手から直接邪魔だと言われたしまったのだから。理由があったのかもしれない。そう思っても、もし本当に邪魔だと思われていたらどうしようと考えてしまうのだ。

 けれど会長はなおも笑顔を携えたまま、ささやくように語り掛ける。

「大丈夫だと思うよ。少なくとも水谷は、成川さんのことを迷惑だとは思ってないよ。…………ここだけの話、あの後ずっと水谷は思いつめたような顔をしていたからね」

「え!?」

 瞬間。彼女が驚きに声を上げた。そして同時に、瞳に光が灯る。

 それを見た会長は、優等生の仮面越しに嬉しそうに微笑んだ。

「多分、後悔してるんじゃないかな。あんな風に言ってしまったことを。ずっと俺の手伝いをしてくれていたのも、そういうこと」

 生徒会長で仕事が必然的に回ってくる深山はともかく、水谷は全くの部外者だ。だから当然、深山も無理して手伝わなくてもいいといった。けれど、彼は何度言ってもこう答えたのだ。

今日は(・・・)予定がないから、って言ってたからね」

「………………あっ」

 間をおいて、会長の言葉が意味するところをようやく理解した成川は目を見開いた。

「ツンデレ、ってやつなんだろうね」

 それを見た深山は、最後にからかうように言う。

 すると成川は一度首を垂れると大きく深呼吸した。そしてその息を吐き切ると、さっきまでの取り繕った笑顔はどこへやら、深山が初めて彼女を見たときのようなどこか投げやりにも見える軽々しい、けれどとても幸せそうな笑顔を浮かべた。

「そうですね。先輩は、ツンデレなんです」

 あざとく、持っていた鞄を背中に回して前のめりに言った。そして一瞬だけ瞳に影を落とすと付け足すように呟いた。

「……運命なんてないって言ったのは、私なのに」

 その言葉の真意は、深山にはわからない。けれど、彼女の中で何かがわかったのが、戻ったのがわかった。

 一安心、と言わんばかりに深山が息を吐くと成川はタタッとバックステップで会長から距離を取った。

「会長さん。ありがとうございます」

 そしてぺこりと綺麗なお辞儀をすると勢いよく顔を上げた。その顔は、嬉しそうな、楽しそうな笑顔が携えられている。

「いや、お礼なんていいよ。……さっきまで水谷は俺の手伝いをしてくれていたから、多分まだ帰ってないとは思うんだけど……」

「あ、大丈夫です」

 もう帰っている可能性もある、と伝えようとしたのだが、それを遮るように軽いトーンの声が響いた。

 どういうことだろうと思って深山が視線を向けると、成川は満面の笑みを浮かべて言った。

「先輩の下駄箱チェックしますし、もし先に帰られてたら追いかけますのでー」

「あ、そ、そう?」

 ストーカーでもしているんじゃないかと疑いたくなる物言いに会長の仮面がわずかにほころぶ。けれど、成川はそんなこと気にしたそぶりも見せずに会長からさらに距離を取って言う。

「はい。なので大丈夫です。ありがとうございました」

 そう言うと成川はもう一度頭を下げた。会長がそれにたいしたことはしてないよと手を振ると、ぱっと笑顔を咲かせて踵を返した。

 振り返りもせずに下駄箱へ向かって走り出した彼女を注意するでもなく、会長は一言呟いた。

「…………本当に好きなんだな」

 誰から見てもそれは明らかなのに、当の水谷だけが気付いていないことに少なからず苦笑して、会長は教室に向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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