卒業式準備 其の三
卒業式の準備が終われば、あとは帰りのホームルームをして下校ということになっている。中には教室に戻らずに体育館の近くで集まってホームルームをするクラスもあるらしいが、残念なことに俺のクラスはきっちりと教室に戻らなくてはいけなかった。
別に、そのことに対して何かを思ったりはしない。というか、どちらにせよ俺には関係のないことだった。
最後まで会長と一緒に仕事をしていた俺は、どうやらホームルームの時間を超過して労働にいそしんでいたらしく、教室に戻ろうとしたころにはもう生徒たちが鞄を持って下駄箱に集まっていることろだった。なんというブラックな。いや俺が進んで手伝ってたんだけどね。
別に急ぎの用があるわけではないが早足に教室へ向かう。
用事がないからこそ今日は早く帰りたかった。
階段を駆け上がって四階建ての校舎の三階にある自分の教室に向かう。
もう誰も生徒は残っていないだろうか。そんな用務員さんが考えそうなことを考えながら俺は重い鉄製の扉に手を掻けようとした。
瞬間、中から妙に甲高い耳障りな声が聞こえてきた。
一瞬で理解した。あいつらだ。
俺は一瞬扉を開けるかどうか悩んだが、別に俺には関係のないことだしなにより鞄がこの中にある。おいて帰るわけにもいかないので俺は普段通り、乱暴にでも、優しくでもなく、普通にその扉を開けた。
ガラガラ、ガチャンと、立て付けの悪い扉がところどころ引っかかって嫌な音が鳴った。その音を不快に感じたのは中にいた女生徒も同じらしく、俺はドアを開け終えるとさっきまでの嫌な声が止んでいた。
見ればやはりそこには体育館で見た三人組のギャルが行儀悪く机に座っていた。というかクラスメイトだったのかこいつら。
俺はちらりと三人組のほうへと視線を向けたがすぐに視線を戻す。一瞬目があった気がしたが、別に気にすることでもない。そういうこともあるだろう。
俺はその三人組のひそひそ話のような声を無視して教卓の真ん前にあった自分の鞄を指で引っ掛けて半回転。そのまま教室を後にしようと歩き出そうとした。
「ねぇ、水谷って会長と仲いいよね」
その時、タイミング悪く後ろから声がかかってしまった。見ればおそらく俺に声をかけたであろう金髪の女生徒が俺のほうを見ていた。
俺自身こいつらの名前は一人たりとも覚えていないのだが、どうやらこいつらは俺の名前を知っているらしい。
名前を呼ばれてそのまま立ち去るわけにもいかず。俺は律義に振り返った。
「……別に、そんなことないだろ」
数十分前に田所に聞かれた時と同じような答えを返した。
真剣に返したつもりはないし、ないがしろにしようと思ったわけでもない。考えるのも面倒で、反射的にその言葉を吐いた。
けれど、俺の言葉が届かなかったのか、それとも日本語を理解できていないのか、彼女は続けて俺の問いを投げかける。
「今日会長と一緒に居た女、誰か知ってる?」
「知らんけど」
「あっそ」
俺が言うと金髪の女が興味を失ったとでも言いたげな声で返事をした。
これでもう用事はないか、と思って鞄を背負い直す。別にこいつらのことはどうでもいいが時間がもったいない。早く帰って眠りたい気分ださっさと開放してくれ。と思って念のためほかの二人にも視線を向けると、案の定というか、茶髪の女から声が上がった。
「あっ、水谷さ。会長のタイプとか知ってる?」
「タイプ?」
「そうそう、好きなタイプ。知ってる?」
水とか炎とかそういうこと、と茶化そうと思ったのだがそれを言う前に矢継ぎ早に言われてしまってタイミングを逃してしまう。俺は一つため息を吐いてから「さあな」とだけ言った。
すると茶髪は不満げな目で俺を睨むとそっぽを向いてしまった。
これでこいつも言いたいことは終わりか。じゃああとは最後の一人、明るい茶髪の赤いネイルが特徴的の女だ。
「…………」
何か言いたいことはないのか、と問うように視線を投げると、そのままにらむような視線を返してきた。威嚇でもしているのだろうかと小首をかしげると虚を突かれたようなあほずらをさらしていた。
「……なんか聞きたいことあんなら答えるけど?」
視線だけの会話ができるはずもなく、俺から声をかけた。別にここで何も話すことがないと言ってくれれば何も言わずに去るだけでいいんだが。まぁ、本気でそう思っているならば話しかけたりしないが。
俺が訊くとネイルの女は頬杖をついて言った。
「じゃあ、会長の好きなものとか?」
「悪い、知らねえわ」
「は?」
間髪入れずに答えるとネイルの女が威圧したいのか目を見開いて俺を睨んだ。
三人は「何」「どういうこと」とかひそひそと相談を始めてしまう。別に他に誰もいない教室なんだからそんなことしても駄々洩れなんだけどね。
まぁ、とりあえずは、こいつら三人の聞きたいことには答えたかな。と勝手に決めつけて俺は息を吸った。そしてそのまま廊下へと向かう、はずもない。
立ち去りたいだけならわざわざ俺の方から声を掛けたりしない。
「俺も、一個聞きたいんだけど」
「は?」
俺が言うとあからさまに攻撃的な視線が向けられる。まぁ、ふざけた回答ばかりしていたんだから当然だ。別にそれをどうこう言おうとは思わない。ふざけてはいないんだけどね。事実なんだけどね?
俺は気にも留めずに彼女らに問う。
「あんたら会長のことが好きなの?」
「はい?」
何言ってんのこいつみたいな目で俺のことを見てくる。いやそんな目をされても困るのは俺のほうだ。だって実際わからないんだから。
けれど困惑した様子で三人そろって会議を始めてしまう。なので答えやすいように言葉を付け足す。
「会長のこと、アイドルみたいな感じで見てるだけなのか。本気で好きなのか、どっちなの?」
聞くと三人は示し合わせたように同じタイミングでうっと息をのんだ。
俺はあくまで軽い感じで、無邪気さすら垣間見えるように小首をかしげて答えを待った。すると三人は小さい声ながらも「好き、だよ」「うちも」「うちだって」と口にした。
「それは男として?」
「そうだよ!」
照れ隠しなのか、半ギレしながらおそらくは中心人物なのだろう金髪が答えた。
そうか、異性として好きなのか。はー。なるほどね。
まぁ、それくらい予想はしていた。っというか確信があった。
会長はかなり優れたルックスを持っている。だから周りがキャーキャー言っているのもわかる。中には手直なアイドル的なものとして会長を見ている人も少なくないことを知っている。むしろそういった人たちのほうが圧倒的に多い。
けど、そういう奴らは大体周りから見ているだけで何もしない。その人の目に留まろうとはしないし、でしゃばることはない。ましてや同志を貶めるようなことはせずにその気持ちを共有するものだ。
だから、相手をけん制して特定の女子と会長が近づくことをゆるさない彼女たちの行動は間違いなく後者だと思っていた。
まぁだから、この質問自体に意味はない。
確認作業にすらならない無意味なもの。けど、話を流れは作れただろう。
俺は「そっか」と満足げに見えるように心が気たしぐさで言うと三人のことをまっすぐに見つめた。まぁ、たぶんそうは見えてないだろうな。興味なさげな感じに見えてるなこれ。
「まぁ、会長のタイプは知らねえしわかんねえけど。男として気になるタイプ見たいのなら教えられる」
言うと、三人の目が輝いた。俺を敵としか認識していなかった目が、変わった。
さっきの俺の質問で試されていただけとでも勘違いしてくれたのか、あからさまに好意的な視線に変わった。
それでも疑心暗鬼だ。警戒心そのままに信用していない。でもそれでいい。こいつらの気持ちなんてどうでもいい。ただ俺は忠告したいだけだ。
「男からしたら……自分からは何もしない女は嫌だと思うもんなんじゃねえかな」
「…………は?」
俺が言うと、彼女たちは数瞬の間固まり、ぼやくような声を上げた。当然だ。男としてどんな女性に引かれるかという話だったはずなのに、どんな女性は異赤と論点がすり替わってしまったのだから。
けれど俺はその反応を無視して言葉を続ける。
「例えば、話しかけもせずにただ待ってるだけの奴とか。中途半端に相手の目に留まろうとしただけで努力したとか思うような奴とか」
俺が言葉を続けても彼女たちは困惑したままクエスチョンマークを浮かべている。
これでは俺の言っていることなんて伝わらないだろう。けどそれでいい。今の部分は伝わらなくてもいい。言いたいことは一つだけだから。
俺は一瞬間をおいて、できるだけ強調して言った。
「あとは、人を落とそうとするやつ。とか」
「っ」
言った瞬間。彼女たちの顔つきが変わった。俺は伝わってくれたことの安堵で息を吐きそうになるが言葉を続ける。
「会長はどうかわからねえけど。少なくとも。必死で何かしてるやつを貶めようとするやつを好きにはならないだろ」
純粋に手伝いをしようとしてくれていた後輩を、あんな敵意のこもった目で睨むような。人の努力を認めようとしない女は、男から見て魅力を感じない。
「まぁだから何。本当に好きなら、会長自身に直接何かアタックなりアプローチなりした方がいいんじゃねえの?」
別に彼女たちを責め立てようとは思っていない。人を好きになることはどうこういうつもりはないし、それは誰かが文句を言っていいことじゃない。
ただ、俺は成川があんな目で見られたことが嫌だった。だから、そう見られないようになればそれでいい。彼女たちの攻撃的な視線が薄れるならそれでいい。だからあくまでアドバイスの体を装って、彼女たちの考えに新しい何かを埋め込めればそれでいい。少しだけ、記憶に残る程度でいい。
まぁ、そもそも成川がそんな目で見られてしまった原因は会長と仲良くしていたせい。ひいてはそう言ったアプローチをしていると勘違いされたせいだ。
俺が成川のことを彼女だとでもいえばそれでおさまる問題かもしれない。
けど、嘘はいけない。あくまで何一つ嘘は交えずに。的を射ているかどうか確証のないアドバイスの体で。
運命なんてない。努力して繋いだ縁があるだけだといった彼女が、向けられてしまった敵意に気付かないうちに、消してしまえればいい。
「男って案外単純だから、真っすぐアプローチされたら簡単に落ちるもんだと思うぞ」
最後に、自虐的にも思える一言を付け足して彼女たちの反応を見つめた。
脳が追い付いていないのか、困惑した様子で仲間の様子を見ている。横を見ても、答えなんて落ちていないのに。
それにようやく気付いたのか、俺のほうを睨むようにじっと見つめる。金髪、茶髪、ネイルの順に品定めするような鋭い視線が俺に向けられる。
しばらくそうしていたが、俺が表情を一つも変えなかったからか、ふんと鼻を鳴らすと足元に空いてあった鞄を担いで教室を出て行ってしまった。去り際彼女たちは吐き捨てるように「偉そうに」とか言っていた。いや、偉そうって……まぁ同意するしかねえけど。
あー、まぁとりあえず言いたいことは伝わったかな?
そんな風に思いながら去っていく背中を見つめた。
それを見送ってから首を回してさて帰ろうかと踵を返した。
一人だけの、少し寂しい帰路へ向かって。




