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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第二章 三月
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卒業式準備 其の二

 会長に旗を上げるようにと頼まれた俺だが、ふと重要なことに気付いた。これってもしかして一人でできることではないのではないだろうか、と。

 なんとなく近くにいた教師に聞いて旗の場所を確認して天井からつるしてあったワイヤーに下げられた棒のようなものを下ろしてくる。とりあえず一人で準備を黙々と進めてはいるが、おそらくこれは誰かがちゃんと真ん中に来ているかどうかとかを見ながらやらなくてはいけないのではないだろうか。数人がかりで微調整を繰り返して壇上のど真ん中に来るように上げなくてはいけないような気がする。

 思えば、去年の準備の時も数人の先輩方がああじゃないこうじゃないと言いあいながら準備していたのを思い出す。

 旗を棒に取り付ける人、壇上の下から旗の位置を確かめる人、ワイヤーの上下を操作する人、三人ほど人員が必要だ。別に一人でできないこともないのだが、一つの仕事に時間を掛けたくはないし、何より仕事もせずにその辺でくっちゃべってる奴らが気に食わない。なので、別に必ず必要というわけではないが壇上のヘリに腰かけて何やら楽し気に話していた…………田所、を呼んだ。

「たどころ? 垂れ幕準備するからちょっと手伝え」

「え、あーおう。……なんで疑問形?」

「気にするな」

 面と向かって名前を思い出すのに時間がかかってなおかつそれがあっているのかどうかも自信が無かったなどと長々と説明する時間がもったいなかったので割愛する。

 田所を呼ぶとくるっとこちらを向くなり飛び上がるように立ち上がるとすぐに俺のもとまでやってきた。それに続いて田所としゃべっていや数人も俺たちのもとへやってくる。別にこいつらは呼んでないんだけどな、なんて思わなくもないが、まぁ、人手は多い方がいいだろう。

「じゃ、誰か段の下から見ててくれ。それで真ん中になったら言ってくれ」

 俺が名前も知れないクラスメイトかもわからない生徒たちに言うと、なんと俺と田所を残してそいつらは皆壇上から降りて行った。

「……おいマジかよ」

 予想外の出来事に頭を抱える。確かに人数は指定しなかったが何もほぼ全員で行かなくてもいいだろう。というか普通ならだれか一人に任せるところだろう。

 思わずため息を吐きたくなるが今更仕方ない。呼び戻すにしてもみんな見るからにやる気がないし。こんなことなら田所を呼ぶんじゃなかったと今更になって後悔する。

 しかしこの中ではまだやる気のある方らしい田所は俺に指示を仰いでくる。

「んで、俺はどうすりゃいいんだ?」

「あー、これをそこのバーに引っ掛けるだけだ」

 そう言って俺の後ろにある宙ぶらりんのポールのようなものを指出した。

「おうよ。んじゃ真ん中からずれてたら教えてくれよ!」

 男らしく体全体で頷くと、田所は壇上から降りた仲間たちに向かって大きな声で言った。

 やる気のない小さな返事が届くと田所は俺のほうを見て、これでいいんだろ、とでも言いたげな得意げな笑みを浮かべた。

「悪いな」

「いいってことよ」

 社交辞令程度にも満たない感情の一切こもっていない謝辞を口にしたのだが、田所は豪快な笑顔を浮かべるとグッと親指を立てた。

 その得意げな顔を無視して俺は宙づりになっているポールのところまで行って、手に持っている垂れ幕を無造作に引っ掛けた。

 俺の後ろから現れた田所が俺の横に立ってそれを綺麗に広げてくれる。積極的に手伝われてしまってはむげにもできずに黙って作業をしようと手元に視線を落とした。

 すると俺の心を読んで皮肉るかのように田所が口を開いた。

「水谷、真面目だな」

「……何、どうした?」

 黙って仕事をしたいと思っていたから不愛想な声になってしまう。けれど、田所は一切気にした様子もなく言葉をつづけた。

「ほら、ほかの奴らなんてほとんど仕事しないだろ? 先輩のためって言われても何となくで、やることやったらしゃべってるやつのほうが多いし」

 田所の言う通り、真面目に準備している生徒は決して多くはなかった。それなりに形だけ手伝っているように見せている生徒もちらほらいるのだが、指示がなくなって生徒たちは手持ち無沙汰になって友達としゃべってしまっている。田所だってさっきまではそんな奴らと同類だったわけだが。そんな突っ込みを入れるのも面倒で俺は適当に話を進めるように促す。

「それで?」

「会長とか普段から真面目な奴はともかく。どっちかって言ったら物静かで面倒ごと敬遠してそうなお前がきっちり準備してんのがなんか意外だなって思ってよ」

 心底意外そうに、田所は言った。

 まぁ俺自身以外だ。俺のことを見て、真面目だなんて言ってくる奴がいるということが。

 別に俺は真面目なんかじゃない。ただ言われたことをやって、面倒ごとから早く解放されたいだけ。真面目なんかではないのだ。

 けれど、それを長々と口にして説明するのも面倒で、俺はそれっぽい理由を口にした。

「……教師に注意されんのが嫌なだけだよ」

「なるほどな。……こんなもんか?」

「ああ、これで一回上げてみる」

 二人で綺麗に垂れ幕を設置し終え、あとは実際上にあげてみて位置がおかしくないかを見て微調整するだけだ。

 俺は昇降装置のある上手側の幕裏へと向かおうとしたのだが、田所が俺のことを呼び止めた。

「一回上げんの? そのまま真ん中に合わせりゃよくねーか?」

「下で合わせても上げたときずれてたら意味ないだろ」

 上下すると多少位置がずれてしまうことをあらかじめ知っていたので、一蹴して幕裏に向かってレバー式の昇降装置を操作する。

 頼りない機械音が鳴ると俺たちが先ほどまでいじくっていた垂れ幕が上がっていく。装置を操作する俺の手際に感心したのか、田所が声を上げた。

「ほー、よく知ってんな。演劇部とかだっけ?」

「帰宅部」

「マジか、会長に聞いたのか? ……ってかそういえば会長はどうしたよ。いつも一緒に居んじゃん」

「……いつもは一緒に居ねえよ」

 いきなり話題が変わってついていけずに一瞬間が空いてしまったが、それでも文句のような返事をすることができた。っていうかなに、なんでこんなにしゃべりかけてくんの。俺お前と友達じゃねぇんだけど。いや、友達じゃないならそもそも手伝い頼むなって話なんだけどさ。

 適当な言い訳をしながらゆっくりと上がっていく垂れ幕を見つめる。会話が途切れてくれればいいのにと思いはしても、田所はしゃべりたいらしく口を噤むことはない。

「そうか? いつも一緒だと思うぞ? で、会長は?」

「ほかの仕事でどっかいった。……田所あいつらに聞け」

「へ? ……ああ」

 俺が言うと何が、と問いたそうな顔をしてきた田所だったが、さっきまでしていた機械音が消えていることに遅れて気付いてなるほどという顔に変わってくれた。

 俺の言葉の意味を理解するが早いか、幕から飛び出して「おーい」と何やらやっている。田所の声は大きくて聞こえやすいのだが、下にいる奴らの声は全く聞こえてこない。これは田所の帰りを待っているしかないなと思って息を吐くと田所が小走りに戻ってきた。

「ちょい右にずれてるらしい」

「はいよ」

 言われてまた装置を操作してせっかく上げた垂れ幕をもう一度下ろしてくる。そして降りてきた幕をまた二人で直していく。

 細かい作業でしゃべっていないと頭がおかしくなりそうなのか、それともしゃべっていないと息ができないのかは知らないがやはり田所は俺に話を振ってくる。

「そういや、あの女の子は?」

「誰?」

「バレンタインの時の子だよ」

 いったい誰のことやらと思ったが、バレンタインで俺が関係する女子と言われれば心当たりは一つしかない。俺はさっき人見知りが発覚したぶりっ子もどきの後輩の姿を思い出しながら言った。

「あいつは会長と一緒に仕事行った」

「え? 何会場設備のほうに来てんの? コサージュ作ってんじゃねぇの?」

「立候補だと。見た目に似合わずまじめらしいからな」

 別に裏も取れていない今適当に思いついた言葉を口にする。まぁ、自分で指示をもらいに来るような奴だ、それなりに真面目ではあるだろう。

 俺の言葉を聞いた田所が「ほー」と感心したような溜息を吐く。しかし、それも一瞬のことで、すぐに何かに気付いたように田所の声が途切れた。

 心臓発作でも起きたかと思って振り向くと、田所は少し真剣な面持ちだった。

 何どうしたの、肺炎? 呼吸困難にでもなったのと、思いながら田所のことを観察するとさっきまでの男らしい大声から打って変わって、深刻そうな声音で俺に尋ねてきた。

「水谷。あの子会長と二人で行ったのか?」

 その言葉を聞いて、なんとなく考えていることはわかった。さっき俺の耳にも聞こえてきた、女子の恨み言を。

 無言で頷いた俺に田所はそうか、と真剣な声を返してきた。その視線を見てそれなりに心配の度合いが上がってしまった俺は、体育館の入り口近くで何の仕事も手に付けずにくっちゃべっている三人組の女子を見つめた。

 三人とも肌は白く、それだけなら女性としての美しい一面を感じることもできるだろう。けれど彼女たちは金髪茶髪は当たり前、年に沿わない濃い化粧にきっちりと塗られたネイル。多少の違いはあれど、三人とも絵にかいたようなギャル姿だった。右から茶髪、金髪、茶髪と。オセロなら色が変わっていそうな並びだ。

俺は多少芽生えた心配の念を意識しないように、田所とは対照的な、からかうような口調で問い返した。

「なに、あの女子達やばい奴らなの?」

「まぁ、あんまりよくはねぇな」

「暴力とかいじめとかか?」

「いや、そういうのじゃねぇよ。……ただ、会長に近づいた女子に対して嫌に高圧的っていうかな。いじめの一歩手前って感じだ」

「ほー、そりゃおっかないな」

 あくまで軽い感じで、からかうように軽薄な声を意識して答えた。

 いじめの一歩手前。たぶんそれは、被害者側からしたら十二分にいじめと呼べる部類のものになってしまうだろう。表立って何かされてはいなくても、威圧的な態度をとられてしまえば委縮してしまうのが人間の常だ。

 それを懸念しているのか、田所は俺に深刻そうな声音で言った。

「気をつけといて損はないぞ」

「俺に言うな」

 俺には関係ない興味ないと、目も合わせずにそう言った。俺には関係のないことだから。

 会長と仲良くしていたから、会長の傍にいたから。そんな理由で被害を被ってしまいかねないとしても。ただ純粋に仕事の手伝いがしたくて話しかけただけでも、そんな風に誤解されて気付けられてしまいかねない。

 それはわかるが俺には関係のないことだ。

 いつだったか、会長は特定の彼女は作らないみたいなことを言っていたのを思い出す。たぶん、あれはそういうことなのだろう。自分の人気うんぬんよりも、相手が攻撃対象になってしまいかねないから彼女を作ることができないと言っていたのだろう。

 大変だ。本当に大変なのだろう。モテる人間というのは、それはそれで苦労するものなのだろう。

 でも、それは俺には関係のないことだ。会長と親しくしたせいであいつが傷付けられても、俺には関係のないこと。あいつはただ真面目に仕事をしようとしただけで、他意があったわけじゃないにせよ、勘違いされてしまったのは自業自得だ。おとなしくコサージュ作りに励んでいればよかっただけなのだ。

 だから、俺が何かする義務はない。責任を感じる通りもない。

 俺には何の関係もない……はずだ。

 考えながら手を動かしているうちにいつの間にか調整は終わっていて、もう一度上げて確かめる作業に移っていた。

 今度はしっかりと真ん中に来ていたらしく、あとは手前にある黒い垂れ幕にかぶってしまわないように高さを調整して仕事完了だ。

 適当に田所にお礼を言って幕から出て壇上から降りると、いつの間にか戻ってきていたらしい会長と成川の姿があった。なんとなく、入り口付近にたむろっているガラの悪い三人組のほうを見ると、何が気に食わないのか睨むように眉をしかめていた。

 俺も彼女らに倣って眉をしかめると、そんな俺の姿に気付いたらしい成川が小走りにこちらにやってくる。

「先輩っ、終わりましたよー」

「そうか」

 いくらか弾んだ声のトーン。それは会長のおかげなのか、見れば会長もかすかに微笑みを携えている。

 その微笑みのまま、優等生という名の仮面をかぶった会長は俺たちのもとへとやってくる。

「助かったよ。垂れ幕ありがとう」

「気にすんな。……ほかにやることはあるか?」

 手持ち無沙汰を隠すために会長に聞くと、少し悩んだそぶりを見せてから会長は言った。

「大きめの花瓶かな。ステージのサイドに置くんだ」

「了解。どこにある?」

 嫌な視線を感じてすぐにでもこの場を去りたい気持ちでいっぱいになる。俺はいつもよりもいくらか早い拍で言いながら出口の方へと足を向ける。

「あ、俺も行くよ。多分それで最後だろうし」

「…………そうか」

 花瓶のありかを知らない以上、断るのは効率が悪い。俺一人では教師に聞いてから探して持ってこなくてはいけない。会長がいたほうが間違いなく効率はいいだろう。断る理由なんてない。

 けれど、そこに無駄なものまでついて来ようとしてきた。

「あ、じゃあ私も行きます」

「お前は来なくていい」

 間を開けずに言うと成川はいつものように「えー」と間延びした声で不満を口にする。

「戻ってきたら一緒に仕事するって言ったじゃないですかー」

「お前が勝手に言ってただけな」

 なるべくいつものように。受け流すような軽い感じで言う。

「邪魔にはなりません。ちゃんとお手伝いしますよー?」

「いや手伝いとかいらないから」

 あの視線にさらされているのが我慢ならない。だから早く。いつも通りの環境を装ったまま。

「邪魔はしませんからー」

 自分からは何もしないくせに他人を貶めることだけには必死で気に食わないあの威圧的な視線から、解放するために。

 会長と引き離すために。

「いや、邪魔だろ」

「…………え?」

 瞬間、場が凍り付いた気がした。桜もつぼみが膨らんで暖かくなっていているのに、急に吹雪いたかのように、冷たくなった。

瞬間、はっとした。言い方がきつかったと。

いつものようにと意識していたのに、それ以外のことに気を取られて、それしか見えなくなっていたということに。

「あ……えっと、せ、んぱい?」

 たじろぐように後退った後輩の姿を見て、唇をかみそうになった。恐ろしいものを目の前にした時のように退いた彼女を見て、胸が裂かれるような痛みに苛まれた。

「あの……そのです、ねー」

 なるべくいつもの調子でしゃべろうとしているのか。変に間が空いた中身のない言葉が彼女の口から漏れる。

「あ、はは……そう、ですね。ごめんなさい。しつこかったですよね……」

 乾いた笑い声が聞こえた。きっと作っただけの笑顔を俺に向けているんだろう。けれど、俺は彼女の顔を見ることができなかった。

「……会長、仕事終わらそう」

「え、おい。……いいのかよ」

 完璧モードの口調を解いて変に気取った言葉遣いを忘れるくらいに、会長が焦って聞いてくる。俺はそれに何も答えずに体育館の出口へと向かう。足音が近づいてきたのを聞いた限り、会長だけしかついては来ていないようだ。そのことに少なからず安心した。

 何をしているんだろう。俺には関係のないことなのに。

 体育館を出るとき、横にいた三人組をちらりと見た。その視線は近寄ってくる会長に注がれていた。

 けれど、会長が真横を通っても何も話しかけず、通り過ぎてしばらくしてから黄色い歓声が聞こえてきた。気に入らない。

 たいていのことじゃ気を荒立てたりはしない。プライドだのなんだのって面倒なものは持ち合わせていないし、大切なものだって持ってない。苛立つ理由なんて何も持ち合わせてなどいない。

 けれど、自分からは何もしないあいつらの態度だけは、ムカついて仕方なかった。


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