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いつか欠片を束ねて  作者: 澄葉 照安登
第二章 三月
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卒業式準備 其の一

 三月に入ると、寒々しかったはずの空も明るくなってああもう春なのか、と思わせる日が増えてきた。日陰はまだまだ寒いのに、日向に出ればもうコートが邪魔なものに感じるようになって、コートを羽織っている人も少なくなってきた。というか極度の寒がりでもない限り皆学ランまたはブレザー姿だ。

 桜が咲くにはまだ早いが、ほのかに明るくなった町に梅の香りが漂っている。卒業生は梅よりも桜がいいというだろうが、そんな文句を口にしたところで早く桜が咲いてくれるわけでもない。

 先ほど体育館へ来るまでの渡り廊下でまだつぼみを膨らませている桜の木を見て、理不尽な要求をされている物言わぬ木に同情した。

 三月九日の金曜日。明日は三年生の卒業式が開かれる。

 卒業式がどうと言われても、特別何かを思ったりはしない。部活に入っているわけではないので思い入れのある先輩もいないし、感動的な何かがあるわけではなかった。

 そもそも、俺は当の卒業生ではないしあまり関係のないことだから気にかけるようなことでもなかった。

 それでも、先輩後輩のつながりがあるにしろないにしろ、卒業式の準備なるものは在校生みな強制参加のイベントごとだし、関係ないと言っても一応卒業式に出席はする。学校の決められたイベントのためにわざわざ時間をかけて、俺たち在校生は大して感謝も何も籠っていない卒業式会場をこの体育館に作り上げるわけだ。

 そして俺たち男子は皆この体育館に集められた。力仕事は男子の役目だから、そんな差別意識甚だしい言葉で。

 そんなこんなで俺たち男子は卒業式の会場を作り上げるために労働を強要されていた、のだが――。

「せーんぱい。何か手伝うことありますかー?」

 学年も違う性別も異なるこの場にいることを強制されるどころかほかの場所で軟禁を食らっているはずの成川が俺の目の前に立って笑顔で尋ねてきた。

 いつも放課後に見ている顔ではあるが、まさかこんな時にまで見ることになるとは思っていなかったので、感じるはずのない疲労感を感じてため息を吐きそうになる。

「なんでそんな嫌そうな顔するんですかー。ひどいじゃないですか」

 どうやら俺はしかめっ面にでもなっていたのだろう。文句を言ってくる成川はあざとく頬をぷくっと膨らませた。

 そんなあからさまなしぐさに何か思うはずもなく、うるさい声に嫌気がさしながらも壇上に持っていた花瓶を置いて問う。

「なんでお前いるの」

「先輩の彼女だから、ですかね?」

「会長か? それとも田路? ……あれ? 田川だっけ? というかいちゃつきたいならどっか他のとこでやってくんない?」

「みーずーたーにー先輩のことですー」

 妙に強調して俺のことを呼ぶから間延びしたその声に頭が痛くなって眉をひそめた。

「あー、なんですか俺に用ですか。なに邪魔しに来たの?」

「違いますよー。手伝いです。何かすることありません?」

「じゃあおとなしく教室戻ってくんない?」

「それはできないですねー」

「さいですか」

 適当な軽口でさっさと追い払おうとしたのだが、どうやら失敗してしまったらしい。俺は仕方ないと思って成川のほうを向き直って、自分よりもいくらか背の低い成川の目を見て言った。

「で、なんでここにいんのお前」

「それは私が先輩の――」

「そうじゃねぇ。女子はコサージュ作りのはずだろ。なんでここにいんの?」

「立候補しました。体育館の仕事したいって」

「あー、それは勤勉なことで。じゃ、がんばって」

「あ、待ってくださいよー」

 俺が手を上げて壇上から降りていこうとすると成川も俺の後を追うように、というか俺の後に付いてきた。何でついてくるんだと思いながら成川のほうを振り返ると、成川は笑顔を浮かべてまた俺に訊いてきた。

「なんか手伝うことありませんか? 何したらいいのかよくわからなくてですねー」

 成川がたははと苦笑いをしながら言う。まぁ確かに卒業式の準備と言われてもどんなことをすればいいのかとかいまいちわからないよな。上級生たちはもう予行練習やらなんやらをしているので当然パイプ椅子はきれいに整列している。ともすればその下には緑色のマットが敷かれているのも言わずもがな。壇上の上には校長が卒業証書を渡すときに立つのであろう教卓のまがい物のようなものも用意されているし、来賓席まできっちり用意されている。正直準備らしい準備はあらかた終わっている。

中学の時に卒業式を経験してはいるだろうが、この高校ではどんな風にするのかという前知識のない彼女らは当然、上級生なり先生なりに指示を仰ぐしかない。だから一年上の俺を頼ってきたということなのか。

「いや、それ俺に訊くなよ。そういうのは詳しい奴に聞け」

 とはいえ、それは俺も同じようなものだ。何をどうすればいいのかなんてわからないから教師や会長に指示を仰いで道具のように頭を使わずに動いている。

 決して厄介払いがしたいから、というわけではないがぶっきらぼうに彼女に告げた。すると成川はんー、と口元に人差し指を当てて少し考えるようなしぐさをするとあっけらかんと不真面目アピールをしてきた。

「そう言われましても私は先輩と話すために立候補したんですよ」

「ちゃんとお仕事しましょーねー?」

「あーい、せんぱいのいうとーりにしまーす」

 俺が幼児をなだめるような接し方をしたからか、成川は幼児になり切って手を上げて舌足らずに答えた。

「きもいなお前」

「先輩もなかなかですよ」

「そりゃどうも」

 適当に答えながらもはぁと一つ息を吐いてこのままくだらない言い合いをしていても離れてはくれないなと思って切り出す。

「お前普通に教師に聞いて来いよ、何すればいいか」

「それじゃあ先輩と一緒に居れないじゃないですかー」

「そういう冗談はもういいから」

「冗談じゃないのにー」

 そう心のこもっていない間延びした声で言うと少し寂しそうに視線を落として見せた。本当にあからさまなんだよなー。もうちょっと工夫すればときめきようもあるのに。もっと男受けするあからさまじゃないやり方すればいいのにな。なんて思いながら俺は次の指示を仰ぐためにある人のもとへ向かう。

 体育館の中央で男子だけでなく女子に囲まれて指示を出している我らが生徒会長様のもとへ。っていうか男子だけが呼び出されたはずなのになんで女子がいるんだよ。

「会長、次何すりゃいい」

 俺が会長の周りに群がっていた女子を視界に入れすに会長に言うと。おそらく会長だけでなく女子もみんな俺のほうを向いたのだろう、いきなり大きな圧が俺に向けられた。

「あ、そうだな…………。ちょっと俺と来てもらえるかな?」

「はいよ」

 外面モードだからか、いつもよりいくらか優しいトーンで、丁寧な口調で会長が言った。別に断ることでもないので二つ返事で了解する。

 それじゃあ会長についていって適当に仕事しようかな、なんて思って会長が周りにいる女子を引きはがすのを待とうとすると、会長が俺のほうを見て不思議そうな顔をしていた。

「あれ? えっとその子は確か……」

 会長の視線に首をかしげながらそれを避ける様に追うと、俺のすぐ後ろにいた成川が目に入った。まだいたのか。

「あ、えっと、成川です。あ、一年生です」

 なぜかいつも通りの間延びした声ではなく妙に緊張した早口言葉で断片的な自己紹介をする。

「成川さん、っていうのか。よろしくね」

「あはい」

 会長の綺麗に作られた笑顔にもやはり緊張気味に答える。というか俺の影に隠れるように立つのやめろ。

 そう思って右へ左へと反復横跳びのように動いてみるのだが、成川は見事に俺の後ろに居続ける。何がしたいんだと思って首だけで成川のほうを振り返る。

「おまえ、指示仰ぎたいんじゃないのかよ」

「え、あ、そのですね。なんといいますかその」

 俺が訝し気な視線を送ったからか知らないが、成川は妙に慌てたようにまったく中身のない言葉を口にする。

 何、何がしたいの。指示貰いたいんじゃないのお前。というかその反応何。いつものゆるい声どうした。お前俺が会長としゃべってる間に誰かと入れ替わったりしてんの?

 なんて思ってもそんな非現実なんて起きるはずもない。だから俺は現実的な言葉で、呆れながらも若干からかうように言った。

「何、お前実は人見知りなの?」

「あ、あの、その、ですね…………」

 またしても意味の込められていない言葉を発したかと思うとうめき声のようなものがだんだんとフェードアウトする。

「……お前マジ人見知りなのかよ」

 半分以上、ほぼほぼ冗談で言ったのだが、そんな反応をされてしまうと本当にそうなんじゃないかと思えてきて確認のためにもう一回問うた。すると俺の背中に隠れた後輩は視線を下げたまま左右に振った。

「あ、えっと……ちょっと、初対面の人は……」

「その見てくれで人見知りとかなんだよ」

 俺は成川の腰近くまである茶色の髪の毛を見ながら呆れて言った。いや、人間見た目で判断しちゃいけないとはよく言うけれど、まさかこいつが人見知りだとは思わないだろ。だって見ず知らずの俺にしつこく話しかけてきてるわけだし。

 冗談だとかそういうネタなのかと思いたくもなってしまうが、成川は依然焦ったように視線を泳がせている。これでは仕方ないと思ってため息をついてから会長に向きなおった。「会長。こいつもなんか指示が欲しいらしい」

「え、あー。じゃあ一緒に来てもらおうかな?」

「……だとよ」

 会長が俺の背中をのぞき込むように言ったのだが返事がなかったので振り返って伝える。すると成川は少し焦ったように「あ、はい」と返事をした。

 それが会長にも聞こえてはいたのか会長は満足げに頷くと振り返って群がっていた女子に何やら話しかけた。

 別に何を話していたのかとか興味もないが、すぐそばにいるので様子くらいは自然と目に入ってしまう。

 会長に話しかけられた女生徒たちは「えー」と不満そうな声を上げている。おそらく仕事があるからとか言ってこの場を離れることを伝えたのだろう。それに会長が苦笑いを返してまぁまぁとなだめると何か付け足すように言ってそれじゃあと言いたげに手を上げた。

 不満そうに塊を崩す女子を見ながら会長はまた苦笑いを浮かべると俺たちのほうへ寄ってきた。

「ごめんね。お待たせ」

「別に。で、何すりゃいいんだ?」

「垂れ幕を上げなきゃいけないんだ。壇上の上のところに」

 そう言われて先ほど俺が花瓶を運んだ壇上の上あたりを見ると。白いカーテンをバックに何もない空中が見えた。そう言えば、去年の卒業式の時になんかの旗をぶら下げてたなと思い出す。確か校章のマークとかだったともう。

 なるほど今からそれをしに行くのかと思っていると予想外のところから声が飛んだ。

「深山ー! ちょっと手伝ってくれんか?」

 会長を呼ぶ声に振り向いてみると、体育館の入り口のところで体育教師だった記憶がおぼろげにある筋骨隆々の若々しい男が大きく手を振っているのが見えた。

「え、マジかよ……。あっ、わかりましたー」

 一瞬会長の素が出た気がしたが、俺の後ろにいる後輩は借りてきた猫のように黙りこくって静かだし、回りは大して仕事もしていない男子と、会長を見るためだけに立候補して体育館に来た女子たちとでガヤガヤとうるさいので、小さく吐いた悪態は誰の耳にも届かなかったようだ。

「あともう一人連れてきてくれ。誰でもいい」

「わかりましたー」

 大声で言った体育教師に同じような大声で答えると会長はふぅ、と息を吐いた。

「水谷、悪いんだけどはたあげといてもら……っていいかな?」

「りょーかい。そっちも頑張ってな。……お前も行って来いよ」

 そう言いながら俺の後ろで隠れていた成川に言う。

「え? 私ですか?」

 まだ緊張しているのか、いつもよりもいくらか浮ついた声で成川が訊いてくる。

「そう、会長と仕事してこい。そのほうが指示仰ぐ手間もねぇだろ」

「あ、それは……そうかもですけど……」

 俺が言うと成川が微妙な表情で俺を見上げた。その瞳には何かを期待するような輝きが見えたが、何を期待しているかなんて俺にはわからない。なのでぶっきらぼうに言った。

「まあとりあえず行ってこい」

 正直、俺の傍にいたところで仕事が終わってしまえばまた誰かに指示を仰ぎに行くことになる。それにずっとついてこられてもどうにもできないし、指示が欲しいなら指示を出してくれる人のところにいるべきだ。なら、ここでさっさと会長の傍に置いてしまった方が効率がいい。会長以外にももう一人連れてきて欲しいとのことだったし、回りを見たところで真面目に仕事をするような奴らはすでに何かしらの仕事をしているし、その辺の会長に群がっていた女子を選ぶくらいなら成川のほうが意欲がある分いくらかマシだろう。そう思って俺はさっさと壇上のほうへと歩き出す。

「あ、せんぱっ――」

「会長も急がなくていいのか?」

「え、ああ。わかった?」

 俺が言葉を遮って会長に言うと、会長は不安げに成川のことを見た。何かを気にかけているのだろう。別に気に掛けることもないだろうに。

 そう思いながら成川のことを見ると、彼女は何かを決意したかのように俺のことをまっすぐに見つめた。

「先輩、戻ってきたら一緒に仕事しますからね……?」

 いつもの間延びした声ではなく、少し不安げに言った声に返事の代わりに右手を上げて行って来いと追い払うそぶりを見せる。

 それを見ると成川は少し不満そうに頬を膨らませたがすぐに笑顔を浮かべて、いつも通り軽いノリで会長と一緒に体育教師の下へと小走りでかけて言った。

 別に約束なんてしていないのによくわからないやつだな、なんて思いながら俺は会長に頼まれた仕事をするために壇上のほうに向かった。

 その途中。会長目当てで会場準備に来たのであろう女生徒から声が聞こえた。

「何あの子、なんで会長と二人っきりになってんの」

 それを聞いた瞬間、俺の心にわずかな後悔が芽生えた。


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