答え合わせ
「先輩、無視はひどくないですかねー?」
「…………」
放課後、文化祭の準備で遅くまで残っている部活もあるというのに、部活動をしていない俺と同じ時間にそいつはいた。
俺は間延びした声の後輩の横を通り過ぎて昇降口を抜ける。そしてそのまま校門も抜けてしまおうと歩みを進める。しかしそんな俺の邪魔をするかの如くその女生徒は俺の真横を陣取った。
「先輩、話聞いてます?」
「俺に言ってる?」
「そうに決まってるじゃないですかー」
そう言いながら笑顔を浮かべたのはもちろん成川だ。こいつ意外に俺の横を陣取ろうとする女なんているはずもない。いや、なんでこいつが陣取っているのかは俺も分かんないんだけどね。
「何用ですか? ってかその態度どうしたん?」
俺がこの一か月接してきた成川はもしや別人だったのかと思ってからかい口調で言う。すると成川はやはりここ最近の出来事などなかったかのように笑顔を浮かべる。
「全部ちゃんと私ですよー」
間伸びした声で、本心を隠したような声で言う成川。それが何だか変な感じがして俺は冗談めかして言う。
「昼間はあんなに怯えてたのにか」
「それは先輩に非があるんじゃないですかー?」
「間違いねえな」
奇声を発しながら追い回してくる男なんて恐ろしいに決まっているし逃げるという選択肢を取らない理由がないだろう。たとえ同姓だろうとクラスメイトの友人だろうとあんな気持ちの悪い奴に追われたら逃げるわ、俺でも逃げる。いや追いかけてたのは俺なんですけどね。
そんな中身の伴っていない良し悪しなんてあるはずもない空っぽの会話をしながら校門を抜ける。ふと、こんな当たり前も久しぶりだなんて考えればすぐにいつもの十字路が見える。
「お前、どうやって帰んだ?」
「先輩の家まで行きますよー」
「夢でも見てんのかね俺」
本当に今までのことなんてなかったかのように接する成川を見て心底自分の認識を疑ってしまう。しかし成川は気の抜けた声で「現実ですよー」なんて言ってのけた。
そんな本心をおくびにも出さない後輩を連れ立って変わりかけていた信号を渡り切り遊歩道へ抜ける。花壇にはまだ、何も植わっていなかった。
「現実なら、今までが夢だったんですかね?」
「全部現実ですってー」
「今までのこともですかね?」
「そうですよー」
間延びした声ながらも楽しげに言う成川。真っすぐに見つめてしまったら変に意識してしまいそうでつま先と同じほうを向いたままに言う。
「なら、答えてくれるんですかねー?」
「それは保留にしましょう先輩っ」
俺が無感情に言えば、成川は笑顔を浮かべて答えた、
「……なんでやねん」
似非関西突っ込みをしながら眉を顰めれば成川はなおも笑顔で言った。
「今のままで、いいじゃないですか。今、すごく楽しくないですか?」
「いやそういうことじゃないだろ」
楽しい楽しくないで言えばもちろん楽しい。けれど重要なのはそこではなかった。
「保留にしてもそのうちどうせ答え出さなきゃいけねえだろ」
今のままがいい、という気持ちを理解できないわけではない。成川との時間はとても心地よかったしそれが続いてくれるのならばそれが一番だという気もする。
けれど違うのだ。もうそのままではいられない。お互いの気持ちを隠したままではいられない。もうそんなこと意味がないのだ。少なくとも成川は、俺の気持ちを知ってしまっているんだから。
それなのに見ないふりをするなんて、できたとしても長続きしないし、長続きしたところで今度は俺のほうが不満を募らせるだけになる。そうすれば俺だけでなく成川だって楽しいと思うことはできなくなる。
結局、答えを出す以外に楽しい時間を過ごす道はないのだ。
今更もう一度歪につなぎ合わせようとしてももう遅い。そのつなぎ目は補修が利かないほどにささくれ立っている。
そう思ってぶっきらぼうに言うと、成川はニコッと笑って俺の顔を覗き込んだ。
いきなり縮まった距離にドキリとしながら身を引けば、成川は甘ったるく言葉を紡いだ。
「先輩、私は先輩のことが好きですよ」
「は?」
意図がわからず困惑する俺に成川は笑顔で続ける。
「でも、付き合うのはもっと先にしませんか?」
「なぜに?」
「いろいろ隠したままだから、です」
成川は少しだけ、申し訳なさそうに言った。
「隠したままだから、うまくいかないような気がするんです。だから、もうちょっと一緒に居て、それでも嫌じゃなかったら、付き合いませんか?」
少しだけ自信なさそうに、この上なく申し訳なさそうに言う成川。
そんな成川を見た俺は、ため息をこぼす。
「別にダメになったらダメになったでよくないか?」
一度でもダメになるくらいなら、どれだけ取り繕おうが結果は変わらないと思う。人の元の性格や趣味趣向は、大きく変わることは無い。それこそ第一印象と同じように。あとから何かを付け足されることはあっても、その大本が変わることは決してない。
けれど成川はそれは嫌だと首を振る。
「私は、一緒に居たいんです。少しでも、長く。……だから先輩、もう少しだけ、この歪な関係でいさせてくださいよ」
ひたすらに申し訳なさそうに成川が言うから、俺はなんだかむずがゆくて息を吐く。
「だから、俺がどうするか聞いた時逃げたのか」
「あれは……普通に恥ずかしかったんですよ」
「たまに可愛くなるのやめてくれない?」
勢い余ってまた好きだなんだと口にいてしまいそうになる。本当に止めてほしい生殺しとかマジ地獄。
けれど俺の意に対して成川は不服そうに苦笑いを浮かべた。
「先輩も、普段テキトーなのにたまに優しくしないでくださいよ。そんなんだから私は先輩なんかのこと好きになっちゃったんですよー?」
「優しくした覚えねえんだけどなぁ」
いくら記憶をたどろうとも優しくした覚えなんてない。多分それは俺が看病したこととかに対してなのだろうがあれは常識的な行動だと思う。
けれど成川は「優しいですよー」なんて言うから俺はため息を吐いた。
「じゃあ、お互い様だな」
「そうですね」
成川も同意して笑顔を浮かべる。それが少しだけ心地よくて、危うく歪さを見逃してしまいそうになった。
何度繋いだところで、歪なものは歪なままだ。それどころかもうつなぎ合わせることだって難しいほどにちぎれてしまっているのならもうそれはどうやったって結びつくことは無いだろう。
だから、今この状況が心地いいのも。歪ながらにつながっているからではないんだと思う。きっと、そう見えているだけで、本当は繋がってなどいないから心地いいんだと思う。
お互いを縛り付けていないからこそ、気が楽なんだ。
「なら、俺が卒業するときにでも答えくれ。それまでは今まで通りでいいわ」
「そうします」
俺の軽々しい言葉に成川は笑顔で返す。そして続けざまに一言。
「たまに素の私で接するので、先輩もそうしてくださいね」
「俺正直者やねんけどな」
「そうでしたね」
俺がふざけて言えば成川はくすりと笑った。
「素の私を見て、それでも先輩が好きでいてくれたら、付き合いましょうね」
「はいよ」
言いながら、俺はため息をこぼしそうになった。
まるで、ありのままの私を見せていないから今は付き合えないと言われているような気がして。
俺が勝手にそう解釈しただけにすぎないけれど、もし本当にそういう意図が含まれていたのなら、こいつはやはりバカだ。
今までだってこいつは十分素だった。間延びした声や浮ついた態度は猫をかぶってのものかもしれないが、それだって成川の一部であって全くの偽物ではない。風邪をひいて寝込んでいた時の成川だって見ている。目が悪くてコンタクトをしていることも、部屋着は大人しい地味なスウェットのことも、人目のないところではうなじのあたりで髪を二つ結びにしていることも。もちろん知っている。
けれど成川は、なおもそれは自分の素ではないというのだろう。
だから俺はため息に嘲笑を含ませた。
わかるわけがない。人のすべてなんて。
すべてをわかることなんてどうやってもできなくて。もし仮に今その人のすべてを理解したとしてもそれは少し先の未来では全てではなくなっている。
人とはそういうもので。おおもとにあるものは変わらなくとも少しづつ変わって新しくなっていくものだから。
だから、すべてなんて言うものを知ろうとは思えない。そんなの途方もなくて、ただひたすらに面倒なことだから。すべてなんて知りたいと思わないし知りたくもない。
だから、別に俺はこのままの状態で恋人になってもいいしむしろそれを望んでいるのだけれど、成川はそれを認めないらしい。
いつか、自分のすべてを見てから決めてほしいと、そういうことなのだろう。
そう思えてしまったから、俺は少し小ばかにしたように言う。
「まあ確かに、初めて会った時とはだいぶ印象が違うな」
成川と初めて会った時のことを思い出しながら呟けば、成川はふっと笑って見せた。
「あの時は必死だったんですよ」
「まあ、そうだろうな」
「段ボール落として困ってたのも先輩と話したかったからなんですよ」
「ほーん、そりゃ知らなかった」
「知らなくて当然ですけどね」
成川は悪戯っぽく笑うと半歩俺との距離を縮めた。
「先輩の知らないこととか、覚えてないこともいっぱいありますよ」
「さいですか」
蠱惑的に笑う成川がなんだか滑稽で俺はテキトーな返事を返した。
それに対して成川は不服そうでも何でもなく軽やかにスキップで返す。そんな成川を見て俺はやはり滑稽だと思った。
すべてなんて、知っても知らなくてもいい。知ったものの中で、その人と一緒に居たいと思える理由が大半を占めているのならそれでいい。そんな俺とは考えが違うらしい成川は、やはり滑稽だと思った。
成川にだって同じことが言えて、俺のすべてを、心の内まですべてを知っているわけではないだろうにと思って。
そういえば、なぜ急に去年の文化祭の時の話になったのだろう。俺はそんな話を振った覚えはないんだが。
成川の頭でどんな式が成り立ったのかは知らないが、俺は来る真冬の空を見上げながらこぼした。
「全部なんて、わかんねえと思うけどな」
「それを知ってもらうために、好きだっていうんですよ」
「そういうもんかね?」
「運命なんて、ないですからね」
「さいですかー」
俺にはわからない、なんて言いたげな声で返事をしたけれど頷いてしまいそうになった。
すべてを知らなくてもいい、それでも、知りたいとは思うものだ。
なぜ知りたいかと問われれば、明確な答えなんてなくて。感情的に気になったとか、好きだからとか、そんな理由しか出てこない。
けれどだからこそ、俺もまた、こいつにそんな甘い言葉を口にするときが来るのだろう。自分の気持ちを知ってほしくて、それを感じてほしくて。何より、伝えなかったことを後悔したくなくて。
そんな未来を想像したら、なんだかむずがゆくて、それを誤魔化すように隣の成川の頬を引っ張った。
「にゃにするんですかー」
「猫みたいだな」
そんな本当に中身のない言葉を繰り返しながら、遊歩道を歩く。
そんな会話ではお互いの何もわかることは無いけれど、繰り返していくうちに少しずつ知っていくのだろう。意味のないものに少しだけ意味を込めながら。
そしてそれを繰り返していった先に、いつの日か望む未来が来るのかもしれない。
そう思ったら、この歪な関係も、悪くない気がした。
これにてこの物語は完結になります。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。
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