文化祭準備 3
俺は、自分が嫌いだった。
人当たりも悪い、勉強も得意なわけでもない。スポーツだって、趣味だって誇れるものなんて何一つ持っていない。そんな自分が、嫌いで嫌いで仕方なかった。
だから俺はすっと、こんな俺のことを好いてくれる人間なんて一人もいないと思っていた。俺自身が好きになれないのに、他人が俺のことを好きになってくれるはずがないと。もしもそんなことを言ってくる奴がいたのならそれは冗談や何かで、まともに受け止める必要なんてないと、ずっと思っていた。
俺は、自分が嫌いで仕方ない。
なんの長所もない自分が嫌で、誇れるものを持たないことを理解しながらも何かに手を伸ばそうとしない自分が大嫌いだった。
俺は、受け身な自分が大嫌いだった。
誰かの行動から、自分のそういう部分が透けて見えるのが大嫌いだった。
誰よりも、受け身でい続けている自分自身が大嫌いだった。
何かを求めれない自分が、求めたいとすら思えない自分が俺は嫌いだったんだ。
長所も趣味も、技術も経験も、友も恋人も。
欲しがれない自分が大嫌いだった。
嘘をつかなかったのもそうだ。嘘をつかなかったんじゃない、つく必要がなかったんだ。
そうまでして欲しいものがなかったから、何を口にするのだって考える必要がなかった。嫌われたらなんて考えたこともない。張るような見栄もなかったんだ。取り繕ってまで手に入れたい何かなんて持ち合わせていなかったんだ。
そんな自分が嫌だったから、俺は少しだけ、今の自分が好きだった。
今こうして、廊下を進んでいく自分の姿が、俺は少しだけ誇らしい。
見えてくるのは二年生の教室。成川の学年だ。
俺はもう見慣れたその廊下を歩きながら成川の所属するクラスの前で立ち止まる。そしておもむろにその中をのぞき込んで目当ての姿を探す。
しかしそこに茶髪の後輩の姿はなく、廊下を見回しながらどこかにいないかと探してみる。
しかしそれでも見つからず、俺は唸り声をあげながら教室に戻るべきかと首を捻った。
もう一カ月以上、こんな生活が続いている。
こんな生活と言っても毎回成川の姿を見つけられないわけではない。初めのころは成川に会うこともできた。会えなくなったのは一週間くらい前からだ。
多分だが、あまりにしつこくて逃げ出されたのだろう。まあ、毎日昼休みに告白の答えを保留にしたままの相手が尋ねてくればそれは逃げるだろう。俺だって恐ろしいと感じる。俺ならそもそも告白を保留なんてしないがそれはそれとして。
成川が逃げるのもわからなくはなかった。だって単純に俺のやっていることはストーカーだし、見ようによっては――というか言い訳もできないくらいに犯罪行為だし。何なら今すぐに警察に突き出されかねないし。
まあそれでも、答えを聞かなければやめるわけにはいかなかった。
別にあの時の逃亡が答えならそれはそれでいいんだが、釈然とはしない。どうするかと問いかけたんだ。なら答えはどちらかですべきだろう。難しいことは求めていない。声を出さなくとも、首をどう振るかで答えられる問いかけをした。
俺は今まで求めるほどのものがなかった自分が嫌いだったが、求めるものがあるのに手を伸ばさないことはもっと嫌いだった。
なのにあの猫かぶりな後輩は今日まで逃げ続けている。
正直もう授業中にでも乗り込んだ方が早い気がする。でもそんなことしたら俺白い目で見られるどころか俺だって俺のことを頭おかしい奴認定してしまう。たかが告白の答えを聞きたいがために授業中乗り込んでくるとか頭お花畑だろ。脳みそ肥沃な土壌にでもなってるんかと思う。多分花植えたらよく育つ。トマト植えたらよく育たない。
だからそんなガーデニング適性の高い脳みそになりたくはないし、教員のお優しい説教も聞きたくないのでこうして常識的に昼休みに特攻を仕掛けにしているんだが、肝心の成川はいないわけだ。
今度あいつに会ったら頭ひっぱたいてやろうかと思うくらいにはムカつく。あいつのことが好きだからこそムカついて仕方ない。生殺しとかなんて非道なことを。
「……あ」
「あ」
なんて思いながら階段を下ろうとしたとき、タイミングよく階段を上ってきた奴がいた。
言わずもがな成川である。
「……あのな成川、いい加減逃げるの――」
呆れ半分に説教を開始しようとしたのだが、俺が言い終わるよりもはるかに早く成川は階段を駆け下りた。俺の目を見た途端踵を返した当たりもう完全に逃げてる。
「…………んー、あっはー…………。いい加減面倒になってきたわー」
呆れ笑いをこぼしたつもりだったのだが、思いのほか自分の声が殺気立っていた。それもそのはず。一か月もこんなことが続いているんだ。仏の顔も三度までというが、俺の顔は三十が限度だ。いい加減これ以上結論先延ばしにされんのはムカつく。
なので俺は飛び降りる勢いで階段を駆け下りた。
「おい成川ちょっと待てやコラ! いい加減返事しろやぁ!」
腕高らかに振り上げて頭の上でぶんぶん振り回しながら追い駆けた。
普段の俺からは考えられない奇行だし、言葉遣いだって乱暴だったがまあそれはご愛敬。一カ月も生殺しを食らった男子の純情の仇だ。
「うへへへ!! テメもう逃がさねえからな! 今日という今日は絶対に吐かせてやるから覚悟しろってんだ!」
「ぃやぁぁぁぁぁぁ!」
「さあ逃げろ逃げろ!! うひょひょひょ!」
成川が叫び声をあげるので俺が襲い掛かっているようにも見えてしまうのだが、断じてそんなことは無い。これは正当ではないがしかるべき措置だ。俺悪くない。
昇降口のある一階フロアまで駆け下りてそのまま廊下を疾走する。何でもいいが全力で追ったら簡単に捕まえてしまうのでちょっと調節している。いや、捕まえたくないわけじゃないんだがあまりにもフラストレーションがたまって成川の怯える姿を見るのが楽しい。
なので俺は成川に追いつかないぎりぎりの速度を保ったまま一階をまるっと一周した。
「テメ逃げても家まで追いかけるからな!! 調べはついてんだよ!!」
「やだぁぁぁぁぁ!!」
「フヒヒヒヒヒ」
なんだか本気で楽しくなってきたので下卑た笑みが浮かんだ。いかんいかん、これでは本当にやばい奴だ、いやもうすでに大分やばいんだけどさ。
なんて思いながら呼吸を整えると背後から足音が聞こえているのに気づいた。
「何やってるんだ水谷!!!?」
「……へ?」
振り返ると、担任の先生がいた。
驚いているのか怒っているのかなんとも言えない表情で走っている。廊下を走るな、なんて言う教師が何をやっているんだと思いながらため息を吐きそうになって慌てて周囲をきょろきょろ。そしてようやく理解した。
俺、追われてるらしい。
俺は慌てて速度を上げた。
目の前にいた成川を追い越してそのまま昇降口へ。しっかりと靴を履き替えてから外に出た。
「水谷! どうしたんだ!? 何があった大丈夫か!?」
しかし担任もご丁寧に靴を履き替えて追ってきた。というか驚いているというより純粋に心配されている気がするんだが、どちらにしろやることは変わらん。
俺は全力で逃げながら叫ぶ。
「いやなんでもないんで! ちょっと頭の中ファンタジーなだけなんで!!」
「悩みがあるなら相談に乗るぞ!! 大丈夫だ俺は水谷の味方だ!!」
「いやほんとだいじょう――先生早くない!? 足早いんだけど!! チーターかお前!!」
ついさっきまでは米粒大だったはずの先生がもう数メートル後ろまで迫っていた。
俺は必死で足を動かす。というかなんでそんな憐れむような目向けてくるんだこの教師!
「大丈夫なんで! ちょっと追いかけっこ好きなだけなんで! 追いかけっこ止めましょう!!」
「水谷どうしたんだ!! 辛いことがあるなら先生聞くぞ!!」
「呼吸がつらいです!!!」
そう叫んだころには、俺は学校の敷地内を三周していた。
その後、俺は当然のごとく捉えられ、担任の涙ぐみながら気付けなくてごめんな、なんて謝罪を耳にした。




