文化祭準備 2
「ところでさ、水谷に聞きたいことがあったんだけどよ」
「なに?」
机や椅子の数が減って妙にがらんとした教室で昼食をとっているときに田所が意気揚々と声を上げるから俺は思いのほか低い声で返事をした。
さすがに少しきつかったかと思いながら自責の念に駆られて田所を横目で見ると、ものの見事に杞憂だったらしく田所が子供の様にキラキラとした目で詰め寄ってきた。
「お前、成川ちゃんとなんかあったん?」
「なして?」
一切の間を空けずに返せば田所は首を傾げた。
「いや、ここ最近帰りに水谷と成川ちゃんが一緒に居るとこ見ねえなって」
「お前ストーキングしてたの?」
「いや俺部活やってねえし帰る時間大体同じなるだろ。何だ? 喧嘩でもしたのか?」
「するわけないだろ」
「じゃあどうしたんだよ。あんな毎日一緒に居たのによ」
「いや別に毎日ではないんだけど?」
「変わんないだろ」
そう言った田所は俺のことをじっと見つめる。
その瞳がなんだか子供じみていて、無下に扱うのがためらわれてしまった。
その一瞬のためらいのせいでタイミングを逃してしまった俺はもうふざけた返しができなくなってしまった。
自身の不甲斐なさに呆れながらため息を一つ。田所を一度チラ見してからそっぽを向いた。
「別に大したことじゃねえよ」
「そうか?」
「そうだよ。ただ付き合うかどうかって話しただけ」
「………………はぁ?」
大雑把に説明すれば田所はぽかんと口を開けて偏差値の低そうな顔をした。
どうしたの? 日本語理解できなかったの? そう思いながら眉をしかめれば、ゆっくりと田所の表情が変わった。
「はぁぁぁぃ!?!? は? お前告ったの!?」
「いや、告ったっていうかな。まあ、そういうことになんのかな?」
「なんでいきなりそんな進展してんだよ!!」
「いや進展どころか後退してんだけど」
「今はそんな言葉遊びなんかいいんだよ!!」
「あ、そうですか」
別にふざけたつもりなど毛頭ないのだが、田所はえらく興奮した様子で叫ぶ。本当になんでそんなに騒いでいるのやら。
そう思って眉をしかめれば田所はずいっと寄ってくる。
「いつ告白したんだ」
「顔近い、お前の顔不快なんだけど」
「それはちょっと堪える……。じゃなくて! いつだよ!」
「九月だよ。修学旅行終わってすぐ」
「一か月以上前じゃねえか……」
言えば田所は急ブレーキがかかったように表情が滑り落ちた。
燃費悪そうだなと思いながら「そうだよ」と返せば、田所はえらく神妙な顔つきになった。
「……ってことは、もしかしてそれから顔合わせてないのか?」
「まあ、そうだな」
「…………なんか、すまん」
「なして謝るん?」
変ななまりを取り入れながら返せば田所は言いにくそうに目を逸らした。
「いや、なんか悪いこと聞いたなって」
「だから何のこと?」
「いや、お前振られたってことだろ?」
「まあそうだな」
「ほんとすまん」
再び頭を下げる田所。そんな気持ちの悪い筋肉の固まりを見た俺は寒気で震えあがりそうになる。
「なに。何に謝ってんのか分かんないんだけど」
もう気持ち悪くて仕方なくて、俺は田所から思い切り距離を取りながらそう呟く。すると田所とは逆側にいた会長にぶつかってしまった。
「あ、会長すまん」
謝りながら振り返れば、会長は口に箸を運んだ体制のまま固まっていらっしゃった。
「会長?」
心配になって呼びかけてみれば、えらくぎこちない動きでもって会長が俺の姿をとらえた。本当にどうしたんだと思いながら首を傾げれば会長は何かを咀嚼しているわけでもないのにパクパクと口を動かした。
「会長? 声帯吐き出したの?」
ふざけて言ってみても会長は返事もしない。いやもしかしたら返事しているのかもしれないけれど声を発していないのでそれが伝わってこない。
俺は頭を痛めながら会長の目の前で数度手を振ってやる。するとようやく視力が回復したのか、会長の目に光が戻った。
「え、水谷告白したのか?」
「声帯が帰還した」
ふざけて言ったものの、会長はとりあってくれない。代わりに答えてくれとばかりに真ん丸にした目で俺をじっと見つめてくる。
会長の見慣れないあほ面が何だか怖くて。俺は「ひえっ」とか言いそうになりながら口を動かす。
「その話今終わったとこなんだけど。まあそうだよ。九月に告って、そっから疎遠になった」
「…………え?」
いくばくかの間をおいてから会長は間抜けな声で返事をした。一瞬田所の物まねでもしたのかと思ったがどうやら違うらしい。
会長はわなわなと震える手で俺のことを指さす。
「振ったってことか?」
「振られたってことだな」
「……なんで?」
「何でも何も、ってか会長話聞いとります?」
「なんで振ったんだ?」
「お耳どこ行ったん?」
どうやら会長はあまりの出来事に脳細胞が死滅してしまったらしい。いや分からなくもない。今俺の真後ろで手を組んで神妙な顔つきをしている田所を見ればそんな様子にもなるだろう。
そう思って知らんぷりをしてみようとしたのだが、いかんせんクラスで会話のできる相手が二人とも使い物にならないのはそれはそれで困る。なので俺は一つ息を吐いてから体を逸らして、二人に向けて説明する。
「別に振られたからって落ち込んだりするわけじゃねえし二人とも気にしないでくんない?」
「…………そうなのか?」
俺が呆れ気味に言えば田所が顔を上げた。
「そうだよ。うまくいくかどうかなんてわかんなかったんだし。そもそもそれでお前らが何か気にするのはおかしいだろ。ってか会長は本当に大丈夫? 前生徒会長とは思えないんだけど」
俺は今なおぽけーっとしている会長を指さして田所に問う。
「いや、多分ダメージがな。水谷が告白するとか考えられないんだろ」
「マジか、先入観恐ろしいな」
人の印象なんて変わったりしないもんだしそれをとやかく言うつもりはないが、それが原因でこんな脳細胞がコールドスリープしてしまうのならそれはそれで恐ろしい。
「まあ、俺も正直理解するのに時間かかったし」
「先入観すごいな」
人の印象は変わらない。第一印象が大きく変わることは絶対にないし、その第一印象を決めるのは外見とその顔が携える表情からだ。髪の毛の色が明るければギャルだとか不真面目だとか言う印象を受けるし、逆に黒ければ地味。見ようによっては活発だとか、真面目だとかいろいろな見方もできるけれど、表情を抜きに見てしまえば大抵は悪印象しか感じられない。
表情は、人の印象を決める大きな役割を持っている。凛々しい目をしていれば真面目で堅実なイメージ、ふにゃりと笑うのなら人当たりのいい可愛らしいイメージ。そして仏頂面のまま変わらないのならば、何を考えているのかもわからない地味で活力のないイメージとなるのは自然なことだ。
だから、俺がそういう自主的な何かをするタイプではないと他人が思うことはなにも不思議ではない。むしろそれが当たり前だ。
俺自身も自覚がある。俺は自分から何かをやろうなどと意欲的な態度を示したことは一度もない。図書委員にしたって一年の時からやっているからなんて理由で惰性で続けているだけなのだから。
そもそも俺がそんな人当たりのいい能動的な人間であれば学校内の知り合いが片手の指で足りるなんて現状には至っていない。
俺は自主的じゃない。能動的じゃない。
自覚があるから、俺はずっと嫌だった。
「…………田所、俺行くとこあるんだわ」
「え、ああ、今日もなのか?」
そそくさと弁当を片付け始めた俺を見た田所は首を傾げていた。
「ああ」
昼休みにいったいどこへ、と言いたげな田所に俺は生返事だけを返して立ち上がる。
田所が止めようとしないのをいいことに、会長には何も言わずに立ち上がる。そして弁当箱を自分の机の上に置くとちらり、とクラスの中央にいるあの女生徒を見た。
こげ茶色の落ち着いた髪の毛になった、野宮というあの女生徒を。
けれどそれは一瞬で、すぐに目を逸らすと廊下に向かって歩き始める。
廊下に出る寸前、俺はため息を吐きながら少しだけ後悔した。
今日は、あまりにも嘘をつきすぎた。振られたとか、顔を合わせてないとか、気にすることないとか、わからないふりとか。言葉に出して、たくさんの嘘を吐いた。
それがとても悪いことをしたように思えて、俺は奥歯をかみしめた。




