文化祭準備 1
「明日は勝負だ!」
腕の筋肉を膨れ上がらせながら、田所が雄叫びを上げる。正直その様子を見るとありとあらゆる力が抜けていく。もう今すぐにでも絶命しそうな勢いだ。
「何の勝負だよ」
ため息交じりにそう問えば、田所はふんと鼻を鳴らした。
「勝負と言えば告白だろ!」
「警察でも行くの?」
罪を告白しにでも行くのだろうかと思ってそう言えば、田所は鼻で笑った。
「俺は明日、告白する!」
「あ、そうですか」
依然として田所の主張は何一つ理解できなかったが、何やら壮絶な覚悟を要したということだけはわかったので適当に返しておく。
そもそも、田所も何か言ってほしかったわけでもないのだろう。俺が曖昧な返事を返すと満足げに鼻を鳴らしてテントのパイプを組み合わせた。
俺も同じくパイプを組むと、残る三つの角にいるクラスメイトの様子をうかがう。どうやら俺たちが一番に終わったらしく、周りのみんなはしゃがみ込んだままパイプをカチカチと鳴らしていた。
他のクラスメイトをただ待っているのも手持無沙汰で、何の気なしに田所との会話を広げてみる。
「お前ステージにでもたって告白すんの?」
「それは怖いからやらん」
「潔い」
自信満々の田所にそう返せば、だろっと言いたげに親指を立てた。なんだこいつ馴れ馴れしいなと思いつつも、もうだいぶ長いこと一緒に居るのでそんなものかと思って諦め半分にため息を吐く。そんなやる気のない俺の吐息とは裏腹に上空を駆ける風は溌溂としていて、使いまわされて汚れのこびりついたのテントがパタパタとはためいてた。
明日から二日間。十一月半ばの土日に俺たちの通う学校は文化祭を行う。
正直文化祭なんてただ面倒なだけだ。その催しのせいで文化祭間近の授業は詰め込み作業の様にせわしないのに内容はペラペラだし、いつも寝てばかりいる不真面目なクラスメイトもここぞとばかりに声を大にして主役たらんと闊歩している。
文化祭で協調性だのチームワークだのという美しい言葉を掲げる奴らもいるが、俺はこういうイベントごとを無意味に感じていた。
特に、文化祭はその最たる例だ。
みんながみんなワイワイと騒ぐだけ騒いで、いざ終わってみれば残るものなんて段ボールやらゴミの散らかった教室に一時だけ活躍した段ボール製の出店の看板くらい。思い出なんて言葉で美化してもいいが、その思い出を持たないものからしたら残るものなんてゴミばかりだ。
さらに言えば、一番楽しそうに文化祭を謳歌していた生徒たちはその片付けを真面目に行うわけではない。
楽しんだら楽しんだだけで後の処理は他人任せだ。お前たちが楽しんでやったことだから片付けろ、なんて言葉を吐いたところで。それはみんな一緒でしょ、なんて言葉が返ってくるだけ。水掛け論に発展することはあってもまき散らした水を拭く人間はいなくなってしまう。
そんな悪い印象しかないせいか、俺は目の前にいる田所を含め文化祭で浮足立っている生徒を見てはため息を吐きそうになる。
見れば、テントを設置している俺たちを監視していた会長が今まさにため息を吐くところだった。何かトラブルでも起きたのだろうかと思って横目で会長の姿を見ていると目が合ってしまった。
周りの生徒会のメンバーやら文化祭の実行委員やらに何かを指示した会長は真っすぐに俺のほうに向かってきた。
「会長なんか用?」
「いや、それこっちのセリフでしょ……」
ジトっとした目を向けて言えば、会長はたははと笑ってオウム返しをする。
「何か用があったんじゃないのか?」
「いや別に。大変そうだなーって」
主に事後処理が。
そう口にしそうになったところでテントを持ち上げるとの指示が出たのでいったん会話を打ち切って号令に合わせてテントを持ち上げる。
多少人手がないと行なえない作業ではあるが、テントを持ち上げて足を立てるだけ、準備が出来さえしてしまえば一分どころか三十秒もかからない。
相棒が筋骨隆々の田所だったことも手伝って一息にテントを持ち上げて足を立ててから会長の隣へ行く。
「ってか会長、いつまで会長やってんの?」
是が非でも知りたい、という感覚でもなかったのだがそんな風に尋ねてみる。すると会長は頬をポリポリと掻きながらぼそぼそと言った。
「いや、なんか見てられなくて……。引継ぎとかは全部終わったんだけどさ」
恥ずかしそうに笑った会長の視線の先には、現生徒会長を中心とした文化祭の実行委員の面々の姿がある。
会長こと深山はつい一か月ほど前に生徒会長ではなくなった。
任期満了という奴だ。三年生の秋ともなれば部活だろうが何だろうが世代交代も完了する。十月半ばに行われた生徒会選挙を最後に会長は生徒会長の役職を後輩に明け渡した。
とはいえ、不安なのか何なのかわからないが、会長はよく生徒会の手伝いをしている。俺は今までの名残で会長と呼んでいるし、何ならクラスメイトだって会長と呼んでいる。そのせいか、今でも生徒会の一員のように感じてしまうことが多々あった。
それは会長も同じなのか、足元を確認するかのように地面をつま先でつつく。
「なんか、落ち着かないんだよな」
ぼそりと口にした声は、何だか寂しそうだった。
「自分の居場所がなくなったからじゃねーの?」
「そうかもな」
からかったつもりだったのに、自嘲気味に笑った会長はまた現生徒会の面々を見つめた。
「いろいろ面倒だって思ってたけど、いざ終わると寂しいものだな」
「文化祭明日だけど?」
「そうじゃないよ」
ふざけて言えば、会長がふっと笑った。
「いろいろ変わっていくのが、少し寂しい」
「会長、普通に寒気感じる」
「今日寒いもんな」
「いや会長のセリフが」
「…………」
半身で会長から距離を取ると捨て犬みたいな目をされた。仕方がないので体を戻す。
「センチメンタルになってるとこ悪いけど、俺そう言うのわからんから。寂しいとか、そう言うのよくわからん」
「水谷はそう言うの感じなそうだな」
「感受性が乏しいからな…………ぅい!?」
別に気にもしてないけど、と思いながら口にすればその直後肩にすさまじい重圧を感じた。重機がごとく圧倒的な力に驚きながら振り返ればそこにいたのは田所だった。
「何の話してんだよ」
「お前何してんの、威力おかしいだろ」
「なにって、肩組んでるだけだろ?」
「お前の肩には油圧装置でもついてんの?」
下手したら肩が脱臼するどこか首のところから引きちぎれるやもしれん。俺は肩にのしかかる無駄に熱を帯びている筋肉の固まりを引きはがしながら、こいつとはあまり仲良くしたくないなと今更ながらに思う。
しかしそんな俺の気を知る由もない田所はいい笑顔を向けてくる。
「んあ? よくわかんねえけど、二人なんの話してたんだよ?」
「何の話もしてねぇよ」
「なんで隠すんだよー。…………あ、あれか。お前らも告るのか!?」
「お前と一緒にすんな」
不敬である、と思いながらそっぽを向けば、その先の会長が首を傾げていた。
「田所、告白するのか?」
「おう! 見ててくれよ会長!」
「ステージに立って告白するのか?」
「そんなことしない」
「えっ?」
田所が真顔で返すから会長が固まってしまわれた。
俺は仕方なく助け船を出すことに決めた。
「晒し者になりたくないんだってよ」
「あ、ああ。そうか……?」
納得したんだかしてないんだか曖昧な返事をした会長が小首をかしげる。俺は俺で会長の反応に大きく頷いていた。
晒し者になりたくないとか言うくらいなら告白するなんて宣言しなければいいのにな。
その辺の頭が足りていないのか、もしかしたら脳みそまで筋肉で構成されているんじゃないかと思ってため息を吐くと、耳慣れない声が背後から聞こえた。
「あの、ちょっといい……?」
その声に俺だけでなく田所を含めて三人が同じタイミングで振り返る。そしてその声の主の姿を確認した三人の内俺だけが声を上げそうになった。
目の前にいたのは、いつか会長に思いを寄せていると口にしたあのギャルだった。おぼろげな記憶をたどってみれば、確かそいつは中でも中心人物のような立ち位置にいたよくめだつ金髪の女――だったはずだ。
なぜ過去形だったのかと言われれば、簡単な話で。今のそいつは金髪ではなくなっていたからだ。
黒くはないものの、染髪料を落としたのが一目でわかった。地毛がどんな色だったかは知らないが、こげ茶色にまで落ち着いている。
出で立ちは多少変わったように感じるが、それでもやはりあの時のギャルだということは見間違えようもない。クラスが同じなのだから髪色を大人しくした段階でそのことの気付とも思うがいかんせん俺は自分とかかわりのない奴に興味がない。
だか、そんな普段は接することのない相手に向けて口を開いたのは、言わずもがな会長だった。
「えっと、野宮さん、どうかしたの?」
会長が口にした言葉で、初めてそいつの名前を知った。クラスメイトとはいえ興味がなかったから記憶にもとどめて置けなかったのだろうが、今この瞬間にはっきりと脳内に記録された。
会長を呼び止めたギャル――野宮は恥ずかしそうに目を伏せると思いのほか小さな声で言った。
「会長に、ちょっと手伝ってほしくて…………。時間、大丈夫?」
お前本当にあの時のギャルか? と口にしたくなってしまうほどしおらしい態度に俺は内心ドン引きだった。
しかし会長はいつも通りの外面のまま笑顔を浮かべている。
「いいよ? 何すればいいかな?」
「あ、こっち、来て」
「うん」
そんな初々しい会話を交わすと、会長がそれじゃあとばかりに俺たちに向けて手を上げて挨拶をする。
ここで呼び止めるなんて愚行をするはずもなく、俺と田所は同じようにして会長を見送ろうとした。
しかし、ふいに目が合った。
いや、多分ふいにではなかったんだと思う。
俺のことを見ていた野宮と、目が合った。
俺はわけがわからず首を傾げそうになったが、それよりも前に野宮は会長に向き直った。
「あの、会長ッ……」
「…………どうしたの?」
言葉に詰まってしまった野宮に優しく語りかける会長。すると野宮は大きく息を吸うと妙にはっきりとした声で言った。
「文化祭、うちと回ってくれないッ?」
「…………」
瞬間、会長が俺を見た。
別にそんな助けを求められるような目で見られても困る。いったい俺に何をしろというんだと思いながらため息を返す。まあ、でも会長のことだ、周りがどうだのとか気にしてそんな風したに違いない。だからまあ、少しくらいなら答えてやるさ。
「別に俺らのこと気にしなくていいぞ。田所が血涙するだけだし」
「…………」
言いながら田所を見れば、本当に泣いていた。耳をすませば「うらやましいうらやましいうらやましい」とか言うお経が聞こえてきたので聞こえなかったふりをした。
「気にしなくていいだろ、会長の仕事ももうないんだし」
決して野宮とかいう女生徒のためではないがダメ推しとばかりに一言付け加えれば、会長は意を決したという感じで野宮に向き直った。
「構わないよ。俺でいいなら」
「……ありがとう」
会長が笑顔で言えば野宮は心底嬉しそうに笑った。
化粧しまくりで金髪の時はなまはげにすら見間違えれるほどだったのに、今はどこからどう見ても恋する乙女だ。魑魅魍魎には見えない。
なんだか妙に感心しながら見ていると、また野宮と目が合った。
そういえば、さっき見られたがいったい何だろうと思いながら首を傾げてみれば、野宮は鼻息荒く踵を返した。
そして会長と一緒になってどこかへ向かう。
「…………え、なに?」
「会長に春が来たんだよ」
呟けば、田所が的外れな返事を返してくれた。




