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最後の問い

 成川がいなかったというのに、この数日間は騒がしかった。なんか知らんが田所が素直になれと押しかけてくるし、会長は苦笑いで正直になれと俺をたしなめてくるし。正直、いたたまれなかった。

 どれだけ人の信頼を気付く努力を怠ってきたんだこいつはと思いながら自分の過去を振り返ってみれば、なるほど確かにと納得してしまうような過去ばかり浮かぶから考えないようにしていた。

 そんなこんなで騒がしい数日が過ぎれば、今度こそ静かな日常へと戻る――はずもなく。今日は今日で昇降口にあいつの姿が見えていた。

 目が合うなり、茶髪の女の子がにこり笑う。そしていつものように俺のもとへと駆けてくる。

「久しぶりですねー」

「久々な感じがしないけどな」

 きっとそう思ったのはクラスメイトの二人のせいだろうな、と思いながらため息を吐く。

「おかえり」

 それに混ぜながら口にすれば、成川は少しだけ驚いた顔をした。

「先輩、なんか優しいですねー」

「お前ほんと節穴だな」

 本当にこいつの人を見る目は大丈夫なのかと思って結構マジで心配になる。

「じゃあデレ期って奴ですかねー」

「みんなしてなんで俺をツンデレキャラにしたいの?」

 本当にみんなどうかしてるなと冗談半分に聞き流しながら挨拶もろくにしないまま成川の横を通って昇降口を抜ける。

「行くぞ」

 一瞬足を止めて言えば、後ろからくすりと笑い声が聞こえた。

「やっぱり先輩デレ期ですねー」

 わけのわからないことを言った成川に、気温差にやられて熱中症にでもなってしまったのだろうかと思いながら眉をしかめる。そもそも修学旅行でどこに行ったのかも知らないんだが。

 しかし修学旅行自体に全く興味はなかったので問うまでもなく、いつも通り無言のまま少しだけ歩調を落として歩いていく。すぐに、成川が俺の隣を陣取った。

「少しですけど、日が短くなりましたねー」

「老いを感じるセリフ」

 思ったことを素直に口にすれば成川は頬を膨らませた。俺はその膨らんだ頬が面白くてつついてやろうかななんて思うが手は出さない。

「そういえば先輩、修学旅行中何かありました?」

「よく覚えてないわ。一年前だし」

「そういうことじゃないですよー。私がいない間ですよ」

 まったくもう、なんて言いたげに可愛らしい笑顔を浮かべた成川だが、別に言われるまでもなくそんなことわかっていたので無視して答える。

「まあ、いつも通りだったな。多少周りがうるさかったりはしたけど」

「どんな話したんですかー?」

「修学旅行懐かしいなー、とか」

「会長さんたちとですよねー」

「なんで知ってんの? ストーカー?」

「違いますー! 私京都に行ってたんですからそんなことできませんよ」

「行ってなかったらしてたんですかね?」

「……してないですよー」

「おい目を逸らすな」

 少し前から、なんかこいつにストーカーされてる疑惑が浮かんでいる。いや、放課後出待ちされてる時点でもう大差ないんだけどね。……俺は芸能人だったのだろうか。

 売れないどころかデビューもしてないできるはずもない俺を付け回して何が楽しんだと心底思うが、それを理解しようとも思わないのでため息で気分を入れ替える。

「で、ストーカー」

「先輩真面目にその呼び方はやめて欲しいです」

「……ストーカーは修学旅行どうだったんだ」

「先輩話聞いてないですよねー」

 やれやれと頭を振りながら言った成川に少しだけイラっとしたが寛大な心で許しつつ、目線でどうなんだと再び問いかける。

「というか、先輩がそういうの聞くの珍しいですよねー。やっぱりデレ期ですか?」

「俺普段から正直に生きてるんだけど」

 ここ数日で何度言ったかわからない言葉をこいつにも向けなければいけないのかと思いながらため息を履けば、成川はこてんと首を傾げた。

「先輩素直じゃないじゃないですかー」

「ほんと信用無いな俺」

 信用をもぎ取ろうなんて思ったこともないが、こうまで信用されないとさすがに思うところもある。自身の行いを少しだけ後悔しながら半眼を向けたのちため息を吐く。

「まあいいや、お前の修学旅行とか興味ないし」

「なんでですかー」

 言うと成川は納得いかないと声を上げた。

「そんなこと言わないでくださいよー。もっと私のこと気にしてくださいよー」

「束縛激しい彼女みたいなこと言うなよ……」

 俺は女性経験なんて一切ないが、ドラマやらアニメやら、はたまたネットなんかではそう言った女性が多数存在するという事例をよく見かける。まあ作り物の物語を事例と呼んでいいのかはわからないが、俺の狭い世界の中ではそう呼ぶこととするとして、ともかく俺のも経験こそないが、そう言った嫌な知識くらいはあるのだ。

 絶対そんな女性とお近づきになりたくないななんて思いながらため息を吐けば、成川はぷくっと頬を膨らませた。

「あんまりそういう扱いされると浮気しますよー?」

「お前彼氏いたん? 俺修羅場とか嫌だから先帰るわ」

「私は先輩一筋ですよ!!」

「力強い」

 その瞬間だけいつもの気の抜けるような声ではなくて、とっさに感心してしまった。けれど成川は不貞腐れてしまう。

「何度も言ってるじゃないですかー、水谷先輩が好きだって」

「言われてますね」

 そう言われ始めて、もうどれだけの時間が経っただろうと思う。もう半年をゆうに超えているのではなかろうか。はっきりとこの日からとは言えないけれど、それが俺の学生生活の一部にすらなっているのは明白だった。

「こんなに真っ直ぐ伝えてるのに先輩は好きになってくれないんですかー?」

「好きって言われたから好きになるもんじゃなくない?」

「ぐぬぅ」

「初めて聞く声」

 俺の口にした言葉が突き刺さったのか、成川は女の子らしからぬうめき声をあげた。そして成川はふくれっ面のまま可愛らしく文句を言う。

「先輩、私と離れてて寂しいとか思わなかったんですかー?」

「いや別に」

「先輩たまにグサッと来ますよねー」

 そんな風に言った成川だったが、傷ついた様子はみじんもなかった。

「まあ俺正直者だし」

「そういうときだけ正直者ですよねー」

「いつでも正直者なんだけどなー」

 伝わらなくてもいいと思いながら空に向けてぼやき声を投げれば、隣の後輩は俺をあざ笑うかのごとく息を吐いた。

「正直者ですかー?」

「正直者ですよ」

「じゃあ先輩私のことどう思ってます?」

「可愛い後輩だなー」

「嘘じゃないですかー」

 感情をこめずに言えば成川も同じような間延びした声で返してきた。けれどそれも予想していたのか、成川は驚いた様子もなくにこりと笑った。

「でも、私はそんな先輩が好きですよー」

「お前も物好きだな」

「も、ってことは先輩もなんですかー?」

「まあなー」

 間延びした声に同じような声を重ねれば、成川は首を傾げた。

「じゃあ両想いですねー」

「そうですねー」

 同じような声を上げれば、成川は満足そうに微笑んだ。

「先輩がそんな風に言うの珍しいですねー」

「正直者だからな」

「絶対嘘じゃないですかー」

「いや嘘なんてついてないんだけど」

「じゃあ可愛いっていうのも本心なんですかー?」

「本気ですよー」

「嘘じゃないですかー」

 言うと成川はなぜかご機嫌になってスキップした。

 すると成川は、はっと何か思いついたという顔をしてニヤリと口元を歪める。

 なんだと思いながら眉をしかめれば成川は下世話根笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んだ。

「じゃあ先輩私のこと好きか嫌いかで言ったら好きですかー?」

「好きだな」

「…………え?」

 答えた瞬間、成川が固まった。表情が零れ落ちるとはまさにこと事だろうと思いながら立ち止まってしまった成川に合わせて歩みを止める。気付けば、もう遊歩道が目の前に見えていた。

「どしたん?」

「あ、いえ、ちょっと幻聴が」

「耳鼻科行け」

「あ、はい……」

 俺が言うと成川はなおも戸惑った様子で足元を見つめた。

「……先輩?」

「なに?」

「あのですね、好きって、言いました?」

「言ったけど?」

「えっ」

 いつも通りに素直に言えば、成川は声を上げた。

 いったい何事だと思っていると成川は信じられないものでも見るかのような目で俺を見た。

「え、あの、それって、人としてとか、そういうことですか?」

「いや、異性としてだけど?」

「えっ」

 なおも戸惑ったように声を上げる成川に、なんかこいつはとんでもない思い違いをしているんじゃないかと思ってため息を吐いてから問いかける。

「おまえさ、俺が冗談で言ってるとか思ってる?」

「あ、いや、その、はい」

「ほんと信用されてないのな俺」

 ほんの少しだけ心を痛めつつため息を吐けば、成川はえっ、えっとあたふたしていた。

 なんかいい加減変な解釈をされるのも面倒だったのでさっさと説明してしまおうと口を開く。

「俺、今まで嘘なんてついたことないぞ」

「…………えっ、嘘」

「嘘じゃねえって」

 なおも信じてもらえないのかと思いながらため息を吐きながら、説明する。

「態度は適当でも、言葉にだけは嘘ついたことねえの。口にした言葉は全部本心だ」

 ついさっきごまかしがてら一度だけ嘘をついたが、それを除けば一度たりとも嘘をついたことがない。

 いつだって、言葉だけは偽らなかった。

 心の中で誤魔化しはしても、口に出す言葉にだけは、嘘を交えてはない。

「って言うかこの際面倒だし、はっきり言うけど、俺はお前のこと好きだぞ? 終業式の時だって断るつもりなんてなかったし」

「えっ、えっ、だって、面倒だって言われたり、して……」

「それは本心だな」

「えっ?」

「面倒だからって嫌いになるわけじゃなくない?」

 俺は、自分がモテないことは重々承知だ。だから、誤魔化すことはいくらでもする。勘違いするなと自分を戒めることはいくらでもする。けれど、だからと言って人を好きにならないわけではない。

 俺だって、単純な男の一員だ。可愛い女の子に笑いかけられればそれだけで好きになる自信がある。目が合えば鼓動も加速するし、毎日のように顔を合わせればもう言うまでもない。

 けれどそんな男子の常識を知らない成川はあり得ないと目を丸くする。

「好きなんて言われたことない……」

「それは聞かれなかったからな」

「聞いた気がしますけど」

「じゃあ何かしら言ったと思うぞ」

 あざといだとか、かわいいくらいなら。

 言葉は確かに少ないかもしれない。活発とは言い難いかもしれない。けれど俺は本心しか口にしていない。茶化しながら言った可愛いも、誤魔化したように口にした嬉しいも。何もかもが、心の底からの言葉だ。

 田所に、遠回しに好きだと言っているようなものじゃないかと問われた時も、その言葉を吐いた田所の脳内が妄想に満ちていると感じたからそう口にしただけ。

 ごまかして違う言葉を吐きはする。でもそれも思ったことを素直に口に出しているだけ。屁理屈に感じるかもしれないけれど、紛れもなくすべてが本心だった。

「だから、俺がお前を好きなのは本心だ。お前がどう思ってんのかはいまいちわからんが、俺はお前を好きだって思ってる。というか、じゃなかったら一緒に帰ったりしないしな」

 看病だってしない。わざわざ勉強しながら起きるまで待っていることだってしない。

 好きでなければ、そんな面倒なことをしようなんて思わない。

「だから何、俺はお前と恋人になりたいし、って言うかもう半分そのつもりだった」

 思い違いの期待を抱いているのかもしれない。けれど成川の言葉を虚言だと思っていた時のような感情はもうない。

 確信、というわけではないし、どちらかと言えば成川の言葉を信用してはいない。こうやって口にすれば、手のひら返されて、あざ笑われて、それで終わりになると思う気持ちのほうが大きい。

 けれど、別にそうなったところで問題はない。

 だって俺はもうそれ以上を望んでいたから。そうなれないなら、このまま何もかも無くしてしまった方がむしろ好都合だ。変な期待なんてしなくて済む。

 だからもう半ばどうでもいいかと思いながら、こんな言葉を吐いた。

 成川は、どう答えるのだろう。前に俺の答えを遮った彼女は、何と答えるのだろう。噴き出して、馬鹿じゃないのかと倒伏絶倒するのだろうか。

 それでもかまわない、そう思いながら視線を向ければ、成川は思いのほか可愛らしい表情をしていた。

「え、あう、えぁ、あの、えぁ!?」

 顔を真っ赤にしてうろたえながら、助けを求めるようにキョロキョロとあちらこちらを見る。

「なんだその声」

キャラ崩壊も甚だしいなと思いながら嘆息気味に言えば、成川は涙でもこぼす前触れなのか、両目を潤ませ大きく揺らしながら俺を見つめた。

視線が合い成川はまた慌てた様子で明後日のほうを向くと、いつも通りを装った。

「あ、つ、ツンデレの先輩らしくないじゃ、ないですかー……」

 けれどそれはいつも通りと呼ぶにはほころびが大きすぎて。声がすぼむのに比例して態度まで小さくなってしまう。

「別にツンデレではないんだが」

 そんな成川に対して俺はいつもと変わらず軽口を返す。

 けれど、成川は一向にいつも通りを取り戻せそうにない。まあ、この状況でいつも通りでいられる方が異常ともいえるのは重々承知なのだが。

 俺は一つため息を吐いてから、成川に合わせてやろうかと思いながら成川に一歩歩み寄った。

「成川。どうする?」

「あ、どうするって……」

「いや付き合うかどうかって意味」

「つきっ!?」

 成川は驚きのあまり体を逸らしながらそのまま倒れ込もうとした。

 それでも何とか倒れまいと自らの意思で律したのか、千鳥足で体制を直した。それを見た俺は綺麗なため息を吐いた。

「何してんの」

「だって先輩が! …………」

「……何?」

「……先輩らしくないこと、言うから……」

 またも尻すぼみになった声に少しだけ面倒だなと思いながらも、原因を作ったのは俺であることは明白なのでとりあえず助け船を出す。

「とりあえず、付き合うか付き合わないかで答えればいいだけなんだしそれだけ言え」

「なんで先輩そんな平然としてるのぉ……」

「あっざといなオイ」

 庇護欲をそそるような震え声に大ダメージを食らうが、それでもまだ致命傷ではないので小さな深呼吸で全回復。

「成川」

 そしてそのまま名前を呼んだ。

 慌てふためいていた成川はぴたりと動きを止め、恐る恐る俺のことを見る。その顔は、もうこれ以上はないのではないかというほどに赤く染まっていて、弱弱しく揺れる瞳からは普段の成川らしい間抜けさは感じられない。女の子、というものを成川に感じて少し言葉に詰まりそうになるが、半ば諦め半分に口にした言葉に今更何かを期待するでもないし、俺はため息を吐くかのごとく口にする。

「お前はどうしたい?」

「…ぁ、ぅ……」

 成川は後退る。それがいったいどういう感情なのかわからなくて言葉を待つ。

「あ、ぃその。あのっ」

 けれど成川は狼狽えるだけ。真っ赤な顔で俺の顔を見つめながら後退る続け。十二分に距離を取ると、その場でくるりと半回転した。

「うぅ~~~~~~~ッ!!」

 そしてそのまま、成川は走り去っていった。

「…………オイ」

 呆気にとられながら突っ込みを入れるが、それはもう誰にも届かなかった。


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