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修学旅行 其の二

「修学旅行、懐かしいなぁ」

 田所がそんな話題を口にしたのは、翌日のことだった。

「もうそんな時期なんだな」

 田所の言葉を受けて、同じように懐かしむような瞳をした会長がほうと息を吐く。別に懐かしむこともないだろうと思いながら、さして記憶に残っていない自身の修学旅行を思い起こしてみる。

 けれど、たいした思い出も見つからず、俺はため息交じりにぼやく。

「楽しいことなんてなかった気がするけどな」

「なに言ってんだよ水谷。修学旅行なんて楽しい事ばっかだろ?」

 そんな俺とは対照的に、田所はよっぽど充実した修学旅行だったらしく、筋骨隆々の体を弾ませながら俺のにじり寄る。どうでもいいけど田所の体でかくなった気がするなぁ。身長的な意味でなく。

 さぞやバイトで体を苛め抜いているのだろうなと思って半眼で睨みながら半歩距離を取れば、暑苦しいクラスメイトは子供っぽい笑顔を浮かべた。

「修学旅行つったらひと夏のアバンチュールだろ」

「今夏じゃないけど大丈夫? って言うかアバンチュールって何、放火?」

 態度だけでなく脳内まで暑苦しいのかこいつはと思いながらまた半歩距離を取る。

 花火か何かしたいのかななんて思いながらついでにもう半歩距離を取れば、筋肉だるまみたいな田所がドスドスと近づいてきた。

何で厚みのある廊下の床でそんな音が出るんだ。と思いながら嘆息交じりに田所を睨めばこのクラスメイトはなぜか半眼で睨んでいた。

「どうした、視線だけ消火成功してるぞ」

 ふざけてそんな風に言えば、田所はいつかもきいた地の底から響いてくるようないい声で言った。

「水谷は彼女がいるからいいよな!!」

「お前俺の話覚えてないよな」

 数か月前にもいろいろと説明したはずなのに何一つ覚えていないらしい田所はキーッとハンカチでもかみしめるような動きをして見せる。

「俺も彼女が欲しいのぉ!!」

「話聞いてねぇなぁ」

 こいつの頭では俺と成川が恋人同士になっているらしい。なんなのこいつ。わざわざ狙ってる女でそんな妄想してドMなの? いや、バイトで体いじめてる時点でこいつドMだったわ。

 抱いた疑念に自分で答えを出して完結していると、田所がずいっとにじり寄ってきた。

「なに、近寄らないでくれない?」

 暑苦しいなと思いながら手のひらを突き出して困ります! とアピールしてみるんだが、田所の筋肉は見せかけではないらしく、突き出した手を押しのけて俺に詰め寄ってきた。

「成川ちゃんの友達紹介して」

「それ俺に言う意味ある?」

 というかそもそも成川のこと諦めたのこいつ? と思いながらジトっとにらんでみるが田所は気にするそぶりも見せない。

「お前に言わないと出会いがないんだよ」

「俺も出会いがないわ」

「角材で殴りてぇ」

「暴力はんたーい」

 いきなり鬼の形相になった田所を見て棒読みで言えば後ろで会長がため息を漏らした。

 どうしたの、田所の態度に疲労感でも感じた? と振り返ってみれば、会長はやれやれと言った感じで俺を見た。

「水谷、あんまり挑発するなって」

「え? 俺が悪いん?」

 まさかのセリフに信じられないと目を見開いて見せたのだが、会長は困ったように笑っていた。なので仕方なく俺は田所に向きなおる。

「田所、まあなんだ、がんばれ」

「こいつ」

 エールを送ったのだがなぜか睨まれた。そして田所はそのまま歯をかみしめながら呻いた。

「成川ちゃん奪いに行くぞオイ」

「お断りしますわー」

『………………え!?』

「え?」

 突然二人が変な声を出したのでつられて同じような声を出せば、二人ともそろって目を見開いていた。

 珍しい光景だななんて思いながら二人を見ていると。いきなり寒気でも感じ始めたのか田所がカタカタと震えながら俺のことを指さした。

「水谷。今、なんて言った?」

「え? って言った」

「いやそこじゃなくて」

 ちゃんと質問答えたのに田所はごまかすなとばかりに俺に詰め寄ってきた。

 なんだなんだと思いながら半身でよければ、田所は俺を逃がすまいと俺を押さえつけるかのように壁に手をついた。

「え、何壁ドンって奴? これってこんな暑苦しいの?」

 ふざけてそんな風に言っては見たが、田所の顔は真剣そのもの。当然その口から出てくる声も邪険にできるような軽い音ではなかった。

「成川ちゃんを奪うって言った後、お前なんて言った?」

「お断りします」

「……お前付き合ってんじゃねぇかぁ!!!」

「なんでそうなんの?」

 やはり田所の頭の作りはよくわからない。本当にこいつ人間かと思いながらしゃがむようにして田所の拘束を抜けると数歩距離を取った。

「別に俺は断るって言ったけど成川の気持ちは知らんし」

「お前それ遠回しに好きだって言ってない?」

「妄想もそこまで行けば大概だな」

 そう言うと田所は焦ったように俺との間合いを詰める。せっかく涼しくなったのにまた暑苦しさを感じる羽目になってしまう。

「お前、成川ちゃんのことどう思ってんだ」

「あざとい後輩」

「そうじゃなくてぇ!!!」

「スピーカー絶好調だな」

 あまりにうるさくて両手で耳を塞ぎながらでも会話ができてしまうので耳栓しながら言葉を交わす。

「好意はあるのかってことだよ!」

「行為はねえな」

「じゃあさっきの言葉はどういうことだよぉ!」

「思ったこと口にしただけだけど」

「頭が痛いぃ!!!」

「大声出すから」

 全くもうと思いながら耳を塞ぎつつため息を吐く。

 さっきからこいつはなんでこんなに元気なんだか。まあいつものことと言えばいつものことだが、こんなにもしつこく詰め寄ってくるのは初めてのことだ。成川とどんな行為をしているかとか聞かれたの初めてだしな。さすがにそれは予想外で初めて嘘をついてしまった。とはいえ成川としたことなんて放課後に帰宅を共にするくらいであとは何もないんだが。

 そう思いながらそういえば会長はどこに行ったんだろうときょろきょろしてみれば、さっきまでと同じく困り笑いを浮かべていた。

「会長、こいつ止めてくれません?」

 田所の肩越しに言えば、会長はたははーと苦笑いを浮かべた。

「正直に話せばいいんじゃないか?」

「俺正直者だけど」

 言えば会長はまたも苦笑いした。

 すると会長の言葉で糧を得たのか、頭を抱えていた田所がまた俺を睨む。

「そうだ! 正直に言えよぉ!」

「いや正直に言ってるんだけど」

「言ってねぇだろぉ!」

「俺そんな信用ありませんかね?」

 まあ普段からふざけた態度ばかり取ってるから信用も何もあったものではないんだが、田所はともかく会長までもがフォローできないとばかりに苦笑いを浮かべているのを見るとなんだかなーと思ってしまう。

 こっちまで苦笑いが浮かびそうだよと嘆息すると。思いが通じたのか会長がまあまあと歩み寄ってきてくれた。

「ツンデレの水谷が多少は素直になったのは良い事だろ?」

「俺そんなキャラだったの?」

 初めて聞くキャラ付けに驚愕しながら、そういえば成川もそんな世迷言を口にしていたななんて思い出す。会長はあの後輩と同じ思考回路をお持ちなのかと思って少し不安になった。

「まあそうだけどよ会長。じれったくねぇか?」

「え、お前も同じ考えなの?」

 会長だけかと思ったら田所も同調していて驚愕してしまう。何、周りの人には俺がツンデレなんて可愛いものに見えていたの? 素直じゃないと思われていたの? 俺ほど素直な人間はいないと思うんだが。

 そう思って二人の顔を交互に見つめるが、二人は二人で気持ちを共有しているらしく俺のほうに見向きもしない。えー、満場一致なんだけどー。とぼやき声をあげたくなってしまう。

 本当にどうねじ曲がった解釈をすれば俺がツンデレになるのやら。と思いながらため息を一つ吐いた。

「俺正直者やねんけどなー」

 諦め半分のそう主張してみれば、二人はそろって俺を睨んだ。


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